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七星を廻る物語  作者: 豆柴の旅々
第五章 七星 ルシア・ノクティス

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第七十二話 決着

「あと10秒!!」


 エリーの叫びが玉座の間へ響く。


「アリア!」


 カインとアリアは同時に地を蹴り、エルダーリッチから一気に距離を取った。


 その声を合図に、セシリアがロッドを構える。


「聖なる光よ。」


「我らを包みし慈悲となれ。」


 その隣では、アリアも白銀の剣を構えていた。


「吹き荒れろ、拒絶の刃。」


「我が領域に近づく者を、灰塵に化せ。」


「《幻風華(ミストラル・インパルス)》!!」


 瞬間、風が弾けた。


 アリアの髪が大きく靡き、吹き荒れる風がその身体と握る剣を包み込んでいく。


「シルフィ!」


「うん!」


 シルフィもすぐに声を上げる。


「シルフィード!」


 その呼びかけに応え、シルフィードが姿を現した。


 そして、すぐさま詠唱を始める。


『風よ、集え。』


 その時、エルダーリッチが黒い大剣を握ったまま短く詠唱した。


 漆黒の炎が一気に渦を巻き、瞬く間に巨大な黒炎の槍を形作る。


 放たれた黒炎の槍が、一直線にカインたちへ迫った。


 だが、その間には《特異点(シンギュラリティ)》がある。


 黒炎の槍が空間の歪みへ触れた瞬間、その軌道が大きく曲がった。


 槍を形作る炎が崩れながら漆黒の渦へ引き込まれ、そのまま跡形もなく呑み込まれていく。


「くっ……!」


 エリーの額から大粒の汗が滴り落ちた。


 ロッドを握る手が小さく震える。


 それでも離さない。


 《特異点(シンギュラリティ)》を維持し続ける。


 あと僅か。


 その横では、セシリアの詠唱が続いていた。


「傷つきし者へ祝福を。」


 さらに、シルフィードの声が重なる。


『荒れ狂い、すべてを押し流せ。』


 セシリア。


 アリア。


 シルフィ。


 そして、カイン。


 全員がその時を待つ。


 やがて、漆黒の渦が大きく揺らいだ。


 空間の歪みが薄れていく。


 エリーの瞳が大きく開いた。


「今!!」


 《特異点(シンギュラリティ)》が消えた。


 同時に。


「《聖癒光(ホーリー・グレイス)》!!」


 セシリアがロッドをエルダーリッチへ向ける。


 その先端から眩い光が溢れ出し、エルダーリッチの身体を包み込んだ。


 傷を癒やし、命を救うための奇跡。


 だが、その光に包まれたのは死者。


「グギャァァァァァッ!!」


 エルダーリッチが大きく仰け反った。


 黒い瘴気が全身から噴き出し、眼窩に宿る蒼い光が激しく明滅する。


 その動きが止まった。


「アリア!」


 カインが叫ぶ。


 だが、その時にはアリアも動いていた。


 ――ドンッ!!


 石床を蹴る。


 身体を包む風が一気に爆ぜ、セシリアの光が残る中をアリアが駆け抜ける。


 風に押し出されるように加速し、エルダーリッチとの距離を一気に詰める。


 迫るアリアを、揺らぐ蒼い光が捉えた。


 エルダーリッチは黒い大剣を握ったまま、魔力を一気に放出する。


 その身体を守るように、半透明の魔力の防壁が広がった。


 それでもアリアは止まらない。


「風よ。」


「その身を切り刻め。」


「吹き荒れろ。」


「《風咲(ヴァン・ラーム)》!!」


 風を纏った剣を、魔力の防壁へ叩き込む。


 その瞬間。


 後方のシルフィードも詠唱を完成させた。


『《嵐撃(テンペスト・ブラスト)》!!』


 アリアの剣から無数の風刃が爆ぜる。


 直後、その背後から巨大な暴風が押し寄せた。


 二つの風がアリアの剣先で重なる。


 反発しない。


 絡み合い、渦を巻き、互いの力を押し上げていく。


 ――ドォォォォォンッ!!


 魔力の防壁が大きく歪んだ。


 無数の風刃がその表面を切り刻み、シルフィードの暴風がさらに押し込んでいく。


 ――ピシッ。


 一筋の亀裂が走る。


 次の瞬間。


 ――パキィィィィンッ!!


 魔力の防壁が砕け散った。


 その向こうで、エルダーリッチが黒い大剣を振るう。


 黒い刃がアリアの眼前へ迫った。


 アリアは退かない。


 さらに一歩踏み込み、風を纏った剣を下から振り上げる。


 ――ガキィィィィンッ!!


 激突。


 黒い大剣が大きく跳ね上がり、そのままエルダーリッチの手を離れて宙を舞った。


 アリアはもう次の一歩を踏み込んでいる。


 剣を返す。


 一閃。


 ――ズバッ!!


「グギャァァァァァッ!!」


 エルダーリッチの胸部が大きく切り裂かれた。


 傷口から黒い瘴気が噴き出し、眼窩の蒼い光が大きく揺らぐ。


 巨体が僅かによろめいた。


 その胸の中心。


 切り裂かれた隙間から、黒い光が覗く。


 魔核。


「カイン!!」


 アリアが叫ぶ。


 その声が届くよりも早く、カインはもう駆け出していた。


 エリーが開いた道。


 セシリアが止めた身体。


 シルフィードとアリアが打ち砕いた防壁。


 そのすべてを繋ぐように、カインが駆け抜ける。


 全身を巡るオーラを一気に剣へ流す。


 蒼白い光が刀身を包み込んだ。


 アリアの横を駆け抜ける。


 エルダーリッチがカインを見る。


 揺らぐ蒼い光が、迫るカインを捉えた。


 残された右腕を伸ばす。


 その手の先へ漆黒の炎が集まり、渦を巻きながら槍の形を作り始める。


 まだ完成していない。


 それでも、カインを止めるには十分な黒炎が膨れ上がっていく。


 カインは止まらない。


『それでは届かぬ。』


 あの日のルーシーの言葉が脳裏をよぎる。


 もっと前へ。


 あと一歩。


「届けぇぇぇぇぇーーーーーっ!!」


 踏み込む。


 蒼白い剣を全力で振り抜いた。


 形成途中の黒炎の槍へ激突する。


 ――ズバァァァンッ!!


 黒炎の槍を叩き斬る。


 漆黒の炎が左右へ弾け飛んだ。


 その向こう。


 エルダーリッチの胸に、黒く輝く魔核がある。


 蒼白い刃が一直線に迫る。


 そして。


 ――届いた。


 刃が魔核の中心を捉えた。


 ――ピシッ。


 黒い魔核に一筋の亀裂が走る。


 眼窩の蒼い光が大きく揺れた。


 次の瞬間。


 ――パキィィィィィンッ!!


 魔核が真っ二つに砕けた。


「ギャァァァァァーーーーーーッ!!」


 断末魔が玉座の間に響き渡る。


 エルダーリッチの骨格に無数の亀裂が走り、眼窩に宿っていた蒼い光が激しく明滅する。


 そして。


 消えた。


 亀裂の隙間から黒い霧が溢れ出す。


 やがて骨格も崩れ、黒い霧となって静かに消えていった。


 まるで、初めから何も存在しなかったかのように。


 あとに残ったのは、石床へ突き刺さった黒い大剣だけだった。


 風が止む。


 黒い瘴気も、もうない。


 玉座の間を静寂が包み込んだ。


 誰もすぐには動かなかった。


 誰も声を上げない。


 荒い呼吸だけが、静かな玉座の間へ響いている。


「はぁ……。」


「はぁ……。」


 カインは剣を握ったまま、その場に立ち尽くしていた。


 胸が激しく上下している。


 もう目の前に敵はいない。


 それでも、剣を握る手からすぐには力を抜けなかった。


 やがて、背後から小さな音が聞こえた。


 ――カツン。


 エリーのロッドが石床を叩く。


「はぁ……。」


 最初に膝をついたのはエリーだった。


 ロッドを支えにその場へ座り込み、肩を大きく上下させながら、それでも顔を上げる。


 カインはその音に気付き、ゆっくりと振り返った。


 すぐ傍には、剣を下ろして肩で息をするアリア。


 その向こうには、ロッドを握ったままのセシリア。


 その隣にはシルフィ。


 そして、座り込んだエリー。


 全員がそこにいた。


 誰一人、欠けていない。


 カインはその光景を、しばらく黙って見つめていた。


 胸の奥に張り詰めていたものが、ゆっくりとほどけていく。


 剣を握っていた手から、ようやく力が抜けた。


 その時。


 あの日の言葉が脳裏に蘇る。


『仲間を信じよ。』


 エリーが守り続けてくれた。


 セシリアが道を作ってくれた。


 シルフィとアリアが防壁を打ち砕いてくれた。


 最後に剣を振るったのは自分だった。


 けれど。


 自分一人では、決して届かなかった。


 カインは四人を見る。


 そして、小さく笑った。


「……はい。」


 その声が、静かな玉座の間へゆっくりと溶けていった。

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