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七星を廻る物語  作者: 豆柴の旅々
第五章 七星 ルシア・ノクティス

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第六十五話 オーラの理

 修行を始めて、二日が過ぎた。


 屋敷の訓練場には、今日も白い雪が静かに舞っていた。


 ルーシーは少し離れた場所に立ち、カインを見つめる。


「さて。今のお主が、どれほどオーラを扱えるようになったか見てやろう。」


「はい! ルーシー師匠!」


 ルーシーは静かに右手を差し出した。


「遠慮はいらぬ。全身を巡るオーラを剣へ集め、全力で来るがよい。」


「剣へ……集めるんですか?」


「そうじゃ。今までと同じように、剣へ集めればよい。」


「でも……。」


 カインは戸惑いながら、腰の剣へ視線を落とした。


 この二日間、ルーシーから言われ続けてきたこととは違う。


 四六時中、オーラを全身へ巡らせ、その流れを意識する。


 それが今の修行だった。


「つべこべ言わず、早く来るがよい。」


「……はい!」


 カインは剣を抜き、ルーシーから数歩の距離を取った。


 ゆっくりと息を整える。


 以前なら、ここから意識を集中し、体内にあるオーラを探るところから始めていた。


 だが、今は違う。


 オーラはすでに全身を巡っている。


 腕。


 胸。


 足。


 身体の隅々を流れ続けるオーラを感じながら、その流れを剣へ向けていく。


 蒼白い光が刀身を包み込んだ。


(……前より、ずっと早い。)


 以前のように、長く集中する必要はなかった。


 カインは剣を握り直す。


「……行きます!」


 一気に地を蹴った。


 積もった雪を後方へ弾き飛ばし、一息でルーシーとの間合いを詰める。


 右足を強く踏み込み、腰を捻った。


 蒼白い光を纏った剣を、右肩から全力で振り下ろす。


 凄まじい風圧が訓練場を駆け抜け、巻き上がった雪が白い渦となって二人を包み込んだ。


 それでも、ルーシーは一歩も動かない。


 静かに左手を掲げる。


 その瞬間。


 全身を絶えず巡っていたオーラが、一気に左腕へ流れ込んだ。


 白く小さな左手を包む光が、僅かに強くなる。


(……え?)


 次の瞬間。


 ――ズガァァァンッ!!


 蒼白い光を纏った剣と、ルーシーの左手が激突した。


 凄まじい衝撃波が四方へ吹き荒れ、積もった雪が一斉に舞い上がる。


 足元の石畳が軋み、周囲の木々が大きく揺れた。


「なっ……!?」


 カインの目が大きく見開かれる。


 ルーシーは微動だにしていない。


 それどころか。


 カインの全力の剣を、その小さな左手だけで受け止めていた。


 だが、カインが驚いたのはそれだけではない。


 左手を包んでいる淡い光。


 それは間違いなく――。


(オーラ……?)


 ルーシーは、オーラで剣を受け止めている。


 その事実を理解した直後。


「よく見ておれ。」


「え?」


 トン。


 ルーシーの右掌が、カインの胸へ軽く触れた。


 全身を巡り続けていたオーラの一部が、今度は右腕へ流れ込む。


 右掌を包む光が強くなった。


「っ!?」


 ただ、それだけだった。


 ――ドォォォンッ!!


「がはっ!」


 凄まじい衝撃が全身を貫く。


 カインの身体は大きく吹き飛び、雪の上を何度も転がった。


「ぐっ……。」


 ようやく止まり、片膝をつく。


 息が詰まる。


 胸が痛む。


 それでもカインはすぐに顔を上げ、ルーシーの左手と右手を交互に見た。


「……今の。」


 息を整えながら立ち上がる。


「オーラで……俺の剣を止めたんですか?」


「そうじゃ。」


 ルーシーは左手を掲げた。


「オーラは、剣を強くするためだけのものではない。腕へ集めれば、今のように攻撃を受け止めることもできる。」


 続いて右手を掲げる。


「そして、拳や掌へ集めれば、攻撃へ転じることもできる。」


「攻撃にも……防御にも……。」


「そうじゃ。」


 ルーシーは小さく笑った。


「オーラとは攻防一体。これが、お主の知らなかった使い方じゃ。」


 カインは自分の両手へ視線を落とした。


 これまでオーラを使う時は、いつも剣へ集めていた。


 剣を強くする。


 敵を斬る。


 そのための力だと思っていた。


 だが、違う。


 オーラは剣だけに使うものではない。


 腕にも。


 拳にも。


 身体のどこへでも流すことができる。


「……じゃあ。」


 カインが顔を上げる。


「四六時中、オーラを巡らせろって言ったのは……。」


「ようやく気付いたか。」


 ルーシーが満足そうに頷いた。


「今までのお主は、必要になってからオーラを集めておった。剣を振るう時だけ、剣へとな。」


「はい。」


「それでは遅い。」


 ルーシーは自らの胸元へ指先を当てる。


「常に全身へ巡らせておけば、必要な瞬間に、必要な場所へ流すことができる。」


 左手へオーラが集まる。


「腕へ流せば、守りとなる。」


 次に右手へ。


「拳へ流せば、攻撃となる。」


 そして両足へ。


 足元の雪が僅かに舞い上がった。


「足へ流せば、踏み込む力にも変えられる。」


「……。」


 カインは食い入るように、その変化を見つめていた。


「大切なのは、ただ集めることではない。」


 ルーシーは全身へオーラを戻す。


 淡い光が、絶え間なく身体中を巡っていく。


「どこへ、どれだけ流すのか。それを瞬時に判断することじゃ。」


「どこへ……どれだけ……。」


「そうじゃ。全てを攻撃へ回せば、守りは疎かになる。守ることばかり考えておれば、今度は相手へ届かぬ。」


 ルーシーは小さく手招きをした。


「近う寄れ。」


「はい。」


 カインが素直に歩み寄る。


 ルーシーは両手を胸の前へ掲げた。


 白く華奢な両手の表面には、薄く、それでいて力強いオーラが絶え間なく巡っている。


「見えるか。」


「はい。」


「ただ身体を巡らせるだけではない。流れを止めず、必要な場所へ必要なだけ――」


 カインは食い入るように見つめる。


 もっと細かな流れを見ようと、自然と顔が近付いていく。


「……。」


 ルーシーの言葉が止まった。


 カインは気付かない。


 さらに少し顔を近付ける。


(ち、近い……。)


 ルーシーの眉が僅かに動く。


(近いぞ、カイン……。)


 それでも師匠として平静を装い、説明を続けようとする。


「よ、よいか。大切なのは、この流れを……。」


「ルーシー師匠。」


「な、何じゃ。」


「もう少し近くで見てもいいですか?」


「もう近いわ!!」


「えぇーーーっ!?」


 カインは慌てて飛び退いた。


 ルーシーの白い頬が、みるみる赤く染まっていく。


「近付きすぎじゃ! この、た、たわけ者!」


「だって、ルーシー師匠が近う寄れって……。」


「限度というものがあるじゃろう!」


「えぇ……。」


「ええい! つべこべ言わず、続きじゃ! 続き!」


「……はい!」


 その時だった。


「ルーシーお嬢様。」


 二人が振り向く。


 ノエルが少し離れた場所で静かに一礼していた。


「お食事のお時間です。」


「もうそんな時間か。」


 ルーシーは空を見上げ、小さく頷く。


「カインよ。先に行っておれ。妾は着替えてから向かうゆえ。」


「はい!」


◇


 屋敷へ戻る廊下を、カインとノエルは並んで歩いていた。


 窓の外では雪が降り続き、二人の足音だけが静かな廊下へ響いている。


 しばらく歩いたところで、カインがふと思い出したように口を開いた。


「そういえば、ノエル君はいつからここで働いてるの?」


 ノエルの足が僅かに緩んだ。


 一瞬だけ、カインへ視線を向ける。


 先ほどまで浮かべていた穏やかな表情が、僅かに消えた。


「……カイン様には、関係のないことかと。」


「えっ?」


 カインは思わず足を止めた。


 しかし、ノエルは何事もなかったかのように前を向き、そのまま歩き続けていく。


(俺……何か変なこと聞いたかな。)


 カインは首を傾げると、慌ててその後を追った。

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