第四十四話 賭け
夜風が森を吹き抜ける。
激しい戦いとは裏腹に、迷いの森は静かなままだった。
木々の若葉が風に揺れ、月明かりを受けて淡く輝いている。
遠くから、微かな虫の音が聞こえていた。
◇
カインはゆっくりと剣を構えた。
肩で息をしている。腕は痺れ、足は重い。
それでも、視線だけは決してヴァルガから逸らさなかった。
「アリア!」
「時間を稼いで!」
アリアは一瞬だけカインを見ると、すぐに頷いた。
「分かったわ!」
白銀の剣を構え、ヴァルガへ向き直る。
「吹き荒れろ、拒絶の刃。」
「我が領域に近づく者を、灰塵に化せ。」
「《幻風華》!!」
風がアリアの剣と身体を包み込む。
次の瞬間、アリアの姿が掻き消えた。
ヴァルガの右側へ回り込み、白銀の剣を振るう。
ギィンッ!!
大剣が斬撃を弾く。
だが、その時にはアリアはもうそこにはいない。
風を纏い、ヴァルガの背後へ回り込む。
「はぁっ!」
再び剣を振るう。
ヴァルガが身体を捻り、大剣で受け止めた。
ギィィンッ!!
火花が夜の森に散る。
アリアは打ち合わない。
剣が触れた瞬間には地面を蹴り、再び距離を取る。
右へ、左へ、時には背後へ。
風を纏ったアリアが、ヴァルガの周囲を高速で駆け抜ける。
ヴァルガの大剣がアリアを追う。
だが、捉えられない。
その刃が届くより早く、アリアは間合いの外へ抜けていた。
◇
その間、カインは剣を両手で握り、意識を集中していた。
全身を巡るオーラを、少しずつ剣へと集めていく。
蒼白い光が腕を伝い、刀身へ流れ込む。
――ギィンッ!!
再び剣戟が響く。
カインは目を閉じたまま、意識を剣へ集中させる。
(焦るな。まだだ。)
アリアが作ってくれた時間を、無駄にはできない。
ギィィンッ!!
もう一度、甲高い音が森へ響き渡った。
やがて、蒼白い光が刀身全体を包み込む。
「……よし。」
カインが目を開き、顔を上げた。
ヴァルガの大剣を躱したアリアが、大きく後方へ跳ぶ。
二人の視線が重なる。
それだけで十分だった。
アリアが一気にヴァルガから離れる。
カインはエリーへ小さく頷いた。
それが、合図だった。
「空間よ、歪め。」
「理の軌道を捻じ曲げ、大地の枷となれ。」
「《重力鎖》!!」
エリーが両手を掲げる。
紫色の魔法陣が、ヴァルガを中心に大地へ広がった。
瞬間、空気が沈む。
ズンッ――!!
大地が軋んだ。
周囲に転がっていた小石が地面へ押しつけられ、柔らかな土へめり込んでいく。
木々の枝が、地面へ引かれるように大きくしなる。
その中心で、ヴァルガは立っていた。
――ミシッ。
ヴァルガの足元が僅かに沈む。
「……っ!」
エリーが息を呑む。
普通の人間ならば、立っていることすらできないほどの重力。
にもかかわらず、ヴァルガは僅かに腰を落としただけだった。
大剣を握る腕も、その眼差しも、何一つ揺らいでいない。
カインはその光景を見据える。
あの中へ入れば、自分も重力に捕まる。
だからこそ。
上から入る。
カインは地面を蹴り、一直線にヴァルガへ向かって駆ける。
「シルフィード!」
ほぼ同時に、シルフィの声が響いた。
風が集まり、シルフィードがカインの近くへ現れる。
『風よ。』
短い詠唱が始まる。
ヴァルガが大剣を構え、迫るカインを真正面から迎え撃つ。
距離が一気に縮まる。
ヴァルガの大剣が動く。
その間合いへ入るよりも早く、カインは地面を強く蹴った。
跳ぶ。
その瞬間、シルフィードがカインへ両手を向ける。
『吹き抜けろ。』
『《突風》』
ドンッ!!
突風が、跳び上がったカインを下から押し上げた。
「――っ!」
身体が一気に加速する。
高く、さらに高く。
木々の梢を越え、月明かりの差す夜空へ、カインの身体が一気に舞い上がった。
ヴァルガが顔を上げる。
その視線の先には、月を背に蒼白い光を纏った少年がいた。
刀身へ集められたオーラが、眩い光を放つ。
やがて上昇が止まり、カインの身体が一瞬だけ夜空に静止した。
そして――落ちる。
眼下に広がる重力場へ。
「ぐっ……!」
重力に捕らえられた瞬間、カインの身体が凄まじい勢いで加速した。
風を切り裂く音が耳元で鳴り響き、ヴァルガとの距離が瞬く間に縮まっていく。
ヴァルガが大剣を両手で握り、大地を強く踏み締める。
迫るカインへ向け、大剣を一気に振り上げた。
カインも両手で剣を握り締める。
オーラ。
落下の勢い。
そして。
エリーが生み出した強大な重力。
そのすべてを。
ただ一撃へ。
カインは迫る大剣を見据え、蒼白い光を纏った剣を振り下ろした。




