第六十七話 卒業
修行を始めて七日。
灰色の空から、白い雪が静かに舞っていた。
ここ数日、五人は何度もルーシーへ挑んだ。
エルダーリッチとの実戦を想定した訓練。
そして、今日が最後だった。
カインはゆっくりと目を閉じる。
全身を巡るオーラ。その流れは、七日前とは比べものにならないほど自然になっていた。
「いきます!」
地を蹴る瞬間、オーラが両脚へ流れる。
カインの身体が一気に加速した。
ルーシーとの距離を詰めると、今度はその流れを両腕から剣へ。
蒼白い光が刀身を包み込む。
そのまま剣を振り下ろした。
空気が唸る。
巻き上がった雪が白い渦となって訓練場を包んだ。
しかし、ルーシーは右手を静かに掲げる。
――ガァァァァンッ!!
轟音とともに激しい衝撃波が雪を吹き上げた。
それでも、ルーシーは微動だにしない。
カインの剣は、その小さな右手で受け止められていた。
「アリア!」
「はい!」
その声と同時に、アリアがルーシーの側面へ回り込む。
白銀の剣に風を纏わせ、そのまま鋭く振り抜いた。
だが、ルーシーはカインの剣を押し返すと、僅かに半歩下がった。
アリアの剣先が目の前を通り過ぎる。
「シルフィ!」
「うん!」
「シルフィード!」
風が集まり、シルフィードが姿を現す。
アリアの斬撃を躱したルーシーへ、間を置かず暴風が襲いかかった。
しかし、ルーシーが片手を振るう。
迫っていた風が大きく乱れ、その身体へ届く前に霧散した。
そこへカインが再び踏み込む。
アリアも反対側から距離を詰めた。
七日前とは違う。
一人が攻めれば、次の一人が繋ぐ。
互いの動きを見ながら、ルーシーへ息をつく暇を与えない。
セシリアがロッドを掲げた。
「聖なる光よ、我らを包みし加護となれ。」
「迫りし災いを退け、我らを守り給え。」
「《光の加護》!!」
柔らかな光が広がり、仲間たちの身体を淡く包み込む。
その間にも、カインとアリアは左右からルーシーへ斬りかかる。
ルーシーが二人の剣を受け流し、後方へ下がった。
「今!」
エリーがロッドを向ける。
その先にいるのは、二人の攻撃を躱したばかりのルーシー。
魔法が放たれる。
だが、ルーシーは僅かに身体を捻ると、迫る魔法へ片手を振るった。
魔法はあっさりと弾き飛ばされた。
それでも五人は止まらない。
何度弾き返されても、互いの動きを繋ぎながらルーシーへ挑み続けた。
◇
やがて、訓練場に静寂が戻った。
五人は雪の上へ膝をつき、肩で息をしている。
誰一人として、立ち上がれない。
(勝てない……。)
カインは拳を握り締める。
ここまで修行した。
七日前とは違う。それは、自分でも分かる。
それでも、届かない。
ルーシーは五人を静かに見渡した。
「だいぶ良くなったのう。」
誰も口を開かない。
やがて、ルーシーは小さく微笑んだ。
「一つだけ。」
「教えてやろう。」
五人が顔を上げる。
「今の妾なら。」
「エルダーリッチなど、一捻りよ。」
「……え?」
驚きの声が漏れる。
ルーシーは静かに空を見上げた。
「百五十年前。」
「やつと対峙した時。」
「妾はまだ、オーラを使えなかったからのう。」
誰も言葉を返せない。
ルーシーはゆっくりと自らの掌へ視線を落とした。
薄く、しかし力強いオーラが静かに巡っている。
「このオーラは。」
「やつを討つための。」
「百五十年の研鑽よ。」
その言葉だけで十分だった。
百五十年。
その歳月の重みが、静かに五人の胸へ響いていた。
ルーシーは掌を閉じると、いつものように少しだけ口元を緩めた。
「そう落ち込むことはない。」
「お主らは。」
「まだ始まったばかりじゃ。」
五人は静かに頷く。
「……はい。」
「明日の決戦に備え。」
「今日は早く休むがよい。」
◇
翌朝。
夜明け前の東の空が、わずかに白み始めていた。
準備を終えた五人は、屋敷の前へ集まっていた。
傍らには出発を待つ馬車があり、ルーシーとノエルが静かに見送っている。
冷たい朝の空気に、吐く息が白く滲む。
カインは一歩前へ出た。
「ルーシー師匠……。」
その先の言葉が出ない。
(俺たち……。)
(勝てますか。)
その言葉が喉まで込み上げる。
しかし、カインは静かに息を吸った。
そして、その言葉を飲み込んだ。
顔を上げる。
ルーシーは静かにカインを見つめていた。
何も尋ねなかったカインの心を、すべて見透かしているようだった。
ルーシーは僅かに目を細める。
「カイン。」
「仲間を信じよ。」
カインは力強く頷いた。
「はい!!」
やがて、五人を乗せた馬車がゆっくりと動き出す。
白い雪の上に、車輪の跡が刻まれていく。
遠ざかっていく馬車を、ルーシーはいつまでも見送っていた。
東の空から昇る朝日が、白銀の大地を静かに照らしていた。




