第五十八話 見極め
昼食を終えたカインたちは、執事に案内され中庭へと向かっていた。
「中庭って言ってたけど、何するんだろうね?」
シルフィが白い息を吐きながら首を傾げる。
「先ほど私たちの戦い方を聞いていましたから、実際に確認されるのではないでしょうか。」
セシリアの言葉に、アリアも小さく頷いた。
「たぶん、そうでしょうね。」
「七星が直々にか。」
エリーが僅かに表情を強張らせる。
やがて中庭へ出ると、昨夜降った雪が庭一面を白く染め、冬の陽光を受けて静かに輝いていた。
澄み切った青空の下、吐く息は白く、頬を撫でる風は冷たい。
中庭の片隅には小さなティーテーブルが置かれ、その椅子にはルシアが静かに腰掛けていた。
一冊の本を手に取り、穏やかな表情で頁をめくっている。
近づく足音に気付くと、栞を挟んで本を閉じ、ゆっくりと立ち上がった。
「来たか。」
その一言だけ告げると、小さく首を傾げる。
「そう言えば、まだ名を聞いておらなんだ。」
一同は顔を見合わせた。
応接室では依頼の話ばかりで、自己紹介をしていなかったことに今さら気付く。
最初にアリアが一歩前へ出た。
「アリアです。」
「私はシルフィ! よろしくね!」
「お主は随分と元気じゃの。」
「うん!」
迷いなく返したシルフィに、ルシアの口元が僅かに緩む。
「エリーです。」
「セシリアです。」
最後にカインが名乗った。
「カインです。」
ルシアはゆっくりと頷く。
「うむ。妾はルシアじゃ。」
一同を見渡し、口元を僅かに緩める。
「ルーシーと呼ぶことを許そう。」
一瞬の静寂が落ちた。
エリーがおずおずと口を開く。
「ルーシー様?」
「うむ。それでよい。」
「七星をそんなふうに呼んでもいいの?」
シルフィが不思議そうに尋ねる。
「妾がよいと言っておるのじゃ。構わぬ。」
そう答えると、ルシアは表情を引き締めた。
「さて。お主らの技を見せてもらおう。」
「技を?」
カインが聞き返す。
「話を聞くだけでは分からぬこともある。実際に見た方が早いのでな。」
その言葉に、カインたちの表情にも僅かな緊張が走った。
最初に前へ出たのはアリアだった。
白銀の剣を抜き放ち、静かに構える。
「《精霊の加護》」
淡い金色の光がアリアの全身を包み込む。
白銀の刀身に炎を纏わせ、アリアが剣を鋭く振り抜く。
炎を纏った一閃が冷たい空気を切り裂き、舞い上がった雪を瞬く間に溶かしていった。
「精霊の加護か。」
「はい。」
ルシアは炎を纏う剣へ静かに視線を向ける。
「一つではないようじゃの。」
アリアが僅かに目を見開いた。
「分かるのですか?」
「その程度、見れば分かる。」
それ以上は何も言わず、ルシアは次にシルフィへ視線を向けた。
シルフィが両手を広げると、風の精霊が舞い、小さな旋風が雪を巻き上げる。
「ほう。精霊との結びつきは強いの。」
「分かるの?」
「誰に聞いておる。」
「あ、そっか。」
シルフィが納得したように頷くと、ルシアは僅かに口元を緩めた。
次はセシリア。
セシリアがロッドを掲げると、神聖な光がその先端へ宿り、柔らかな輝きが中庭へ広がった。
「神聖魔法か。」
ルシアは僅かに目を細める。
「なるほどの。」
それだけ告げると、今度はエリーへ視線を向けた。
「お主は重力魔法だけ見せよ。」
「はい。」
エリーは杖を構える。
「空間よ、歪め。」
「理の軌道を捻じ曲げ、大地の枷となれ。」
「《重力鎖》!!」
見えない重圧が前方へ広がり、積もった雪が沈むと、その下で大地が軋んだ。
ルシアは何も言わず、その様子を見つめている。
「他には。」
エリーは一瞬言葉に詰まり、申し訳なさそうに首を横へ振った。
「ありません。これだけです。」
ルシアは静かに目を閉じる。
「なるほど。それでは届かんのぉ。」
「えっ?」
エリーが目を丸くする。
しかし、ルシアはその理由を語らなかった。
今度はカインへ視線を向ける。
「お主。オーラを使ってみよ。」
「はい。」
カインは剣を抜き、ゆっくりと意識を集中させた。
体内を巡るオーラを右腕へ集めていく。
少しずつ、時間をかけて。
やがて右腕へ集めたオーラが柄を通して刀身へ流れ込み、蒼白い光がその刃を包み込んだ。
ルシアは何も言わない。
ただ、その様子を静かに見つめている。
しばらくして、静かに口を開いた。
「お主は、オーラの使い方をまったく分かっとらん。」
「えっ?」
カインは思わず剣へ視線を落とした。
蒼白い光は、確かに刀身を包んでいる。
これまで何度も、この力に助けられてきた。
ドラゴンゾンビとの戦いでも、ヴァルガとの戦いでも。
それを今、目の前の七星は「分かっていない」と言った。
「どういう意味ですか?」
ルシアは答えず、静かに一同を見渡した。
「さて。まずは重力魔法じゃな。」
小さく手を叩く。
――パン。
「ノエルはおるか。」
「はい!」
屋敷の中から元気な返事が響き、間もなく一人の少年が駆けてきた。
年の頃は十二歳ほど。
どこか幼さの残る顔立ちだが、その瞳は生き生きと輝いている。
「ルーシーお嬢様! お呼びでしょうか!」
「相変わらず声が大きいの。」
「申し訳ありません!」
「別に叱ってはおらぬ。」
ノエルがきょとんと目を瞬かせる。
ルシアはそんな少年へ穏やかな視線を向けた。
「書庫の鍵を持ってくるのじゃ。」
「かしこまりました!」
ノエルは深く一礼すると、屋敷の中へ駆けていった。
ルシアは静かに一同を見渡す。
「お主らは暫しここで待っておれ。」
その表情が、僅かに和らぐ。
「まずは理を知らねば始まらぬ。」
そう言い残すと、ルシアは静かに屋敷の中へ歩いていった。
白銀の髪が冬の風に揺れる。
誰も、その背中へ声を掛けることはできなかった。




