第六十話 真理
ルーシーは静かに開かれた本へ視線を落とした。
古びた羊皮紙には、幾重にも文字が書き込まれている。
百五十年という歳月の中で、何度も読み返されてきた一冊だった。
(……あやつ。)
(お前次第とは、こういうことか。)
自分が直接、エルダーリッチを討つことはできない。
だが、討つ者たちを導くことはできる。
ルーシーは小さく息を吐き、僅かに口元を緩めた。
(まったく。)
(最初から、そう言えばよいものを。)
静かに顔を上げる。
「重力魔法とは、この世界の理へ干渉する魔法じゃ。」
エリーが小さく首を傾げる。
「理……ですか?」
「うむ。」
ルーシーは静かに頷いた。
「火は燃える。水は流れる。物は地へ落ちる。」
そう言うと、ルーシーはそっと右手を差し出した。
一片の雪が、静かにその掌へ舞い降りる。
白く儚い結晶は、やがて体温に溶け、小さな雫となって消えていった。
「雪は降る。」
掌に残る雫を見つめながら、ルーシーは静かに続ける。
「それらは、この世界の理じゃ。」
冷たい風が静かに吹き抜け、本の頁がかすかに揺れた。
「エリー。」
「はい。」
「なぜ、雪は地へ落ちる?」
「え?」
エリーは空を見上げた。
白い雪が、ゆっくりと中庭へ舞い落ちている。
「それは……重力があるから?」
「うむ。」
ルーシーは掌に残った雫を払う。
「ならば、その重力を操るお主は、何へ干渉しておる?」
エリーが再び空を見上げる。
舞い落ちる雪を見つめ、その言葉の意味を考える。
やがて、その瞳が僅かに見開かれた。
「……世界の、理?」
「そうじゃ。」
ルーシーが静かに頷く。
「重力魔法とは、その理へ干渉する魔法。」
そして、開かれた本へ視線を落とした。
「魔法とて、この世界の理から外れることはできぬ。」
エリーの表情が変わる。
「じゃあ……。」
先ほどまで見つめていた本へ、もう一度視線を落とす。
「エルダーリッチの殲滅魔法も……?」
「例外ではない。」
「じゃあ、防げるんですか?」
「可能じゃ。」
ルーシーは本へ手を置いた。
「ここに、その鍵が記されておる。」
全員の視線が、一冊の本へ集まる。
「じゃが、妾は魔法は使えぬ。」
ルーシーはエリーを真っ直ぐに見つめた。
「エリー。ここから先は、お主が己の力でその理へ辿り着くのじゃ。」
エリーもその視線を真っ直ぐに受け止める。
「はい!」
「うむ。」
ルーシーは静かに頷くと、今度はカインへ視線を向けた。
「カインよ。」
「はい。」
「先ほど、お主はオーラを剣へ集めておったな。」
「はい。」
「なぜじゃ?」
カインは一瞬、言葉に詰まった。
「……剣で戦うためです。」
「違う。」
即座に否定された。
「え?」
カインが目を瞬く。
「それが、お主の最初の思い違いじゃ。」
ルーシーは真っ直ぐにカインを見つめる。
「お主には妾が直接教えよう。オーラの真理をな。」
冷たい風が、二人の間を静かに吹き抜けた。
カインはその言葉を受け止めると、深く頭を下げる。
「よろしくお願いします。」
「うむ。」
「では、私たちは?」
アリアが尋ねる。
その隣では、セシリアとシルフィもルーシーを見つめていた。
「当然、お主ら三人を遊ばせておくつもりはない。」
ルーシーは三人へ視線を向ける。
「お主らにも、やってもらうことがある。」
アリアたちが静かに頷いた。
「しかし、時間は有限じゃ。」
カインが顔を上げる。
「刻限ということですか?」
「そうじゃ。あやつから与えられた期限は二十日。」
ルーシーは僅かに目を細めた。
「ここからエルダーリッチのもとへ向かう時間も要る。戦うための準備も必要じゃ。」
そして、五人を見回す。
「故に、お主らの修行に使えるのは、どんなに長くとも七日じゃ。」
「七日……。」
アリアが静かに尋ねる。
「そもそも、なぜ二十日なのですか?」
「知らぬ。」
一同の動きが止まる。
「え?」
シルフィが思わず声を漏らした。
「あやつが、たいかいがあるとか何とか言っておった。」
「たいかい?」
誰にも心当たりはない。
ルーシーは小さく肩を竦めた。
「妾は知らぬ。」
静かに本を閉じる。
――パタン。
乾いた音が、中庭へ響いた。
ルーシーは一同を見回す。
「ほれ。修行じゃ。」




