第七十話 死都
馬車は、雪に覆われた街を静かに進んでいた。
道の両脇には、朽ち果てた家々が立ち並んでいる。
崩れ落ちた屋根。
割れた窓。
雪に埋もれた石畳。
かつて、ここにも多くの人々が暮らしていたのだろう。
だが、その面影を残す街に、人の姿は一つもなかった。
人の声も、生活の音も聞こえない。
すべてが、あの日のまま置き去りにされている。
まるで街そのものが、死んでしまったようだった。
馬車は王城へ近づくにつれ、ゆっくりと速度を落としていく。
護衛についていた兵士たちの表情も、目に見えて強張っていた。
誰一人、口を開かない。
ある者は剣の柄を強く握りしめ、ある者は何度も王城へ視線を向けている。
やがて、朽ち果てた王城を目前にして馬車は静かに停止した。
一人の兵士が馬車へ歩み寄る。
その顔にも、緊張の色が浮かんでいた。
それでもカインたちの前で姿勢を正し、深く一礼する。
「カイン様。」
「ここから先……我々はここでお待ちしております。」
その声は、わずかに震えていた。
カインは静かに頷く。
「ありがとうございます。」
五人は馬車を降りた。
誰一人として口を開かない。
雪を踏みしめる音だけが、静かな街へ響いていた。
カインには、すでに分かっていた。
《存在感知》が捉えている。
城の奥に、異様なほど大きな存在がいる。
エルダーリッチは、この城の中にいる。
◇
五人は城門をくぐった。
城壁には、大きく抉られた跡が残っている。
崩れ落ちた石壁と、長い年月そのまま放置された瓦礫。
かつてここで激しい戦いがあったことを、今もその傷跡だけが物語っていた。
五人は瓦礫の間を抜け、城の中へ足を踏み入れる。
城内は、不気味なほど静まり返っていた。
風は吹かない。
床に積もった埃さえ、微動だにしない。
ただ、五人の足音だけが長い廊下へ響きわたる。
コツ……。
コツ……。
普段なら気にも留めないほどの小さな音が、今は不気味なほど大きく聞こえた。
一歩。
また一歩。
城の奥へ進んでいく。
自然と、カインは剣を握る手へ力を込めていた。
エリーはロッドを握り直す。その掌には、じっとりと汗が滲んでいる。
アリアは静かに息を吐き、腰の剣へそっと手を添えた。
セシリアはロッドを握りしめる。
シルフィも唇を引き結び、前だけを見つめていた。
――ドクン。
鼓動が聞こえる。
自分のものか。
仲間のものか。
それすら分からない。
そして、一歩進むたびに《存在感知》が捉える存在は大きさを増していく。
やがて、巨大な扉の前へ辿り着いた。
五人は互いに顔を見合わせ、静かに頷く。
セシリアが一歩前へ出た。
両手でロッドを握り、静かに目を閉じる。
「聖なる光よ、我らを包みし加護となれ。」
「迫りし災いを退け、我らを守り給え。」
ロッドの先端から淡い光が溢れ出す。
「《光の加護》!!」
光は静かに広がり、カイン、エリー、アリア、シルフィ、そしてセシリアの身体を包み込んでいく。
淡い光が、その身に宿る。
セシリアは皆を見渡し、静かに頷いた。
カインも小さく頷く。
そして、ゆっくりと扉へ手を掛けた。
その瞬間。
重厚な扉が、まるで意思を持つかのように音もなく開いていった。
◇
扉の先には、広大な空間が広がっていた。
薄暗く、静まり返っている。
誰も、すぐには足を踏み入れなかった。
空気が違う。
冷たい。
雪の冷たさではない。
肌にまとわりつくような、重く淀んだ空気。
息を吸うだけで、胸の奥が締め付けられる。
エリーが無意識にロッドを握る手へ力を込めた。
アリアも剣へ添えた手に力を込める。
シルフィは何も言わず、カインの横へ並んだ。
セシリアもロッドを胸元へ引き寄せている。
カインはゆっくりと息を吐いた。
そして。
一歩。
広間へ足を踏み入れる。
四人も、その後へ続いた。
五人は広間の奥を見つめる。
そこに、玉座があった。
その上に、一体の骸が座っている。
力なく垂れた両腕。
微動だにしない身体。
朽ち果てた法衣。
その周囲には、薄い霧のような瘴気がゆらゆらと漂っていた。
虚ろな眼窩の奥で、蒼い光が静かに揺らめいている。
――エルダーリッチ。
動かない。
声も発しない。
それなのに、五人の身体が本能的に強張っていた。
蒼い光は、まるで最初からカインたちが来ることを知っていたかのように、五人へ向けられている。
誰も動かない。
誰も口を開かない。
静寂だけが、広間を支配していた。
やがて。
エルダーリッチの口が、ゆっくりと開く。
人には理解できない言葉。
低く、不気味な呪文が紡がれ始めた。
同時に、エルダーリッチの背後。
何もなかった空間へ、巨大な魔法陣がゆっくりと浮かび上がっていく。
その瞬間。
カインは叫んだ。
「エリーーーッ!!」




