第六十一話 師匠
ルーシーは閉じた本へ手を置いた。
「さて。」
「ノエルよ。」
「はい。」
ノエルは一歩前へ出た。
ルーシーは本を差し出す。
「これを。それから、エリーを書斎へ案内してやってくれ。」
「かしこまりました。」
ノエルは本を受け取ると、優しく微笑む。
「エリー様。」
「こちらへ。」
「はい!」
エリーは元気よく返事をすると、ノエルの後について歩き出した。
ルーシーは今度はアリアとシルフィを見る。
「アリア。」
「シルフィ。」
「はい。」
二人は同時に返事をする。
「精霊魔法は、水と火。」
「風と土。」
「光と闇。」
「相反する力を同時に用いれば、お互い干渉する。戦い方を工夫せよ。」
「はい。」
二人は真剣な表情で頷いた。
続いてセシリアを見る。
「セシリアよ。」
「はい。」
「神聖魔法は、使いどころが鍵となる。」
「まずは、どう使うか自分で考えよ。」
「はい!」
ルーシーは静かに執事へ目配せする。
執事は一礼した。
「皆様。」
「こちらへどうぞ。」
三人は執事に案内され、屋敷の中へ入っていった。
中庭には、カインだけが残る。
ルーシーは静かに振り返った。
「カインよ。」
「はい!」
「お主は暫しここで待っておれ。」
「はい?」
理由は告げないまま、ルーシーは屋敷の中へ姿を消した。
◇
冷たい風が静かに吹き抜ける。
雪がひとひら、またひとひらと舞い落ちる。
しばらくして、屋敷の扉がゆっくりと開いた。
現れたルーシーは、先ほどまでの華やかな装いではなかった。
黒を基調とした簡素な服には無駄な装飾もなく、動きやすさが重視されている。
白銀の長い髪。
その左右を飾る、大きな黒いリボン。
飾らない姿は、かえってその端正な顔立ちを際立たせていた。
思わずカインは見入る。
(……綺麗だ。)
華やかな装飾などなくとも、少女らしい可憐さがより際立って見えた。
「待たせたのう。」
ルーシーはいつも通りの口調で歩み寄る。
「さて。」
「まずは、手へオーラを集めてみよ。」
「はい!」
カインは目を閉じる。
体内を巡るオーラを右手へ流そうとする。
しかし、その流れは無意識のうちに剣へ向かっていた。
「違う。」
ルーシーは静かに首を振る。
「だから、お主は分かっておらんのじゃ。」
カインは慌ててオーラを止めた。
「すみません。」
ルーシーは数歩近づく。
「カインよ。」
「はい。」
「妾を見てどう思う?」
「え?」
突然の質問だった。
カインは改めてルーシーを見つめる。
白銀の髪。
ガーネットのような深紅の瞳。
雪のように白い肌。
華奢な身体。
どこか儚げで、それでいて凛とした佇まい。
カインはしばらく考えた。
「……可愛い女の子?」
…………。
冷たい風だけが、二人の間を吹き抜ける。
静寂。
ルーシーは瞬き一つしない。
カインは首を傾げた。
(……あれ?)
何か間違えただろうか。
白い頬が、みるみる桜色へ染まっていく。
「た……。」
小さく震える声。
「たわけぇぇぇっ!!」
中庭に声が響き渡った。
カインは思わず飛び上がる。
「えぇっ!?」
「妾の全身を巡るオーラを見よ!」
「ということじゃ!」
「す、すみません!!」
慌てて頭を下げる。
気を取り直し、意識を集中する。
ルーシーを見つめる。
すると、薄く淡い光がルーシーの全身を絶え間なく巡っているのが見えた。
「ルーシー様の……。」
「全身にオーラが巡っています。」
「そうじゃ。」
ルーシーはすでに、いつもの落ち着きを取り戻していた。
「オーラとは、本来攻防一体。常に全身へ纏うものじゃ。」
「その状態で初めて、一点へ集める意味が生まれる。」
カインは静かに頷く。
「だから俺は……。」
「最初から間違っていた。」
「いや。」
ルーシーは首を横へ振る。
「間違ってはおらぬ。」
「順番が逆なだけじゃ。」
その一言に、カインの表情が少し明るくなる。
ルーシーは静かに頷いた。
「まずは、オーラの流れを自在に操れるようになってもらう。」
「その第一歩じゃ。」
「はい!」
ルーシーは少しだけ視線を逸らした。
「カインよ。」
「はい!」
「今後。」
「妾のことは。」
「ルーシー師匠と呼ぶのじゃ。」
「……はい?」
ルーシーは何も言わない。
視線がふらりと泳ぐ。
白い頬が、ほんのり赤く染まっていく。
冷たい風が静かに吹き抜ける。
…………。
小さく咳払いを一つ。
そして。
「ええい!」
「ルーシー師匠じゃ!」
「有無は言わさん!」
「分かったな!」
「は、はい!」
ルーシーは満足そうに頷いた。
「うむ。」
「それでよい。」
全身を巡る淡いオーラが、僅かに揺らめく。
「では。」
「始めるかの。」




