第四十九話 運命の導き
翌朝。
柔らかな朝日がエヴァンスを照らしていた。
公爵邸の正門前。
旅支度を整えたレオンは、愛馬の手綱を握っていた。
「それじゃあ、俺は神聖国へ戻る。」
レオンはカインたちを見渡した。
「また会おう。」
「うん。また。」
カインが小さく笑う。
エリーとシルフィも、それぞれ笑顔を浮かべた。
セシリアが兄の前へ歩み寄る。
「お兄様。」
「お気を付けて。」
レオンは優しく微笑む。
「元気でいろ。」
その言葉だけだった。
レオンは馬へ跨る。
最後にアリアへ視線を向ける。
アリアも静かに頷き返した。
馬がゆっくりと歩き始める。
やがて速度を上げ、朝日に照らされた街道の彼方へ消えていった。
カインたちは、その背中が見えなくなるまで静かに見送っていた。
◇
――カインたちが、迷いの森にいた頃。
北の大陸。
ルクシオン領。
夜。
冷たい夜空から、白い雪が静かに舞い落ちていた。
領主の屋敷。
静まり返った一室には、窓から淡い月明かりが差し込んでいる。
部屋の中央には、一枚の大きな姿見が置かれていた。
その鏡面が静かに揺らぐ。
ルシアは小さく微笑んだ。
「初めてではないかのう?」
「お主から妾だけを呼び出すとは。」
鏡の向こう。
黒いローブを纏った《観測者》が静かに姿を現す。
しばらく沈黙が流れ、やがて《観測者》はゆっくりと口を開いた。
「南の湖の畔に集いし。」
「竜を屠りし者達へ。」
「試練を与えよ。」
「その試練を越えし時。」
「鳥籠の扉は開かれ。」
「その翼は再び空を知るだろう。」
静寂。
ルシアは腕を組み、静かに考える。
「南の湖……。」
「竜を倒した者達……。」
やがて、小さく笑った。
「つまり、その者達へ試練を与えよ、ということか。」
《観測者》は短く答える。
「是。」
ルシアはさらに問い掛ける。
「試練というのは、エルダーリッチ討伐のことじゃな?」
「是。」
短い返答。
ルシアは鏡の奥を真っ直ぐ見つめた。
「その者達が勝てば、妾は自由になれるのか?」
《観測者》は静かに答える。
「それは、お前次第。」
ルシアは眉をひそめる。
「もう少し教えてはくれぬのか?」
《観測者》は短く告げる。
「期限は二十日。」
「二十日?」
「なぜじゃ?」
ほんのわずかな沈黙。
「……大会。」
ルシアは首を傾げた。
「たいかい?」
鏡の向こうで、《観測者》はしばし沈黙した。
「…………。」
「試練を与えよ。」
「そうすれば、運命は廻る。」
鏡の光が静かに薄れていく。
最後に映っていた《観測者》の姿も、水面へ落ちた雫のように揺らぎ――消えた。
ルシアは苦笑した。
「相変わらずじゃのう。」
「お主は肝心なことを教えてくれぬ。」
◇
ルシアは机へ歩み寄る。
一枚の羊皮紙を広げ、流れるような筆致で文字を綴っていく。
書き終えると、小さく頷いた。
窓を開ける。
一羽の黒い梟が、音もなく舞い降りた。
ルシアの使い魔だった。
ルシアは封書をその脚へ結び付ける。
「南まで頼むぞ。」
黒い梟は小さく鳴くと、大きく翼を広げて夜空へ舞い上がった。
舞い落ちる雪の中、月明かりを浴びながら南の空へ飛び去っていく。
ルシアはその姿が見えなくなるまで、静かに見送っていた。
◇
レオンを見送った、その後。
トライデン公国。
エヴァンス領。
冒険者ギルド支部。
受付嬢のサラが、一通の封書をクランツへ差し出した。
「北の大陸から、指名依頼が届いています。」
「北の大陸から?」
クランツは封書を受け取り、静かに封蝋を解く。
羊皮紙を開いた、その瞬間だった。
「……な。」
思わず目を見開く。
依頼人の欄には、ただ一行。
七星 ルシア・ノクティス
クランツは息を呑んだ。
「まさか……七星から、直接依頼だと……。」
しばらく依頼書を見つめたまま動けなかった。
やがて我に返り、依頼内容へ視線を落とす。
竜を倒した一行への指名依頼。
クランツはサラを見る。
「……これ、カインたち宛てで間違いないな?」
サラはすぐに頷いた。
「はい。」
「ドラゴンゾンビを討伐した一行ですから。」
クランツは静かに依頼書を畳む。
「そうか……。」
「まさか七星が、あいつらを指名するとはな。」
その時だった。
ギルドの扉が開く。
「おはようございます。」
聞き慣れた少年の声が響く。
クランツはゆっくりと顔を上げる。
そして、口元に笑みを浮かべた。
「ちょうどいい。カイン。」
クランツは手にした依頼書を掲げた。
「お前たちに、とんでもない指名依頼が届いてる。」




