第四十三話 勝機
「聖なる光よ、我らを包みし加護となれ。」
「迫りし災いを退け、我らを守り給え。」
「《光の加護》!!」
セシリアが掲げたロッドから柔らかな光が広がり、カインたちの身体を淡く包み込んだ。
その中で、カインは剣を両手で握る。
呼吸を整え、意識を集中する。
体内を巡るオーラを、少しずつ剣へ集束していく。
「カイン! 時間は作るわ!」
アリアが白銀の剣を構え、一歩前へ出た。
「《精霊の加護》」
淡い金色の光がアリアの全身を包み込み、金色の髪が柔らかな光を帯びる。
「凍てつけ。」
「《氷華》!」
冷気が白銀の剣へ集まり、透き通る氷が刃を覆った。
アリアが地を蹴る。
――ダンッ!!
一気にヴァルガとの距離を詰める。
「はぁっ!!」
氷を纏った刃が、ヴァルガへ振り抜かれた。
だが、ヴァルガは静かに大剣を持ち上げる。
――ギィィィンッ!!
白銀の剣と巨大な大剣が激突した。
「っ……!」
止められた。
アリアが両手で剣を押し込むが、ヴァルガは片腕で大剣を支えたまま一歩も退かない。
それでも、アリアは剣を引かなかった。
湖のような青い瞳が鋭く細められる。
「氷雪よ。」
「その身を閉ざせ。」
「凍てつけ。」
「――《氷咲》!!」
瞬間。
剣と大剣が触れ合う一点から、氷が爆発的に広がった。
氷は大剣を伝ってヴァルガの腕へ、肩へ、胸へと広がり、瞬く間にその巨体を呑み込んでいく。
――ズンッ!!
巨大な氷塊が、夜の森に現れた。
「……やった?」
エリーが息を呑む。
アリアも剣を構えたまま、氷塊を見つめる。
その時。
――ピキッ。
「……え?」
一本の亀裂が氷の表面を走った。
――ピキッ。
――ピキピキピキッ!!
亀裂が一気に全体へ広がる。
そして――。
――バキィィィィン!!
巨大な氷塊が、内側から弾け飛んだ。
「っ!!」
アリアが咄嗟に飛び退く。
無数の氷片が月明かりを反射しながら、夜の森へ舞い散った。
その中心で、ヴァルガは大剣を手に、何事もなかったかのように立っていた。
着地したアリアは、すぐに大地を蹴る。
右から斬り込む。
ヴァルガは大剣の腹で弾いた。
アリアはその勢いを利用して身体を回し、返す刃を低く走らせる。
だが、それも大剣を僅かに傾けただけで逸らされた。
さらに踏み込み、今度は逆袈裟に斬り上げる。
――ギィン!!
またしても止められた。
一度。
二度。
三度。
攻めるたび、ヴァルガの対応が早くなっていく。
一度見せた剣は、もうヴァルガには届かなかった。
「アリア!」
エリーの声が飛ぶ。
アリアは即座に地を蹴り、横へ飛んだ。
その背後では、すでにエリーがロッドをヴァルガへ向けている。
「すべての響きを我が手に。」
「世界の息吹を塗り潰せ。」
「《響閃》!」
――ドォォーーン!!
衝撃波が真正面からヴァルガへ叩きつけられる。
凄まじい風圧が周囲の木々を揺らし、草木を激しくなびかせた。
ヴァルガは左腕を前へ出し、その身で衝撃波を受け止める。
足元の土が抉れ、巨体を中心に土煙が巻き上がった。
それでも。
ヴァルガの足は、一歩たりとも後ろへ動かなかった。
「そんな……。」
エリーが息を呑む。
「シルフィード!」
続いて、シルフィが叫んだ。
呼びかけに応え、風の精霊が夜空へ舞い上がる。
その身体を中心に、周囲の風が渦を巻き始めた。
『風よ、集え。』
『荒れ狂い、すべてを押し流せ。』
『《嵐撃》』
轟音とともに、凄まじい暴風が前方へ解き放たれた。
――ゴォォーーー!!
木々が大きくしなり、草木が激しく揺れる。
地面から土煙が巻き上がり、荒れ狂う風がヴァルガの巨体へ叩きつけられた。
暴風がその肌を容赦なく切り裂き、腕や頬へいくつもの細かな傷を刻んでいく。
血が滲む。
それでも、ヴァルガは動かない。
大剣を構えることすらなく、ただその身で暴風を受け止めていた。
やがて風が収まり、舞い上がった土煙が夜の森へ流れていく。
ヴァルガは頬を伝う血を拭おうともせず、変わらずその場に立っていた。
その後方。
カインはただ一つのことだけに集中していた。
剣へ。
可能な限りのオーラを集めることに。
アリアが斬り込み、エリーが衝撃波を放ち、シルフィとシルフィードが暴風を叩きつける。
その間も、カインは体内を巡るオーラを時間をかけて剣へ集束し続けていた。
やがて、刀身を包む蒼白い光が強さを増していく。
カインが顔を上げた。
ヴァルガは変わらず、その場に立っている。
「……行く。」
剣を構え、地を蹴った。
――ダンッ!!
一気に距離を詰める。
「はぁぁぁっ!!」
蒼白い光を纏った剣が、全力で振り下ろされる。
その時。
ヴァルガの目が、僅かに細められた。
大剣を握る右手。
そこへ、左手が添えられる。
初めて。
ヴァルガが両手で大剣を構えた。
――ガァァァァンッ!!
凄まじい衝撃が夜の森へ響き渡り、激しい火花が弾け飛ぶ。
「ぐっ……!」
カインが歯を食いしばる。
両手に力を込め、剣を押し込む。
だが、ヴァルガの大剣は動かない。
(防がれた!)
鍔迫り合いのまま、ヴァルガが一歩踏み込んだ。
次の瞬間。
巨体から放たれた前蹴りが、カインの腹へ突き刺さる。
――ドゴッ!!
「ぐはっ!!」
腹部を覆っていた《光の加護》の淡い光が激しく揺らいだ。
それでも、衝撃を殺しきれない。
カインの身体が大きく折れ、そのまま後方へ吹き飛ばされる。
――ドンッ!!
背中から地面へ叩きつけられ、何度も地面を転がった。
「カイン!!」
エリーの叫びが森へ響く。
カインは剣を地面へ突き立て、身体を起こそうとする。
だが、腹部に残る痛みに表情を歪めた。
「聖なる光よ。」
「我らを包みし慈悲となれ。」
「傷つきし者へ祝福を。」
「《聖癒光》」
セシリアの祈りに応え、柔らかな光がカインの身体を包み込む。
痛みが和らいでいく。
カインは再び剣を握り、立ち上がった。
戦いは終わらない。
再びカインが正面から斬り込む。
ヴァルガが大剣で受け止めた瞬間、アリアが側面へ回り込んだ。
白銀の剣がヴァルガの脚を狙う。
ヴァルガは大剣でカインの剣を弾き、そのまま身体を捻ってアリアの斬撃を躱した。
「っ!」
返す大剣がアリアへ迫る。
「《不壊の盾》!!」
――ガァン!!
アリアの目前に展開された不可視の盾が、大剣を受け止めた。
「エリー!」
「分かってる!」
レオンの《アイギス》に大剣が止められた、その一瞬。
エリーがロッドを向ける。
「《響閃》!!」
――ドォォン!!
衝撃波がヴァルガの巨体へ直撃した。
土煙が大きく巻き上がる。
だが。
その中から現れたヴァルガは、変わらず大剣を握っていた。
「シルフィード!」
風が唸り、さらにヴァルガへ襲いかかる。
それでも、崩せない。
それから何度、同じように挑んだだろう。
カインが斬り込む。
アリアが側面から攻める。
レオンが《不壊の盾》で仲間を守り、その隙を狙ってエリーとシルフィが攻撃を重ねる。
攻撃を受け、傷を負うたびにセシリアの神聖魔法が仲間たちを癒し、再び立ち上がらせる。
何度、剣を交えただろう。
何度、立ち上がっただろう。
森には剣戟と魔法の轟きが響き続ける。
それでも、誰一人としてヴァルガへ決定打を与えられない。
ヴァルガは変わらなかった。
自ら前へ出ることはなく、近づく者を退けるだけ。
「……去れ。」
静かな声が、再び森へ響いた。
その一言だけが、変わることなく繰り返される。
もし、この男が攻めに転じていたなら。
戦いは、とっくに終わっていただろう。
◇
ゼフィロスは駆け寄ったエルフたちに身体を支えられながら、その戦いを見つめていた。
結界を維持し続けた魔力の消耗は、なお彼の身体に重くのしかかっている。
「……もうやめろ。」
掠れた声が漏れる。
「奴には敵わん。」
「お前たちでは……勝てない。」
七星だからこそ分かる。
ヴァルガは、まだ余力を残している。
それでも、誰一人として退こうとはしなかった。
◇
カインは静かに呼吸を整えた。
正面からでは勝てない。
力でも、技でも届かない。
何度挑んでも、結果は変わらなかった。
ヴァルガへ視線を向ける。
変わらず、その場から一歩も動かない。
(……正面は駄目だ。)
ならば。
勝負は、一瞬で決めるしかない。
カインはヴァルガから視線を外さないまま、エリーのそばへ寄った。
そして、耳元で小さく何かを囁く。
エリーは驚いたように目を見開いたが、すぐに真剣な表情で頷いた。
続いて、カインはシルフィを見る。
「君にも頼みがある。」
シルフィは一瞬だけ戸惑い、やがて静かに頷いた。
カインは剣を握り直す。
勝機は、ただ一瞬。
その一瞬に、すべてを懸ける。




