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七星を廻る物語  作者: 豆柴の旅々
第四章 迷いの森

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第四十八話 それぞれの道

 翌朝。


 迷いの森は、柔らかな朝日に包まれていた。


 瑞々しい新緑には朝露が宿り、陽の光を受けてきらきらと輝いている。


 小鳥たちのさえずりが森中へ響き渡り、柔らかな風が木々の間を吹き抜けていく。


 昨夜までの戦いが嘘だったかのように、穏やかな時間が流れていた。


 集落の入口。


 旅支度を終えたカインたちは、ゼフィロスをはじめとするエルフたちへ別れの挨拶をしていた。


「本当に、お世話になりました。」


 カインが頭を下げる。


 ゼフィロスは静かに頷いた。


「礼を言うのはこちらだ。」


「お前たちが来なければ、この森は救われなかった。」


 しばらく静かな時間が流れる。


 やがて、ゼフィロスはゆっくりと口を開いた。


「……カイン。」


「一つ、頼みがある。」


 カインは顔を上げる。


「何でしょう?」


 ゼフィロスは隣に立つ娘へ視線を向けた。


 朝の光を受け、シルフィの金色の髪が柔らかく揺れている。


「昨夜、お前が話しているのを聞いた。」


 シルフィは目を丸くした。


「お父さま?」


「お前は、この森を愛している。」


「だが、それと同じくらい、外の世界へ憧れていたのだろう。」


 シルフィは何も言えなかった。


 ゼフィロスは娘の前まで歩み寄る。


「お前はまだ若い。」


「エルフの寿命は長い。」


「世界を見てきなさい。」


「そして、いつでも帰ってくればいい。」


 シルフィの緑の瞳が大きく見開かれる。


「……本当に、いいんですか?」


「私、森を出ても……。」


 ゼフィロスは穏やかに頷いた。


「ああ。」


 そして、優しく娘の頭へ手を置く。


「親とは、子の背中を押すのも務めだからな。」


 シルフィは俯いた。


 父の手の温もりに、堪えていた涙が頬を伝う。


「……お父さま。」


 しばらくして、シルフィは涙を拭った。


 もう一度顔を上げた時、その緑の瞳は真っ直ぐに父を見つめていた。


「私、外の世界を見てきます。」


 ゼフィロスが静かに頷く。


 シルフィは涙の残る顔で笑った。


「……行ってきます。」


「ああ。」


「行っておいで。」


 ゼフィロスはカインへ向き直った。


 新緑を思わせる緑の瞳が、真っ直ぐにカインを見つめる。


「シルフィは、まだ未熟だ。」


「だが、精霊魔法はきっとお前たちの役に立つと思う。」


 僅かに間を置く。


「どうだろうか。」


「この子を、一緒に連れていってはもらえないだろうか?」


 カインは仲間たちを見渡す。


 エリーが笑顔で頷く。


「もちろん!」


 アリアも微笑む。


「歓迎するわ。」


 セシリアも嬉しそうに頷いた。


「これからも、よろしくお願いします。」


 レオンも穏やかに口を開く。


「賑やかな旅になりそうだ。」


 カインは笑顔で手を差し出した。


「よろしく、シルフィ。」


 シルフィはその手をしっかりと握る。


「よろしくね!」


◇


 その日の夕刻。


 一行はエヴァンスに帰還した。


 冒険者ギルドへ立ち寄り、迷いの森で起きた一連の出来事を報告すると、その足で公爵邸へ向かう。


 その夜。


 公爵邸では、小さな祝宴が開かれていた。


 アリアの無事な帰還。


 謎のアンデッド兵から公国を守ったこと。


 そして、ドラゴンゾンビを討伐したこと。


 そのすべてに感謝を込めた、温かな宴だった。


 穏やかな時間が流れる中、一人の執事がレオンへ歩み寄る。


「レオン様。」


「お客様がお見えです。」


 レオンは静かに立ち上がった。


「すまない。少し席を外す。」


◇


 廊下には、一人の使者が待っていた。


「アルカディア王都より急報です。」


 使者は深く頭を下げる。


「密偵が遺体で発見されました。」


 レオンの表情がわずかに険しくなる。


「……そうか。」


 短く答えると、そのまま宴の席へ戻っていった。


◇


 レオンは席へ戻ると、皆を見渡した。


「すまない。」


「俺は明日の朝、公国を発つ。」


 突然の言葉に、カインが驚く。


「どうしたんだ、レオン。」


「俺たちも一緒に行こうか?」


 レオンは静かに首を横へ振った。


「いや。」


「これは俺の問題だ。」


 そして、隣に座るセシリアへ視線を向ける。


「セシリアはここに残ってくれ。」


 セシリアが驚いたように兄を見る。


「私はここに残るのですか?」


「ああ。」


 レオンは静かに頷いた。


「神聖国で、少し気になることが起きている。」


「今のお前を連れて戻るのは危険だと、俺は考えている。」


 カインが眉を寄せる。


「危険って……何かあったの?」


「まだ分からない。」


「だからこそ、俺が戻って確かめる。」


 レオンは少しだけ間を置いた。


「それと。」


「今まで話していなかったことがある。」


 カインたちがレオンを見る。


「俺は、アルカディア神聖国の王族なんだ。」


 その場の空気が止まる。


「ええっ!?」


 エリーとシルフィが同時に声を上げた。


 カインも目を丸くする。


「王族……?」


 レオンは苦笑する。


「ああ。」


 するとアリアが静かに口を開いた。


「私は知っていたわ。」


 カインたちは驚いてアリアを見る。


 カインは、ゆっくりとセシリアへ視線を向けた。


「じゃあ、セシリアも……。」


 セシリアは少し申し訳なさそうに微笑んだ。


「はい。」


「私は王女です。」


 セシリアは少し困ったように笑った。


「といっても、五番目ですから。」


「王女といっても、ただの肩書きのようなものですが……。」


「黙っていて、申し訳ありませんでした。」


 場に小さな沈黙が流れる。


 やがて、カインが穏やかに笑った。


「謝ることじゃないよ。」


 セシリアは驚いたように顔を上げる。


 カインは照れくさそうに頭をかいた。


「王女様だって分かっても。」


「俺たちにとっては、セシリアはセシリアだから。」


 エリーも大きく頷く。


「うん!」


「優しくて頑張り屋さんのセシリアだもん。」


 シルフィも嬉しそうに頷く。


 アリアはそんな三人を見て、静かに微笑んだ。


 セシリアは一瞬、言葉を失った。


 その瞳が、少し潤む。


 カインは少し照れくさそうに笑った。


「だから。」


「これからもよろしく。」


 セシリアは嬉しそうに微笑み、小さく頷く。


「……はい!」


◇


 夜も更けた頃。


 レオンは一人、バルコニーで夜風に当たっていた。


「隣、いいかしら?」


 アリアだった。


「ああ。」


 二人は並んで夜空を見上げる。


「何かあったの?」


 レオンはしばらく黙っていた。


 やがて静かに口を開く。


「アリア。」


「お前も聞いただろう。」


「黒装束が最後に口にした言葉を。」


 アリアは静かに頷く。


「……『すべては、神の御心のままに。』」


「ああ。」


 レオンの眼差しが鋭くなる。


「俺は教会が怪しいと思っている。」


「確証はない。だから調べる。」


 アリアは静かに頷いた。


 レオンは少しだけ視線を落とす。


「セシリアのことを頼む。」


「あいつは、ここへ来てから本当によく笑うようになった。」


「兄として、その笑顔を守ってやりたい。」


 アリアは優しく微笑んだ。


「分かったわ。」


「必ず守る。」


 レオンは静かに頷いた。


「……頼む。」

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