第八十話 花火
「あーんして?」
その一言に。
エリー。
アリア。
セシリア。
戦いの最中にも見せなかったほど真剣な表情で、二人を見つめる。
そして。
クロエ。
給仕をしていた侍女たちまでもが。
何事かと。
二人の様子をじっと見つめていた。
しかし。
当のカインは何も気付いていなかった。
「しょうがないな。」
笑いながら肉を一口大に切り分ける。
フォークへ刺した。
「ほら。」
「あーん。」
「あーん!」
シルフィは嬉しそうに口を開き、そのままぱくりと頬張った。
「おいしい!」
まるで恋人同士のような。
仲睦まじい光景だった。
エリーたちの頬が、一斉に赤く染まる。
エリー。
(こ、これが……。)
アリア。
(う、噂の……。)
セシリア。
(あ、あ、あーん……。)
(きゃあぁぁぁ……。)
クロエ。
(こ、これはなに?)
その時だった。
「こほん。」
ルーシーが静かに咳払いをする。
優雅にナプキンで口元を拭うと、カインへ視線を向けた。
「カインよ。」
「はい!」
「その……。」
一瞬だけ言葉を詰まらせる。
「あーんとやら、妾も所望する。」
――沈黙。
先ほど以上の静寂が食卓を包む。
カインは目を瞬かせた。
「……はい?」
「えっと、ルーシー師匠もですか?」
「つべこべ言わず、はようするがよい。」
「は、はい!」
カインはルーシーの皿から肉を一口大に切り分ける。
フォークへ刺した。
「では。」
「ルーシー師匠。」
「あーん。」
ルーシーは。
フォークを見る。
カインを見る。
その瞬間。
自分が何を求めたのか理解した。
白い頬が。
みるみる耳まで真っ赤に染まっていく。
「……。」
「ルーシー師匠?」
「こ、この、た、たわけものー!!!」
「えぇーーーっ!?」
「妾に何をさせるつもりじゃ!!」
「だ、だって!」
「ルーシー師匠が……。」
「ええい!」
「ええい!」
「知らぬ!」
「知らぬ!」
「そんなぁ……。」
「……ふっ。」
小さな笑い声が漏れた。
アリアだった。
必死に堪えようと口元を押さえる。
しかし。
「ふ、ふふふ……。」
もう堪え切れなかった。
「あはははっ!」
その笑いにつられるように。
エリーも。
セシリアも。
クロエも。
侍女たちも。
皆が笑い始める。
食卓は温かな笑い声に包まれた。
◇
やがて。
笑い声が落ち着いた頃。
クロエがアリアへ視線を向ける。
「それで、アリアはどうするの?」
「え?」
「学園。また来るんでしょう?」
アリアは少し黙り込んだ。
学園へ入学して以来。
ほとんど通うことはなかった。
公爵令嬢。
『妖精姫』。
周囲から見れば。
きっと自分は、何もかもを持っているように見えたのだろう。
けれど。
楽しそうに笑い合う生徒たちも。
友人と過ごす学園生活も。
アリアには。
どこか遠い世界の出来事のように思えていた。
自分には縁のない世界。
そう思っていた。
しかし。
今は違う。
アリアは皆を見渡した。
エリー。
セシリア。
シルフィ。
ルーシー。
そして。
カイン。
穏やかに微笑む。
「……もし。」
「みんなが行くなら。」
「私も、また行こうかな。」
クロエは目を輝かせた。
「だったら、今年は学園祭も一緒に回れたらいいね!」
「学園祭……。」
「うん。」
クロエは嬉しそうに笑う。
「花火も上がるらしいよ。」
「花火……。」
アリアが小さく呟く。
クロエはそんなアリアを見つめる。
「アリア。」
「変わったね。」
「えっ?」
「カインと出会ってから、すごく楽しそう。」
「そう……かな。」
アリアは皆を見る。
楽しそうに笑う仲間たち。
いつの間にか。
自分もその中で笑うことが当たり前になっていた。
アリアは静かに目を閉じる。
脳裏に蘇る。
ルーシーの言葉。
『命は限りがあるから輝くのじゃ。』
『自分が信じた道を生きよ。』
今は。
もう少しだけ。
皆と笑っていたい。
皆といろいろな場所へ行ってみたい。
そして。
自分の知らないものを。
もっと見てみたい。
アリアはゆっくりと目を開ける。
先ほどのクロエの言葉を思い出した。
――花火。
たとえ。
夜空に咲く花火のように。
儚く散ることを知っていたとしても。
その一瞬まで。
自分らしく輝いていたい。
アリアは穏やかに微笑む。
「うん。」
「そうだと思う。」




