第四十二話 父たちの戦い
ゼフィロスは、娘の姿をほんの一瞬だけ見つめた。
それだけで十分だった。
すぐに視線をヴァルガへ戻す。
まだ、戦いは終わっていない。
だが、ゼフィロスの身体もまた限界が近かった。
集落を守る結界へ、膨大な魔力を流し続けた代償。
荒い呼吸を繰り返し、立っているだけでも足元が僅かに揺らぐ。
それでも、ゼフィロスはヴァルガから目を逸らさなかった。
ヴァルガもまた、現れた一行へ静かに目を向けていた。
先頭には、一人の騎士。
その傍らには、白い法衣を纏った少女。
風に揺れる金色の髪を持つ剣士。
赤い髪の魔術師。
そして――。
一人の黒髪の少年。
少年はゆっくりと剣を抜く。
ヴァルガもまた、大剣を静かに構えた。
互いの視線が交わり、森は再び息を潜める。
「……去れ。」
低く響く声。
怒気はない。
威圧もない。
ただ、静かな拒絶だけがあった。
「ここは、お前たちが立ち入る場所ではない。」
返事はない。
カインは剣を構え、前へ出た。
一歩。
また一歩。
ヴァルガとの距離を慎重に詰めていく。
その瞬間だった。
――ドンッ!!
大地が爆ぜた。
ヴァルガの巨体が、視界から消える。
「――!」
カインが息を呑んだ時には、もう目の前にいた。
肩に担いだ大剣が、斜め上から振り下ろされる。
カインは咄嗟に剣を両手で握り、身体の前へ構えた。
――ガァァァン!!
大剣と剣が激突し、激しい火花が夜の森へ弾け飛んだ。
「ぐっ……!!」
重い。
受け止めるなど、できなかった。
剣ごと、カインの身体が後方へ大きく弾き飛ばされる。
地面へ叩きつけられ、そのまま大地を転がった。
「カイン!」
エリーが叫ぶ。
土煙が立ち上る。
やがて、その中からカインがゆっくりと立ち上がった。
剣を杖代わりに身体を支え、口元の血を静かに拭う。
ヴァルガは小さく息を吐いた。
「……去れ。」
それでも、カインは再び剣を構える。
その姿を見つめ、ヴァルガはゆっくりと目を閉じた。
そして、静かに大剣を握り直す。
「……そうか。」
「ならば、容赦はせん。」
大剣がゆっくりと振り上げられる。
狙うのは、人ではない。
大地だった。
次の瞬間。
――ドゴォォォン!!
大地が爆ぜた。
大剣を叩きつけた一点から亀裂が走り、土と石片が巻き上がる。
遅れて、凄まじい衝撃波が一行へ向かって大地を駆け抜けた。
まるで――。
「ここから先へ来るな。」
そう言わんばかりの一撃だった。
「《不壊の盾》!!」
レオンの声が森へ響く。
不可視の障壁が、一行の前へ展開される。
ガキィーーーーン!
衝撃波が激突した。
「ぐっ……!」
レオンの足元が僅かに後ろへ滑る。
それでも、《不壊の盾》は砕けない。
森中の木々が大きくしなり、枝葉が嵐のように舞い上がる。
やがて衝撃は静まり、巻き上げられた枝葉がゆっくりと夜の森へ舞い落ちていく。
ヴァルガは静かに大剣を構え直した。
その前で、レオンはなおも警戒を解かない。
アリアが白銀の剣を構え、エリーが魔法を放つため意識を集中させる。
セシリアもロッドを握り締めた。
吹き飛ばされたカインもまた、剣を握り直している。
シルフィも、その場を離れようとはしない。
少し離れた場所では、ゼフィロスが荒い呼吸を繰り返しながら、その光景を見つめていた。
誰一人として、退く者はいなかった。
長い年月を生き、多くの強者を見てきたゼフィロスには分かる。
目の前の獣人は、常識では測れない領域にいる。
それでも。
ここには、自分一人ではない。
夜風が再び森を渡る。
舞い落ちる若葉が、一行とヴァルガの間を静かに流れていく。
静寂は、長くは続かなかった。




