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七星を廻る物語  作者: 豆柴の旅々
第五章 七星 ルシア・ノクティス

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第五十九話 理

 冷たい風が、中庭を静かに吹き抜けていた。


 ルシアが戻るまでの間、誰一人として口を開かなかった。


 エリーは杖を握る手に、僅かに力を込めた。


(……届かない。)


 《重力鎖(グラビティ・バインド)》。


 これまで何度も仲間を助けてきた。


 ヴァルガとの戦いでも、この魔法がなければカインの剣は届かなかった。


 それなのに。


 ルシアは一目見ただけで、その先があることを見抜いた。


(何が足りないの……。)


 答えは分からない。


 ただ、その一言だけが胸に残っていた。


 少し離れた場所では、カインも静かに剣を見つめていた。


(オーラの使い方を……。)


(分かっていない。)


 剣へオーラを纏わせる。


 それが自分の戦い方だった。


 これまで、それを疑ったことなどない。


 だが。


 ルシアは、その使い方を根本から否定した。


(俺は……。)


(何を知らないんだ。)


 静かな時間だけが流れていく。


 その時。


 屋敷の扉が静かに開いた。


 先頭を歩くルシア。


 その一歩後ろを、ノエルが分厚い一冊の本を抱えて続いている。


 革張りの表紙は色褪せ、端には擦り切れた跡が残っていた。


 長い年月を経てきたことが、一目で分かる。


 ティーテーブルまで来ると、ノエルは本をそっと置いた。


「ルーシーお嬢様。」


「こちらに。」


「うむ。」


 ルシアは短く頷く。


 ノエルは静かに一歩後ろへ下がった。


 ルシアは本へ手を置く。


「さて。」


「お主らは、エルダーリッチについてどこまで知っておる。」


 最初に口を開いたのはセシリアだった。


「アンデッドの中でも極めて高位の存在です。」


「神聖魔法は有効ですが、通常の魔法はほとんど通用しないと学びました。」


 ルシアは静かに頷く。


 冷たい風が吹き抜け、木々の枝に積もった雪がさらさらと舞い落ちた。


「そこは間違っておらぬ。」


「じゃが。」


「精霊魔法は別じゃ。」


 アリアとシルフィが顔を上げる。


「やつには届く。」


 ルシアは二人を見たあと、ゆっくりとカインへ視線を移した。


「そして。」


「オーラもじゃ。」


 カインは目を見開く。


「もちろん、神聖魔法も有効じゃ。」


 今度はセシリアへ視線を向ける。


 そして、ルシアは一同を見渡した。


「つまり。」


「お主らには、やつを傷つける手段がある。」


 張り詰めていた空気が、僅かに緩む。


 しかし。


 ルシアの表情は変わらない。


「そこでじゃ。」


 冷たい風が白銀の髪を静かに揺らした。


「勝てると思うか?」


 誰も答えない。


 風に揺れた枝から、雪が静かに地面へ落ちる。


 その音だけが、中庭へ小さく響いた。


 やがて。


 カインがゆっくりと口を開く。


「今までも。」


「俺たちは、この仲間で苦難を乗り越えてきました。」


 一人ひとりの顔を見渡す。


「今回も。」


「力を合わせれば……。」


「だから。」


 ルシアの声が静かにその言葉を遮る。


「お主らは分かっておらんのじゃ。」


 再び静寂が訪れる。


 ルシアは一同を静かに見渡した。


 深紅の瞳が、一人ひとりを見据えていく。


「では。」


「問おう。」


 誰も目を逸らさない。


「やつが放つ、広範囲の殲滅魔法を。」


「どう防ぐ?」


 誰も答えられなかった。


 重い沈黙が中庭を包む。


 セシリアが俯く。


 アリアも静かに目を閉じた。


 シルフィは言葉を失い、エリーは小さく拳を握る。


 そして。


 カインも気付く。


(……レオン。)


 《不壊の盾(アイギス)》。


 これまで強大な攻撃が仲間へ迫るたび、何度もレオンの《不壊の盾(アイギス)》が防いでくれた。


 だからこそ、自分たちは攻撃へ踏み込むことができた。


 だが。


 今、ここにレオンはいない。


 《不壊の盾(アイギス)》もない。


 エルダーリッチの殲滅魔法を防ぐ術が、自分たちには存在しない。


「攻撃が届いても……。」


 エリーが震える声で呟く。


「その前に、私たちが倒されたら……。」


「そういうことじゃ。」


 ルシアは静かに頷く。


「力を合わせる。」


「仲間を信じる。」


 冷たい風が再び吹き抜け、本の頁がかすかに揺れた。


「それ自体は間違っておらぬ。」


「じゃが。」


「信じるだけでは、魔法は防げぬ。」


 誰も言葉を返せなかった。


 長い沈黙。


 ノエルもまた、静かにルシアの横顔を見つめている。


 やがて。


 ルシアはゆっくりと本へ手を置いた。


「じゃが。」


 その一言に、一同が顔を上げる。


 深紅の瞳が、真っ直ぐ全員を見つめた。


「唯一。」


「勝ち筋がある。」


 張り詰めていた空気が変わる。


 ルシアは静かに本を開いた。


 乾いた紙の擦れる音が、中庭へ響く。


 古びた羊皮紙には、幾重にも書き込みが残されていた。


「百五十年。」


 ルシアが静かに告げる。


「これは、やつを討つために積み重ねられてきた記録じゃ。」


 一同の視線が、古びた本へ集まる。


 ルシアはゆっくりと顔を上げた。


 その視線は、エリーへ向けられていた。


「切り札は。」


 冷たい風が白銀の髪を優しく揺らす。


「重力魔法じゃ。」

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