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七星を廻る物語  作者: 豆柴の旅々
第五章 七星 ルシア・ノクティス

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第六十四話 それぞれの一歩

 書斎には静かな時間が流れていた。


 机の上には、一冊の古びた魔導書が広げられている。


 ルーシーがエリーへ渡した本だった。


『ここに書かれておる。』


 そう言っただけで、どの頁かまでは教えてくれなかった。


 エリーは一人、頁をめくり続けていた。


「うーん……。」


 羊皮紙を一枚めくる。


 また一枚。


 静かな頁をめくる音だけが、書斎へ響く。


 どれくらいそうしていただろうか。


 コンコン。


 扉が静かに叩かれた。


「はい?」


 顔を上げると、扉の向こうからセシリアが姿を見せた。


「エリーさん。少しよろしいですか?」


「うん。どうしたの?」


 セシリアはエリーの向かいへ腰を下ろした。


「ルーシー様に言われたことを考えていたのですが、どうしても一人では分からなくて。」


「それで私のところに?」


「はい。エリーさんも、まだ答えを探していると仰っていましたから。」


「そっか。」


 エリーは嬉しそうに笑った。


「じゃあ、一緒に考えよう!」


「はい。」


 二人は肩を寄せ合うように、一冊の本を覗き込んだ。


 しばらくして。


「あっ。」


 セシリアが小さく声を上げた。


「エリーさん。これじゃないですか?」


 細い指が一行を指し示す。


 エリーも身を乗り出した。


「どれどれ?」


「空間を歪め……魔素を吸収する……?」


 エリーは眉を寄せた。


「魔素を……吸収する。」


「エリーさん。」


「これって、もしかして……。」


「うん。」


 エリーはすぐには答えず、もう一度その一文を読み返した。


「重力魔法って、押さえつけるだけじゃないのかも。」


「空間を歪めることで、そこにある魔素にも干渉できる……。」


 セシリアが静かに考え込む。


「では、魔法そのものにも……?」


「……分からない。」


 エリーは首を横へ振った。


「でも、試してみる価値はあると思う。」


 セシリアも嬉しそうに頷く。


「はい。」


 エリーはもう一度、魔導書へ視線を落とした。


「ルーシー様が、『自分で辿り着け』って言った理由が、少し分かった気がする。」


 その時。


 コンコン。


 再び扉が静かに叩かれる。


「皆様。」


 執事が静かに一礼した。


「お食事の準備が整いました。」


「はーい!」


 二人は本を閉じ、書斎を後にした。


◇


 一方。


 屋敷の訓練場。


 白い雪が静かに舞っていた。


 アリアは剣を静かに構える。


「吹き荒れろ、拒絶の刃。」


「我が領域に近づく者を、灰塵に化せ。」


「《幻風華(ミストラル・インパルス)》!!」


 風がアリアの身体と剣を包み込む。


 その瞬間。


 シルフィも両手を掲げる。


「シルフィード!」


 呼びかけに応え、風の精霊が姿を現す。


 柔らかな風が舞い上がり、アリアを包む風へ重なった。


 だが。


 二つの風がぶつかり、アリアを包んでいた風が大きく乱れる。


「あれ?」


 シルフィが首を傾げた。


 アリアは剣を構えたまま、周囲を巡る風へ意識を向ける。


「少し強すぎるみたい。」


「じゃあ、もう少し弱くしてみる!」


「ええ。お願い。」


 シルフィがシルフィードへ目を向ける。


 再び柔らかな風が吹いた。


 今度は先ほどよりも弱く。


 アリアを包む風の流れへ合わせるように、ゆっくりと重なっていく。


 二つの風が重なった。


 今度はぶつからない。


 アリアを包む風へ、シルフィードの風が溶け込むように重なっていく。


 アリアは地を蹴った。


 ――シュンッ。


 白い雪煙だけを残し、一瞬で駆け抜ける。


「……速い。」


 思わずアリアは呟いた。


 シルフィが嬉しそうに笑う。


「どう?」


「うん。さっきよりずっと速い!」


 アリアは静かに剣を見つめる。


「同じ風なら、お互いを邪魔しない。」


 剣を包む風が、静かに揺れる。


「それどころか、もっと強くなる……。」


 アリアは小さく息を吐いた。


「こんな戦い方があるなんて。」


「知らなかった。」


「じゃあ、成功?」


「まだ分からないわ。」


 アリアは剣を構え直す。


「なら、風の強さを色々変えて、どうなるか試してみましょう。」


「うん!」


 その時。


「アリア様。」


「シルフィ様。」


 二人が振り向く。


 ノエルが笑顔で手を振っていた。


「お食事ですよ!」


「ありがとう。」


 三人は並んで屋敷へ向かって歩き始める。


 雪を踏む音だけが静かに響いていた。


 しばらく歩いたところで、シルフィが何気なく尋ねる。


「ねぇ。ノエルはいつから働いてるの?」


 ノエルは少し困ったように笑った。


「実は俺、死にそうなところをルーシーお嬢様に助けてもらったんだ。」


「そうなの?」


「うん。だから百年くらい前かな。」


「えーっ!」


 シルフィは目を丸くした。


「私より年上なんだ!」


 ノエルは照れくさそうに笑う。


「そういうことになるかな。」


 三人は再び歩き始める。


(……百年前。)


 アリアはその言葉を胸の中で繰り返しながら、ノエルの背中を静かに見つめていた。

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