第七十七話 告白
陽は、すでに沈んでいた。
西の空にわずかな残照を残し。
エヴァンスの街には、ぽつぽつと明かりが灯り始めている。
一行を乗せた馬車は、石畳の道をゆっくりと進んでいた。
やがて。
馬車が大きな門をくぐる。
その先に姿を現したのは。
夜の闇に浮かび上がる、壮麗な屋敷だった。
「ほう……。」
窓の外を眺めていたルーシーが、小さく声を漏らす。
「随分と立派な屋敷じゃの。」
やがて馬車が止まり。
一行は順番に降りていく。
ルーシーも地面へ降り立ち、改めて目の前の屋敷を見上げた。
「ここは?」
「私の実家です。」
アリアが何気なく答える。
「…………。」
ルーシーの動きが止まった。
ゆっくりと。
アリアへ顔を向ける。
「……アリア。」
「はい?」
「お主。」
「何者じゃ?」
「え?」
今度はアリアが首を傾げた。
「言ってませんでしたっけ?」
「私はエヴァンス公爵家の娘です。」
「…………。」
ルーシーはしばらく黙ってアリアを見つめる。
そして。
「初耳じゃ。」
「あ……。」
アリアは少し考え。
「そういえば。」
「言ってなかったかもしれません。」
「そうじゃろうな。」
ルーシーは呆れたようにため息をついた。
その様子に。
カインたちから、小さな笑いが零れた。
アリアも困ったように笑う。
「それなら、ちょうどいいですね。」
「ん?」
「ルーシー師匠。」
「エヴァンスにいる間は、私の別邸にいませんか?」
ルーシーが目を瞬かせる。
「よいのか?」
「もちろんです。」
「カインたちも、今はそこを拠点にしていますから。」
「ほう。」
ルーシーはカインたちへ視線を向ける。
その顔に。
どこか嬉しそうな笑みが浮かんだ。
「皆と暮らしを共にするのも。」
「悪くないのぅ。」
「では。」
「世話になるとするかの。」
◇
翌朝。
朝食を終えると、カインとエリーは冒険者ギルドへ向かうことにした。
「妾も行く。」
ルーシーが立ち上がる。
「街を見て回りたい。」
「もちろんです。」
三人は別邸を後にした。
◇
冒険者ギルド。
朝から多くの冒険者で賑わっていた。
扉を開くと、支部長のクランツがすぐにこちらへ気付く。
「おお、カイン!」
「戻ったか!」
「ええ。」
「何とか無事に。」
クランツは安心したように頷く。
「そうか。」
「まあ、無事ならそれでいい。」
そして。
ふとルーシーへ視線を向けた。
「ところでカイン。」
「そちらのご令嬢は?」
「えっと……。」
カインは少し困ったように笑う。
「ルーシー師匠……。」
「あ。」
「いえ。」
「ルシア様です。」
「ルシア様?」
クランツは首を傾げる。
「どこかで聞いたような……。」
ルーシーは静かに口を開く。
「妾は。」
「ルシア・ノクティスじゃ。」
――シン。
ギルド中が静まり返る。
数秒後。
「「えぇぇぇぇーーーっ!!?」」
クランツが目を見開く。
受付にいたサラの手から、持っていた書類が滑り落ちた。
「し、七星の……。」
クランツの声が震える。
「ルシア・ノクティス様ぁぁぁぁ!!?」
ルーシーは呆れたようにため息をつく。
「全く。」
「騒がしい者たちじゃ。」
「ほれ、カイン。」
「要件は終わったのじゃろ。」
「はよ街へ行くぞ。」
「いや、まだです。」
その時だった。
「カインさん!」
サラが慌てて駆け寄る。
「実は。」
「カインさん宛てに、指名依頼が届いております。」
「俺にですか?」
「はい。」
「依頼主は、クロエ様です。」
「クロエ様が?」
「内容は、直接お話ししたいとのことです。」
その瞬間。
エリーが小さく呟いた。
「……何だか。」
「嫌な予感がする。」
◇
冒険者ギルドを出ると。
朝のエヴァンスは、すでに多くの人々で賑わっていた。
柔らかな春の日差しが石畳へ降り注ぎ。
街路樹の若葉が、風に揺れている。
ルーシーは左右に並ぶ店々を、興味深そうに眺めながら歩いていた。
「カイン。」
「はい?」
「あれは何の店じゃ?」
ルーシーが指差した先。
店先には、剣や盾が所狭しと並べられている。
「あれは、武器と防具のお店です。」
「ふむ。」
興味深そうに眺めながら。
その前を通り過ぎる。
少し歩くと。
今度は、色とりどりの服が並ぶ店が目に入った。
「では。」
「あちらは何の店じゃ?」
「あれは、服を売っているお店ですね。」
「ほう……。」
ルーシーの深紅の瞳が、僅かに輝く。
「今時の流行りとやらを。」
「後で確認せねばならぬな。」
エリーがくすりと笑う。
「ルーシー師匠、服に興味あるんだ。」
「当然じゃ。」
ルーシーは胸を張る。
「妾とて女子ぞ。」
「ふふっ。」
エリーが楽しそうに笑う。
ルーシーはそんなエリーを横目に。
再び街並みへ視線を戻した。
すると。
今度は、店先に何本もの瓶が並べられている。
「あの店は?」
「あれは、葡萄酒を売っているお店です。」
カインは店先に並ぶ瓶を見ながら答える。
「この辺りは、葡萄が名産みたいですから。」
「なるほど。」
ルーシーは満足そうに頷く。
「せっかくじゃ。」
「一つ買って帰るとしよう。」
「……あの。」
「なんじゃ?」
カインは少し言いにくそうにルーシーを見る。
「ルーシー師匠。」
「お酒、大丈夫なんですか?」
「何を言っておる。」
ルーシーは呆れたように胸を張った。
「妾が酒に飲まれるわけなかろう。」
「そ、そうですよね。」
自信満々に言い切るルーシーを見て。
カインは素直に頷いた。
それからも。
ルーシーは気になる店を見つけるたびに足を止め。
カインやエリーへ尋ねながら。
初めて歩くエヴァンスの街を、楽しそうに見て回った。
その顔には。
穏やかな笑みが浮かんでいた。
◇
街を一通り見て回った後。
三人は別邸へ戻った。
カインは皆へ事情を話す。
「クロエ様から、俺に指名依頼が来てるみたいなんだ。」
カインは困ったように首を傾げる。
「内容は……直接話したいって。」
アリアも不思議そうに首を傾げた。
「クロエからの依頼なら。」
「私たちも一緒に行きましょう。」
「うん。」
カインも頷いた。
◇
その日の夕方。
一行は、クロエの待つ侯爵邸を訪れていた。
執事が恭しく一礼する。
「皆様。」
「ようこそお越しくださいました。」
その時だった。
バンッ!!
勢いよく玄関の扉が開く。
「カイン!!」
クロエが一直線に駆け寄ってくる。
そのまま。
カインの両手をぎゅっと握った。
「私に。」
クロエは一度、目を伏せる。
そして。
意を決したように顔を上げ、まっすぐカインを見つめた。
「告白してください!!」




