第七十九話 再会の食事
依頼の話が一段落した頃。
応接室の扉が静かに開いた。
「皆様。」
執事が一礼する。
「お食事の準備が整いました。」
クロエが笑顔で立ち上がる。
「それじゃあ、行きましょう!」
一行も席を立ち、クロエに案内されて応接室を後にした。
◇
食堂には、すでに夕食が並べられていた。
焼きたてのパン。
彩り豊かな野菜。
香ばしく焼き上げられた肉料理。
湯気とともに食欲を誘う香りが広がっている。
「わぁー!」
シルフィが目を輝かせる。
「美味しそう!」
「ふふっ。たくさんあるから、遠慮しないでね。」
「うん!」
一行はそれぞれ席につき、穏やかな雰囲気の中、食事が始まった。
最初こそ静かだった食卓も、しばらくすると自然と会話が弾み始める。
「そうだ!」
クロエがカインへ顔を向けた。
「カイン!」
「冒険のお話、聞かせて!!」
「俺のですか?」
「うん! 前に会ってから、いろんなところに行ったんでしょ?」
「そうですね。」
「みんなの冒険のお話、聞きたい!」
それをきっかけに、食卓は旅の思い出話で賑わい始めた。
北の遺跡。
迷いの森。
北の大陸。
恐ろしい魔物との戦いや、旅先で起きた出来事。
時にはエリーが話を盛り上げ、シルフィが思い出したように口を挟む。
そのたびに、クロエは楽しそうに笑っていた。
「へぇー!」
「そんなにいろんなところへ行ったんだ!」
「うん。」
エリーが頷く。
「大変なことも多かったけど、楽しかったです。」
「いいなぁ。」
クロエは少し羨ましそうに呟く。
「わたしも、もっといろんなところに行ってみたいな。」
「クロエ様も、今度ご一緒できるといいですね。」
「ふふっ。そうね!」
クロエは嬉しそうに笑った。
「でも、今は学園生活を楽しみたいかな。」
「そういえば。」
エリーが何かに気づいたように首を傾げる。
「クロエ様って、十六歳でしたよね?」
「うん。」
「でも、学園って十四歳から入学できるんですよね?」
「そうね。」
「この前お会いした時も、今年から学園に通うって仰っていましたよね?」
「ああ、そのことね。」
クロエは少しだけ視線を落とした。
「実は、わたし、しばらく病気の療養をしていたの。」
「あっ……。」
エリーは申し訳なさそうな表情になる。
「すみません。変なことを聞いてしまって。」
クロエは優しく微笑んだ。
「ううん。気にしないで。」
「今はもう、全然大丈夫だから。」
クロエはぱっと表情を明るくした。
「それに、今は学園にも通えてるし。」
「毎日楽しいから!」
「それなら良かったです。」
「うん!」
クロエは嬉しそうに笑った。
そして、再び冒険の話へ戻っていく。
「それで? 北の大陸では、何があったの?」
「えっと……。」
カインは少し考える。
「エルダーリッチと戦いました。」
「エルダーリッチ?」
クロエは不思議そうに首を傾げる。
「それは、すごい魔物なの?」
「はい。」
セシリアが頷く。
「上位のアンデッドで、かなり危険な魔物です。」
「そうなの!?」
クロエは目を丸くした。
「すごい! そんな魔物、よく倒せたね!」
カインは小さく首を振る。
「いえ。ルーシー師匠のおかげです。」
「ルーシー師匠?」
「あっ。」
カインはルーシーへ視線を向けた。
「ルシア様のことです。」
ルーシーは優雅な仕草でナプキンを手に取り、静かに口元を拭う。
そして。
クロエをじっと見つめた。
「そなた。」
「クロエと言っておったか?」
「はい。」
ルーシーは何も言わず、しばらくクロエを見つめていた。
「……そうか。」
「お主も、ルーシーと呼ぶがよい。」
クロエは嬉しそうに微笑む。
「はい! ルーシー様!」
その後も、食卓には旅の思い出を語る声と、穏やかな笑い声が続いていた。
◇
その時だった。
「うーん……。」
カインは隣から聞こえた小さな唸り声に顔を向ける。
シルフィがフォークとナイフを両手に持ち、難しそうな顔をしていた。
「どうしたの?」
「まだ、この『ふぉーく』と『ないふ』の使い方に慣れなくて……。」
ナイフを入れる。
しかし。
つるり。
肉は皿の上を逃げてしまう。
「うーん……。」
悪戦苦闘する姿を見て、カインは思わず笑みを浮かべた。
すると。
シルフィは手を止め、何かを思いついたようにぱっと顔を上げた。
「ねぇ。」
「カイン。」
「ん?」
シルフィはフォークとナイフを置く。
そして。
ごく当たり前のことを頼むように。
にこっと笑った。
「あーんして?」
「…………。」
あまりにも自然なお願いだった。
誰も、すぐには言葉を返せない。
そして。
食卓の空気が。
完全に止まった。




