第七十五話 六人の船旅
出港してから、しばらくの時が過ぎた。
交易船は北の大陸を離れ、穏やかな海を進んでいた。
白い帆が風を受けて大きく膨らみ、船体が波に合わせてゆっくりと揺れる。
甲板では。
エリーたちが潮風に吹かれながら、思い思いに船旅を楽しんでいた。
そんな中。
船首では、ルーシーが一人、海を眺めていた。
長い銀髪が潮風を受けて、静かに揺れている。
その隣へ、カインが歩み寄った。
「もう、妾のことを師匠と呼ぶ必要はない。」
「……はい。」
カインは素直に頷く。
そして。
「ルーシー師匠。」
「あ……。」
思わず口を押さえた。
七日間。
朝から晩まで続いた修行。
その呼び方は、いつの間にか身体へ染み付いてしまっていた。
ルーシーは眉をぴくりと動かす。
「言ったそばから、もう言うとるではないか。」
「す、すみません!」
「お、鬼のような特訓だったので、つい……。」
「鬼じゃと?」
カインの表情が固まる。
(しまった。)
少し離れた場所。
エリーは額へ手を当てた。
(……バカ。)
ルーシーは小さくため息をつく。
「何を言うとる。」
「妾はヴァンパイアじゃ。」
「そっち!?」
思わずアリアが声を上げた。
そのやり取りを見ていたシルフィが、ぱっと手を挙げる。
「ねぇ、ルーシー師匠!」
「ヴァンパイアなのに、お日様は平気なの?」
誰もが一度は聞きたいと思っていた。
それでも、あまりにも失礼ではないかと、誰も口にできなかった問い。
それを。
シルフィは何の迷いもなく尋ねた。
エリー。
アリア。
セシリア。
三人は同時にシルフィを見る。
(ナイス!!)
(出た!!)
(さすがです!!)
三人の思いは、見事に一致していた。
ルーシーは苦笑する。
「妾はヴァンパイアロードぞ。」
「ただのヴァンパイアと一緒にするでない。」
「そうなんだ!」
シルフィは目を輝かせる。
「じゃあ、一緒に海で泳げるね!」
「海で泳ぐ?」
ルーシーは少し驚いたように目を丸くする。
やがて。
穏やかに微笑んだ。
「ふむ。」
「それも悪くないのう。」
甲板は自然と笑い声に包まれた。
その時だった。
「……すみません。」
カインが青い顔で口を開く。
「俺、ちょっと気分が悪くなってきて……。」
エリーがカインを見る。
「……また?」
「うん……。」
ルーシーは小さく肩をすくめる。
「全く。」
「手の掛かる弟子よのう。」
「どれ。」
「妾が診てやろう。」
「ついて参れ。」
「ありがとうございます……。」
ふらふらと船室へ向かうカイン。
その隣を、ルーシーが当然のように歩いていく。
残されたエリー、アリア、セシリアは。
その場で固まっていた。
少し離れた場所。
その様子を静かに見守っていたリーナとリズは、顔を見合わせる。
どこか感心したように、小さく微笑んだ。
(……ルーシー師匠。)
(お見事です。)
◇
船室。
ベッドへ横になったカインは、青い顔でぐったりとしていた。
その隣へ、ルーシーが腰を下ろす。
「随分苦しそうじゃのう。」
カインの額へ手を当てる。
「熱はなさそうじゃな。」
「……はい。」
「吐き気は?」
「少し……。」
「ならば、しばらく横になっておれ。」
「船酔いなら、そのうち落ち着くじゃろう。」
「ありがとうございます……。」
カインは、そのまま静かに目を閉じた。
「どれ。」
ルーシーは、もう一度カインの様子を確かめようと、そっと顔を近づける。
その瞬間。
カインが目を開けた。
「……ルーシー師匠?」
顔と顔。
まるで口づけでもしそうな距離。
ルーシーは固まる。
白い頬が。
みるみる耳まで真っ赤に染まっていく。
「ルーシー師匠。」
「顔が赤いですが……。」
「熱でもあるんですか?」
「ええい!」
「ええい!」
「何でもないわ!」
「こ、この痴れ者がー!!」
「えぇーー!?」
しかし。
船酔いで、それ以上動くこともできなかった。
そんな二人の様子を。
船室の扉の隙間から、エリー、アリア、セシリア、シルフィがこっそり覗いていた。
「ルーシー師匠……。」
「可愛い……。」
エリー、アリア、セシリア。
三人の声が思わず重なった。
「ルーシー師匠。」
「顔赤いけど、熱でもあるのかな?」
シルフィだけが、不思議そうに首を傾げた。
そんなアリアの姿を。
リーナとリズは、少し離れた場所から見つめていた。
二人は顔を見合わせる。
呆れたような。
それでいて、どこか嬉しそうに微笑んだ。
(……アリア様。)




