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七星を廻る物語  作者: 豆柴の旅々
第五章 七星 ルシア・ノクティス

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第七十一話 決戦

 玉座の間。


 エルダーリッチとの距離が、ゆっくりと縮まっていく。


 ロッドを握るエリーの手に、自然と力が入った。


(大丈夫。)


(何度も練習した。)


 脳裏に浮かぶのは、ルーシーとの短い特訓。


『焦るでない。』


『理を信じよ。』


 エリーは小さく息を吸った。


 その時だった。


「エリーーー!!」


 カインの声が玉座の間へ響き渡る。


 エリーは迷うことなく詠唱を始めた。


「万物の理よ。」


「世界を支配する法則よ。」


「その理を捻じ曲げ。」


「一点へ収束せよ。」


「――《特異点(シンギュラリティ)》!!」


 ほぼ同時に、エルダーリッチも詠唱を終える。


 その背後に巨大な魔法陣が展開され、周囲へ漆黒の炎が集まり始めた。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 さらに、次々と巨大な黒炎が生まれていく。


 その一つ一つが、カインたちの身体を遥かに上回る大きさだった。


 無数の黒炎がエルダーリッチの背後を埋め尽くし、凄まじい熱気に大気が歪む。


 石床が焼け、玉座の間全体が震え始めた。


「……っ。」


 エリーがロッドを強く握り締める。


 次の瞬間。


 巨大な黒炎が一斉に放たれた。


 轟音と共に、幾つもの黒炎がカインたちへ迫る。


 避ける場所などない。


 まともに受ければ、ひとたまりもない。


 しかし、カインたちの前方で空間そのものが大きく歪んだ。


 そこへ現れたのは、全てを呑み込むような漆黒の渦。


 先頭を飛ぶ黒炎が大きく軌道を曲げ、《特異点(シンギュラリティ)》へ引き寄せられる。


 渦へ近付くにつれ、巨大な黒炎が形を崩していく。


 漆黒の炎が引き剥がされるように渦へ吸い込まれ、やがて跡形もなく消え去った。


 続く黒炎も同じだった。


 一つ。


 また一つ。


 次々と軌道を曲げ、形を崩しながら《特異点(シンギュラリティ)》へ呑み込まれていく。


 そして、最後の黒炎までもが消え去った。


(できた……!)


 胸の奥から喜びが込み上げる。


 だが、まだ終わりではない。


 エリーはロッドを握り直した。


 《特異点(シンギュラリティ)》を維持するだけでも、凄まじい魔力を消耗する。


 長くは保たない。


「シルフィ!」


「うん!」


 シルフィが両手を掲げる。


「リヴァイア!」


 その呼びかけに応じ、膨大な水が玉座の間へ集まっていく。


 水は大きな渦を巻き、やがて巨大な姿を形作った。


 水の大精霊。


 リヴァイア。


 その隣では、アリアも白銀の剣を構えていた。


「《精霊の加護(グレイス・エレメンタル)》!」


 淡い金色の光がアリアの全身を包み込む。


 リヴァイアは静かに目を閉じ、厳かに詠唱を始めた。


『深淵の底より来たる。』


『冷たき抱擁。』


『命の鼓動を止め。』


『永劫の氷棺に眠れ。』


『――《凍てつく氷河の洗礼(アブソリュート・ゼロ)》!!』


 瞬間、大気が凍りついた。


 リヴァイアの周囲へ集まった水が一気に氷へと姿を変え、巨大な氷の竜を形作る。


 氷の竜は咆哮するように大きく顎を開き、エルダーリッチへ襲い掛かった。


 エルダーリッチが右手を伸ばす。


 その先で空間が歪み、虚空から巨大な黒大剣が引き抜かれた。


 刀身を漆黒の炎が包み込む。


 エルダーリッチは黒大剣を振り上げ、一気に振り下ろした。


 ――ズガァァァンッ!!


 巨大な氷の竜が真っ二つに断ち切られた。


 砕け散った氷が無数の欠片となって玉座の間へ舞い散る。


 その向こう。


 一つの影が駆けていた。


 アリア。


 エルダーリッチの眼窩が蒼く輝く。


 その身体を覆うように漆黒の魔力が広がり、半透明の魔力の防壁が展開された。


「凍てつけ。」


「《氷華(アイシクル・ノヴァ)》!!」


 凍てつく氷が、アリアの白銀の剣を覆っていく。


 舞い散る氷片の中から一気に飛び込んだ。


 ――ガギィィィンッ!!


 氷を纏った剣が魔力の防壁へ激突する。


 防壁が大きく揺れた。


 だが、砕けない。


 アリアは身体を翻し、返す剣でもう一度防壁へ斬りつけた。


 そのまま氷を纏った剣を押し当てる。


「氷雪よ。」


「その身を閉ざせ。」


「凍てつけ。」


「《氷咲(グラス・ブルーム)》!!」


 瞬間、接触した剣先から凄まじい冷気が弾けた。


 氷が魔力の防壁を這うように広がり、一瞬にしてその全体を分厚く閉ざしていく。


「カイン!」


「ああ!」


 カインが地を蹴った。


 全身を巡るオーラを剣へ流し、凍りついた魔力の防壁へ向かって踏み込む。


「うおぉぉぉぉっ!!」


 全力で振り下ろした。


 ――ガァァァンッ!!


 蒼白いオーラを纏った剣が、凍りついた防壁へ激突する。


 ――ピシッ。


 一筋の亀裂が走った。


 そこを起点に、無数の亀裂が防壁全体へ広がっていく。


 カインは剣を引いた。


「はぁぁぁぁぁぁ!!」


 再び、全力で斬りつける。


 ――パキィィィン!!


 魔力の防壁が氷と共に砕け散った。


 カインは止まらない。


 舞い散る氷の中へさらに踏み込み、そのまま剣を振り抜く。


 ――ズバッ!!


 エルダーリッチの左腕が宙を舞った。


「――――ッ!!」


 声にならない叫びが響く。


 ほんの一瞬、カインの剣が止まった。


 それまで真っ黒だったエルダーリッチの眼窩が、蒼く輝く。


 短い詠唱。


「っ!?」


 眼前に黒炎の槍が形作られた。


 その距離、わずか数歩。


 避けられない。


 カインは咄嗟に、剣へ集めていたオーラを胸へ流した。


 胸元へオーラが集束する。


 直後。


 黒炎の槍が放たれた。


「カイン!」


 後方では、《特異点(シンギュラリティ)》が今も漆黒の渦を巻いている。


 だが、近すぎた。


 黒炎の槍は《特異点(シンギュラリティ)》へ引かれるよりも早く、カインの胸へ届いた。


 ――ドォォォォンッ!!


「ぐあっ!!」


 凄まじい衝撃がカインの身体を貫いた。


 大きく吹き飛ばされ、《特異点(シンギュラリティ)》の脇を抜けて後方の石床へ叩きつけられる。


「カイン!」


 アリアが叫ぶ。


 だが、足は止めない。


 エルダーリッチが追撃へ移るより早く踏み込み、振り下ろされた黒大剣へ白銀の剣を合わせる。


 ――ガギィィンッ!!


 凄まじい衝撃にアリアの身体が押し戻された。


 それでも退かない。


 再び剣を構え、エルダーリッチの前へ立つ。


「カインさん!」


 後方では、セシリアがカインへ駆け寄っていた。


「ぐっ……。」


 カインは胸を押さえながら、苦しげに息を吐く。


 胸へ集束させたオーラと、セシリアが施していた《光の加護》。


 二つの守りが、黒炎の槍による致命傷を防いでいた。


 それでも、エルダーリッチの一撃は重い。


 セシリアは倒れたカインの傍へ膝をつき、すぐさま治癒魔法を唱えた。


 淡い光がカインの身体を包み込む。


「大丈夫ですか?」


「ああ……。」


 カインは苦しげに身体を起こした。


「セシリアの魔法のおかげで……なんとか。」


 前方では、今も激しい剣戟の音が響いている。


 カインは剣を支えに立ち上がった。


 その時、エリーの姿が目に入る。


 ロッドを握る手は震え、額から大粒の汗が流れていた。


 それでも、漆黒の渦は消えていない。


 《特異点(シンギュラリティ)》は維持されている。


「エリー!」


 呼びかけに、エリーが力強く頷いた。


「まだ……まだ、いける!」


 カインも頷き、剣を握り直した。


 再び地を蹴る。


 《特異点(シンギュラリティ)》の脇を駆け抜け、戦場へ戻った。


 ちょうど、アリアの剣が黒大剣に弾かれる。


 エルダーリッチがそのまま黒大剣を振り下ろそうとした瞬間、カインが斬り込んだ。


 ――ガギィンッ!!


 黒大剣とカインの剣が激突する。


 その脇をアリアが駆け抜け、エルダーリッチの側面へ回り込んだ。


 横薙ぎの一閃。


 エルダーリッチが黒大剣を返し、その剣を弾く。


 だが、その間にはもうカインが踏み込んでいた。


 鋭い刺突。


 黒大剣が寸前で軌道を逸らす。


 カインはそのまま横へ抜け、入れ替わるようにアリアが正面へ飛び込んだ。


 二人は互いの隙を埋めるように、休む間もなく剣を繰り出していく。


 それでも届かない。


 エルダーリッチは巨大な黒大剣を自在に操り、二人の剣をことごとく弾き返していく。


 そして。


 黒大剣が大きく横薙ぎに振るわれた。


「っ!」


 カインとアリアは同時に剣を合わせる。


 ――ガァァァンッ!!


 凄まじい衝撃が二人を襲った。


 カインは右へ。


 アリアは左へ。


 二人の身体が大きく弾き飛ばされる。


 だが、倒れない。


 石床を滑りながら体勢を立て直し、再びエルダーリッチを見据えた。


 その時。


『――《凍てつく氷河の洗礼(アブソリュート・ゼロ)》!!』


 巨大な氷の竜が、再びエルダーリッチへ襲い掛かる。


「カイン!」


「ああ!」


 カインとアリアが同時に左右へ飛んだ。


 エルダーリッチの眼窩が蒼く輝く。


 短い詠唱。


 漆黒の炎がその前方へ集まり、巨大な黒炎の槍を形作った。


 放たれる。


 迫り来る氷の竜と、黒炎の槍。


 真正面から激突した。


 ――ドォォォォォンッ!!


 凄まじい冷気と漆黒の炎が互いを喰らい合い、同時に弾け飛ぶ。


 白い冷気と黒い炎が、玉座の間へ吹き荒れた。


 その白と黒を突き破り、カインが正面から飛び出す。


 エルダーリッチが黒大剣を振るった。


 ――ガギィンッ!!


 カインの剣が弾かれる。


 だが、反対側。


 白い冷気の中から、アリアが飛び込んだ。


 ――ガキィンッ!!


 黒大剣が返され、アリアの剣さえ弾き返される。


 あと一歩。


 その一歩が、届かない。


 その時だった。


「あと10秒!!」


 エリーの叫びが、玉座の間へ響き渡った。

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