↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七星を廻る物語  作者: 豆柴の旅々
第四章 迷いの森

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
49/117

第四十七話 憧れ

 戦いの終わった迷いの森には、静かな夜が訪れていた。


 満天の星々が黒い天幕いっぱいに散りばめられ、淡い月明かりを受けた新緑が、夜風に静かに揺れている。


 あれほど響いていた剣戟の音も。


 怒号も。


 魔法が大気を裂く轟音も、もうどこにもない。


 あるのは、葉擦れの音。


 小川のせせらぎ。


 そして、森を渡る柔らかな風だけだった。


 まるで迷いの森そのものが、傷ついた命を静かに癒やしているかのようだった。


◇


 集落の中央には、大きな焚き火が灯されていた。


 橙色の炎が揺らめき、周囲を温かな光で包み込んでいる。


 木の実をふんだんに使った料理。


 香草で焼き上げられた川魚。


 甘い果実酒の香りが夜風に乗って漂い、人々の笑い声とともに森へ溶けていく。


 普段、この集落を訪れるのはエルフだけ。


 外界から閉ざされた迷いの森に、人間が足を踏み入れることなどほとんどない。


 けれど。


 今夜だけは違った。


 森を守るため、ともに戦ったカインたちを。


 エルフたちは感謝を込めて迎えていた。


 豪華な宴ではない。


 それでも。


 今日という日を迎えられたことを祝い、生きていることを喜び合うには、それで十分だった。


「乾杯!」


 誰かの声を合図に、木製の杯が高く掲げられる。


 笑い声が広場いっぱいに広がった。


 先ほどまで怯えていた子どもたちは、今では楽しそうに駆け回り、大人たちも穏やかな笑顔を浮かべている。


 戦士たちは肩を叩き合い、無事を喜び合っていた。


 その光景を見つめながら、カインは自然と笑みを浮かべる。


(……良かった。)


 本当に。


 守れたんだ。


 その胸に、小さな安堵が広がっていく。


◇


 少し離れた場所では、レオンがエルフの戦士たちと静かに杯を交わしていた。


 時折笑みを浮かべながら、戦いを振り返っている。


 セシリアは子どもたちに囲まれていた。


「お姉ちゃん、こっち!」


「次は私!」


 無邪気な声に呼ばれ、セシリアも楽しそうに微笑んでいる。


 アリアは女性たちから精霊の加護について尋ねられ、身振りを交えながら楽しそうに話していた。


 一方のエリーはというと。


「はい、これ運ぶね!」


 料理を抱え、忙しそうに広場を行き来していた。


「エリーさん、本当に働き者ですね。」


 エルフの女性が笑う。


「えへへ。」


「こういうの、結構好きなんです。」


 そんな賑やかな様子を眺めていたカインは、ふと視線を遠くへ向けた。


 広場から少し離れた大樹の根元。


 一人の少女が静かに腰を下ろしていた。


 淡い金色の髪を夜風が優しく揺らす。


 膝を抱えたまま、ただ静かに夜空を見上げていた。


 星々が、その新緑の瞳に映り込んでいる。


 賑やかな宴の輪には入らず。


 どこか遠くを見るような横顔だった。


 カインは静かに立ち上がる。


 焚き火の明かりを背に、大樹へ向かって歩き始めた。


 足音に気付いたのだろう。


 少女がゆっくりと振り返る。


「あ。」


 柔らかな笑みが浮かんだ。


「カイン。」


 カインも穏やかに笑い返す。


「どうしたの?」


「みんな、向こうで楽しそうだけど。」


 シルフィは少しだけ困ったように笑う。


「うん。」


「別に嫌なことがあったわけじゃないの。」


 そう言うと、再び夜空を見上げた。


 枝葉の隙間から覗く無数の星々。


 どこまでも続く夜空。


 しばらく二人は黙ったまま、その景色を眺めていた。


 やがて。


 シルフィが小さく口を開く。


「ねえ、カイン。」


「外の世界って……どんなところなの?」


 その声は、小さな子どもが夢を語るように、どこか期待に満ちていた。


 カインは少し考え、隣へ腰を下ろす。


「どうだろう。」


 苦笑する。


「俺も冒険者になって、まだ一か月も経ってないからなあ。」


「えっ?」


 シルフィは思わず目を丸くした。


「一か月も経ってないの?」


「それで、あんなに強いの?」


 カインは慌てて首を横へ振る。


「いやいや。」


「俺一人じゃ何もできなかったよ。」


「みんながいたから。」


 シルフィは少し驚いたようにカインを見つめる。


 やがて。


 二人は顔を見合わせ、小さく笑った。


 その笑い声は、夜風に乗って静かに森へ溶けていく。


 シルフィは少し照れたように俯いた。


「私ね。」


「昔から、外の世界に憧れてたの。」


 そっと夜空を見上げる。


「この森は大好き。」


「みんなも大好き。」


「でも……。」


 言葉が止まる。


 星空を見つめたまま、小さく息を吐いた。


「一度だけでいいから。」


「外の世界を、この目で見てみたいって。」


 その願いは。


 誰にも届かないはずの、小さな独り言。


 けれど。


 少し離れた木陰。


 一人の男が、静かに立っていた。


 ゼフィロスだった。


 娘の横顔を見つめる。


 星明かりを映した新緑の瞳。


 そこには、幼い頃から変わらない憧れが浮かんでいた。


「……」


 しばらく、その姿を見つめ。


 やがて。


 静かに踵を返した。


 その背中を。


 新緑を渡る夜風が、そっと押した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。