第四話 初めてのクエスト
「お帰りなさい!」
訓練場から戻ってきた二人を、エマが明るい笑顔で迎えた。
「試験、終わりました。」
「はい。結果は伺っています。」
そう言うと、エマは小箱から二枚の金属製のプレートを取り出した。
「おめでとうございます。お二人とも、Dランクでの登録となります。」
金属製の登録証。
そこには、それぞれの名前が刻まれていた。
カインは、自分の名前が刻まれた登録証を手に取った。
「これが……。」
冒険者の証。
幼い頃から憧れていたものが、今、自分の手の中にある。
隣を見ると、エリーも嬉しそうに登録証を眺めていた。
二人は顔を見合わせ、小さく笑う。
今日から。
自分たちは、本物の冒険者なのだ。
「それでは。」
エマが一枚の案内板を広げる。
「続いて、クエストについてご説明しますね。」
「依頼は大きく分けて、一般、限定、指名の三種類です。」
「一般?」
「はい。誰でも受けられる依頼が一般クエスト。」
「一定以上のランクや年齢など、条件が決められているものが限定クエスト。」
「そして、依頼主が冒険者を指定するものが指名クエストです。」
カインは小さく頷く。
「なるほど。」
「受注条件は、それぞれの依頼書に書かれています。」
エマは壁際を指差した。
「まずは、掲示板をご覧になってみてください。」
「ありがとうございます。」
二人は礼を言い、依頼掲示板へ向かった。
壁一面の掲示板には、無数の依頼書が貼り出されていた。
薬草採集、井戸の清掃、屋根の修理、荷物運び。
その内容は、カインが想像していた冒険者の仕事とは少し違っていた。
カインは、上から順番に眺めていく。
その途中。
ふと、一枚の依頼書が目に留まった。
『行方不明者捜索』
その隣にも。
『行方不明者捜索』
さらに、その隣にも同じような依頼が貼られている。
一枚。
二枚。
それだけではない。
随分と数が多い。
(……多いな。)
少し気になったものの、カインはそのまま他の依頼書へ視線を移した。
しかし、次第に首をかしげた。
「意外と地味なんだね。」
「ふふっ。」
エリーが小さく笑う。
「生活を支えるのも、冒険者の大切な仕事だからね。」
「そういうものなのか……。」
カインが次の依頼書へ目を移した時、ふと掲示板の端が目に入った。
そこだけ、他とは違う黒い縁取りの依頼書が並んでいる。
――賞金首。
カインは、その中の一枚へ目を止めた。
『冒険者殺し カイザー』
《推奨ランクA》
鋭い眼差しの似顔絵が、こちらを睨み返している。
「冒険者殺し……。」
「物騒な名前だね。」
エリーも隣から依頼書を覗き込む。
その横には、別の依頼書。
『魔剣使い バルド』
《推奨ランクC》
「こういう人たちもいるんだ……。」
「本当にいるのかな。」
二人は軽く言葉を交わし、その場を離れた。
まだ、自分たちには縁のない世界だと思っていたからだ。
◇
一通り掲示板を見終えても、受けたい依頼は見つからなかった。
二人は再び受付へ戻る。
「何か気になる依頼はありましたか?」
「それが……。」
カインは苦笑する。
「冒険者って、もっと魔物退治とか、護衛の依頼が多いと思っていました。」
「ああ。」
エマは納得したように頷く。
「この辺りは比較的平和ですから。魔物も、それほど多くないんです。」
「そういえば。」
カインは、先ほどの掲示板を振り返る。
「行方不明者の捜索依頼が多いんですね?」
「そうなんです。最近、急に増えていまして。」
エマは少し困ったように眉を寄せる。
「まだ原因も分かっていませんし、心配なんです。」
「そうなんですね……。」
カインは、もう一度掲示板へ目を向ける。
少し気になったものの、今の自分たちに何か分かるわけでもない。
「討伐依頼は?」
「ほとんどが迷いの森周辺ですね。」
エマの表情が少し真剣になる。
「ただ、迷いの森は危険度が高いので、基本的には限定クエストになります。」
「じゃあ、護衛は?」
「そちらも盗賊との戦闘が想定されますので、一定以上のランクが必要ですね。」
「なるほど……。」
カインは納得したように頷いた。
故郷の村でも、魔物を見かけることはほとんどなかった。
だからこそ祖父との修行も、基礎的な訓練がほとんどだった。
その時、カインはふと周囲を見渡した。
「そういえば。」
「思ったより冒険者が少ないですね。」
「ああ、それはですね。」
エマが思い出したように頷く。
「実は今、トライデン公国北部の古代遺跡で、ドラゴンの目撃情報がありまして。」
「ドラゴン?」
カインが目を丸くする。
祖父から話に聞いたことはあったが、実際に見たことはない。
「本当にいるんですね……。」
「本物だったら、大騒ぎじゃないですか?」
隣で、エリーも驚いたように声を上げた。
「はい。」
エマは真剣な表情で頷く。
「ですから今、ギルドの腕利き冒険者たちが調査へ向かっています。」
「中級冒険者以上限定の依頼でして。」
「募集も昨日で締め切られています。」
「そうだったんですね。」
二人は驚いたものの、残念という気持ちはなかった。
冒険者になったばかりで、ドラゴンに挑もうなどとは考えていない。
「うーん……。」
エマは腕を組み、少し考え込んだ。
「せっかくDランクで登録されたんですものね……。」
そこで、ふと思い出したように顔を上げる。
「そういえば、条件の厳しい護衛依頼が一件、残っていたはずです。」
「条件の厳しい?」
「はい。少々お待ちください!」
エマはそう言い残し、受付の奥へ駆けていった。
「……?」
「なんだろう?」
取り残された二人は、顔を見合わせた。
その時だった。
ギルドの奥、上階へと続く階段から、一人の男が姿を現した。
白銀の髪をした、長身の老剣士。
腰には二本の剣を佩いていた。
男が階段を下り始めると、周囲の冒険者たちが次々と顔を上げた。
「……おい。」
「あれ、オーエン様じゃないか?」
「本当だ……。」
ざわめきが広がり、それまで賑やかだったホールが次第に静まり返っていく。
カインも、つられるようにそちらを見た。
男は周囲の視線など気にする様子もなく、ゆっくりと階段を下りてくる。
だが、その姿を目にした瞬間、カインは思わず息を呑んだ。
(……何だ、この人。)
ただ歩いているだけだった。
それなのに、隙が見当たらない。
カインは無意識に男の動きを目で追っていた。
「……カイン?」
エリーが不思議そうに声を掛ける。
「……あの人、すごい。」
「え?」
エリーも男へ目を向けた。
その時、近くの冒険者たちの会話が聞こえてきた。
「オーエン様だぞ。」
「このリヴァルを築いた御方だ。」
「……あの人が。」
カインは改めて男を見つめた。
この街を築いたという英雄。
その人物が、今、目の前を歩いている。
男は一度もこちらを見ることなく、ギルドの出口へと向かっていく。
誰も声を掛けようとはしなかった。
やがて、その姿が扉の向こうへ消えると、ホールには少しずつ喧騒が戻ってきた。
「……すごい人だったんだね。」
エリーがぽつりと呟く。
「……うん。」
カインは、男が去った扉を見つめていた。
その時。
「ありました!」
受付の奥から、エマの明るい声が響いた。
振り返ると、依頼書の束を抱えたエマが、息を弾ませながら戻ってくるところだった。
「お二人に受けられそうな依頼が!」
エマは依頼書の束をめくり、一枚の依頼書で手を止めた。
それを丁寧に取り出し、二人へ向き直る。
「実は、この依頼は少し特別なんです。」
「特別?」
エマは頷く。
「お二人なら、条件を満たしています。」
そう言って、一枚の依頼書を差し出した。
そこに書かれていたのは――。
『護衛依頼』
『依頼主 ベルシュタイン侯爵家』
『Dランク以上』
『十六歳以下』
「侯爵家!?」
エリーが思わず声を上げる。
一方、カインは首をかしげた。
「侯爵って……そんなにすごい人なの?」
「すごいどころじゃないよ!」
エリーは苦笑しながら答える。
「国でも指折りの大貴族なんだから。」
「へぇ……。」
カインは、もう一度依頼書へ視線を戻す。
Dランク以上。
十六歳以下。
そして、自分たちは十四歳。
まるで、自分たちのために用意された依頼のようだった。
「詳しい内容は、依頼主から直接説明されることになっています。」
「これ……。」
カインは依頼書を見つめた。
「俺たちが受けてもいいんですか?」
「もちろんです。」
エマは笑顔で頷いた。
カインは隣のエリーを見る。
「どうする?」
「もちろん、話くらい聞いてみようよ!」
エリーは嬉しそうに笑った。
「せっかく二人で冒険者になったんだもん。」
「うん!」
カインも笑顔で頷いた。
初めてのクエスト。
その依頼書には、ベルシュタイン侯爵家の名が刻まれていた。




