第五十話 七星からの指名依頼
「俺たちに……指名依頼ですか?」
カインは不思議そうに首を傾げた。
「ああ。」
クランツは静かに頷く。
「しかも、ただの指名依頼じゃない。」
朝の冒険者ギルド。
開かれた扉の向こうでは、依頼掲示板の前に集まる冒険者たちの声や、木製の杯が触れ合う音が絶え間なく響いている。
だが、奥にある応接室だけは、その喧騒から切り離されたように静かだった。
テーブルを挟んで座るクランツ。その正面には、カインとエリーが腰掛けていた。
クランツの傍らには受付嬢のサラが立ち、一枚の羊皮紙を大切そうに抱えている。
クランツは彼女へ視線を向けた。
「依頼書を渡してやってくれ。」
「はい。」
サラは小さく頷くと、テーブルの横を回り、カインの前まで歩み寄った。
「カインさん。こちらが、先ほど届いた指名依頼です。」
「ありがとうございます。」
カインが依頼書を受け取る。
「いえ。」
サラは小さく微笑んだ。その頬が、ほんの僅かに赤い。
カインは気付かないが、隣に座るエリーはその様子をじっと見ていた。
(……あれ?)
カインは何も知らず、羊皮紙を開いた。
冒頭に記されていたのは、依頼を受ける者を示す一文。
『竜を倒した者たちへの指名依頼』
その下には、驚くほど短い文章だけが綴られていた。
『刻限が迫っている故、至急ルクシオン領へ来られたし。』
そして末尾に記された依頼人の名。
『七星 ルシア・ノクティス』
「…………七星?」
カインの目が止まった。
もう一度、署名を見る。
見間違いではない。
「えっ!? 七星!?」
思わず声を上げる。
「七星って……ゼフィロスさんと同じ!?」
エリーも驚いたように依頼書を覗き込んだ。
「ああ。」
クランツが頷く。
「世界に七人しかいないとされる、特別な存在だ。」
カインは改めて依頼書へ視線を落とす。
「ルシア・ノクティス……。」
聞いたことのない名前だった。
「クランツさん。」
「なんだ?」
「それなら、どうして俺たちが指名されたんでしょう。」
「依頼書に書かれているとおりだろう。」
クランツは依頼書へ視線を向ける。
「竜を倒した者たち。」
「お前たちは、北の遺跡でドラゴンゾンビを討伐した。」
カインは依頼書へ視線を落とした。
「……それを、ルシア様は知ってるってことですよね。」
「そういうことになるな。」
「どうして……。」
「さあな。」
クランツは小さく息を吐く。
「七星がどこでその情報を知ったのか。それも含めて、俺には分からん。」
カインは黙って依頼書を見つめた。
七星からの指名依頼。
しかも、遠く離れた北の大陸から届いたものだ。
どれほどの危険が待っているのか。
クランツにも予想はつかなかった。
「受けるかどうかは、仲間と話し合って決めろ。」
「ただし。」
依頼書を指先で軽く示す。
「刻限が迫っているとある以上、あまり時間はないだろう。今日中には返事を聞かせてほしい。」
「分かりました。」
カインが頷く。
「一度、みんなに相談してみます。」
「ああ。」
クランツも頷いた。
そこで話は終わったかに思えた。
だが。
「それと。」
クランツは手元の書類へ手を伸ばした。
「お前たちには、もう一つ伝えておくことがある。」
取り出されたのは、二枚の新しい冒険者証だった。
クランツはサラへ目配せする。
「頼む。」
「はい。」
サラは冒険者証を受け取ると、二人の前へ歩み寄った。
「カインさん。エリーさん。こちらをお受け取りください。」
二人は顔を見合わせる。
「新しい冒険者証?」
エリーが首を傾げた。
「はい。」
クランツが椅子へ深く腰掛け、静かに口を開く。
「北の遺跡におけるドラゴンゾンビ討伐。」
「公国襲撃時の功績。」
「それに。」
「正式な依頼ではないとはいえ、迷いの森での働きもある。」
「それらを踏まえ、ギルド本部から正式に承認が下りた。」
一呼吸置く。
「カイン。」
「エリー。」
「本日付で、両名をCランク冒険者へ昇格とする。」
一瞬。
二人は何を告げられたのか理解できず、無言のままクランツを見つめていた。
やがて。
「……Cランク?」
カインが小さく聞き返す。
「ああ。」
クランツは真剣な表情のまま頷いた。
「登録から一か月足らずでの昇格は異例だ。」
「本来なら、どれほど実力があっても、ここまで早く認められることはない。」
僅かに口元を緩める。
「だが、実績が違いすぎる。」
「これだけの功績を挙げた冒険者を、いつまでもDランクにしておくわけにはいかん。」
エリーの表情が、ぱっと明るくなる。
「やった! カイン、Cランクだよ!」
「エリーもだよ。」
「私はカインと一緒だからいいの!」
満面の笑みを浮かべるエリーに、カインもつられるように笑った。
「そっか。俺たち、Cランクになったんだ。」
サラが二人へ冒険者証を差し出す。
「昇格、おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」
カインが笑うと、サラも嬉しそうに微笑んだ。
「お二人のご活躍は、ギルドでも皆が話しています。」
「そうなんですか?」
「はい。すごいと思います。」
「ありがとうございます。」
カインは少し照れくさそうに頭をかいた。
その様子を見ながら、エリーは思う。
(……やっぱり。)
エリーは、カインに向けられる好意には不思議なほど敏感だった。
(カインって、やっぱりモテるんだ……。)
カインは手にした新しい冒険者証へ視線を落とした。
あれから、まだ一か月も経っていない。
それでも、その間に数え切れないほどの出来事があった。
仲間と出会い、危険に立ち向かい、何度も支えられながら、少しずつ前へ進んできた。
その積み重ねが、今こうして形となって手の中にある。
「カイン。」
クランツの声に、カインは顔を上げた。
「七星からの依頼だろうと、何だろうと。」
クランツは真剣な目でカインを見る。
「無茶だけはするな。」
「はい。」
カインはしっかりと頷いた。
やがて二人は席を立つ。
「それじゃあ、一度みんなに相談してきます。」
「ああ。」
応接室を出ていく二人。
扉が閉まり、その足音が少しずつ遠ざかっていく。
サラが小さく笑った。
「支部長も、心配なのですね。」
「馬鹿を言え。」
クランツは手元の書類へ視線を落とす。
「優秀な冒険者を失いたくないだけだ。」
「そういうことにしておきます。」
「余計なことを言うな。」
◇
ギルドを出ると、柔らかな春の風が二人の頬を撫でた。
朝のエヴァンスには、行き交う人々の声が響いている。
カインは歩きながら、先ほどの依頼書を思い返していた。
七星。
ルシア・ノクティス。
ルクシオン領。
聞いたことのない名ばかりだった。
それでも。
不思議と胸の奥は静かに高鳴っていた。
「まずはアリアに相談してみよう。」
「うん。」
エリーが頷く。
そのまま歩き出したカインの横顔を、エリーはそっと見つめた。
若く。
優しく。
強くなり。
多くの人から認められ始めた、大切な弟。
(そりゃ、好きになる人もいるよね。)
少し誇らしく。
それと同じくらい、少しだけ複雑な気持ちを抱きながら。
エリーは何も知らないカインの隣へ、静かに並んだ。




