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七星を廻る物語  作者: 豆柴の旅々
第五章 七星 ルシア・ノクティス

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第六十八話 鳥籠

 ルーシーは静かに立っていた。


 カインたちを乗せた馬車は、ゆっくりと街道を進んでいく。


 やがて小さくなり、地平の向こうへ消えていった。


 それでも、ルーシーはその場を動かなかった。


 冷たい風が、白銀の長い髪と、その左右を飾る大きな黒いリボンを優しく揺らす。


 静かに目を閉じる。


 百五十年前。


 あの日のことが、脳裏によみがえった。


◇


 黒煙が空を覆う。


 燃え盛る炎。


 崩れ落ちる家々。


 泣き叫ぶ人々。


 その先には、漆黒の瘴気を纏う巨大な骸骨がいた。


 エルダーリッチ。


 互いに不死。


 戦いは二日二晩続いたが、終わりは見えない。


 その時だった。


 エルダーリッチが、不意に攻撃を止めた。


 私は身構える。


 しかし、聞こえてきたのは、この世のものとは思えぬ低い声だった。


『ヴァンパイアよ。』


『我と。』


『取引せぬか。』


 私は眉をひそめる。


「……取引だと。」


『うむ。』


『お主が。』


『この地を離れぬと約束するなら。』


『我は。』


『この地を襲わぬと誓おう。』


 私は目を細める。


「……この地。」


「ルクシオンのことか。」


『そうだ。』


 私は静かに振り返った。


 炎に包まれた街。


 崩れ落ちた家々。


 怯える子どもたち。


 泣き叫ぶ人々。


 その光景を見つめる。


「……。」


「その話。」


「本当か。」


『無論だ。』


 再び、悲鳴が響いた。


 長い沈黙。


 私は静かに目を閉じる。


「……分かった。」


「その取引。」


「受け入れよう。」


 エルダーリッチは静かに頷いた。


『約定は結ばれた。』


 次の瞬間、エルダーリッチが聞き取れぬ言葉を唱える。


「……何をした?」


『約定を違えぬためのものだ。』


 私は目を細める。


『お主が約定を違えれば。』


『この地に厄災が降りかかる。』


『我が違えれば。』


『我自身に厄災が降りかかる。』


「……。」


『どちらかが。』


『真の死を迎えるまで。』


『この約定は続くだろう。』


◇


 それから一年も経たぬうちに、ルナヴェール王国は滅んだ。


 どれほど抗おうとも、その結末は変わらなかった。


◇


 あれで良かったのか。


 何度、自問しただろう。


 妾は、自らの民と他の地に生きる者たちを。


 天秤にかけたのだろうか。


 答えは、今も分からない。


 あの日から、妾はこの地を離れておらぬ。


 約定を守り、この地を守り続けてきた。


 そして、あやつと相まみえる日が来たら。


 そう思い、研鑽を続けてきた。


 百五十年。


 それでも、この地には人々の笑顔がある。


 子どもたちの笑い声がある。


 それだけは、守れたのかもしれぬ。


 ルーシーは静かに空を見上げる。


 白い雪が一枚、また一枚と静かに舞い降りる。


 ふと、カインの姿が脳裏に浮かんだ。


 答えを求めることなく、自ら歩き出した弟子。


 そして、アリアの姿も浮かぶ。


 迷いながらも、自らの道を選ぼうとした少女。


『自分が信じた道を。』


『生きよ。』


 自らがアリアへ告げた言葉。


 ルーシーは静かに目を閉じる。


 百五十年前、炎に包まれた街で一つの道を選んだ。


 あの日の自分へ。


 今も、同じ言葉を問い続けている。


「……自分が信じた道を。」


 答えは、今も分からない。


 それでも、選んだ道を妾は今日まで生きてきた。


 ルーシーは目を開く。


 もう一度だけ、街道の先へ目を向けた。


 そこにはもう、馬車の姿はなかった。


 ルーシーは静かに微笑む。


「……生きて帰ってこい。」


 その声は、もう誰にも届かない。


 それでも。


 春の気配を運ぶ冷たい風が。


 白銀の大地を、優しく吹き抜けていった。

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