第二話 自由都市リヴァル
巨大な白亜の城門が、二人の前にそびえ立っていた。
「やっぱり大きいね。」
エリーが思わず感嘆の声を漏らす。
カインも静かに城門を見上げた。
幼い頃、祖父に手を引かれ、この街を訪れたことが何度かあった。
市場を歩き、露店で焼き菓子を買ってもらったこと。
大道芸人の芸に目を輝かせたこと。
その頃の記憶は、今でもぼんやりと残っている。
だが。
今日は違う。
客として訪れたのではない。
一人の冒険者として、自らの人生を歩み始めるために、この街へ来たのだ。
自由都市リヴァル。
四十年前、七星の一人である英雄オーエン・ブラザードが築いた都市だ。
王も貴族も存在せず、都市の運営は冒険者ギルドが担っている。
商人には税の優遇が与えられ、その自由な気風に惹かれて、大陸中から冒険者や商人が集まっていた。
今では世界有数の商業都市として栄えている。
門番へ旅の目的を告げると、二人は城門をくぐる。
朝の街は、すでに活気に満ちていた。
荷馬車が石畳をゆっくりと行き交い、商人たちは店先へ商品を並べ始めている。
見慣れない衣装を纏った旅人。
武器を携えた冒険者。
故郷では決して見ることのなかった光景が、目の前いっぱいに広がっていた。
「すごい……。」
思わず声が漏れる。
ここには、自分たちの知らない世界がある。
まだ見ぬ出会いが。
まだ知らない景色が。
この先に待っている。
カインは、そっと懐へ手を添えた。
そこには、祖父から託された指輪がある。
あの夜の言葉が、脳裏によみがえった。
――自分で選んだのなら。
――その先を。
――自分の足で歩きなさい。
カインは小さく息を吸う。
(父さん。)
(母さん。)
(俺は。)
(俺が信じた道を歩く。)
(そして。)
(いつか二人が歩いた道へ。)
(辿り着いてみせる。)
門から伸びる大通りを進む。
目指す先は、一つ。
冒険者ギルド。
今日、カインは十四歳になった。
冒険者として登録できる最初の日。
祖父から託された言葉を胸に、新たな一歩を踏み出す日でもある。
その隣を歩くエリーが、嬉しそうに笑う。
「ようやく一緒に登録できるね。」
「五日前でもよかったのに。」
カインが苦笑すると、エリーは少し頬を膨らませた。
「嫌だよ。一緒じゃなきゃ意味ないもん。」
「それに。」
少し照れたように笑う。
「お姉ちゃんは、弟の初めてくらい隣にいてあげないと。」
「五日しか違わないのに。」
「五日も、だよ。」
胸を張るエリーに、カインは思わず吹き出した。
「はいはい。」
二人は顔を見合わせ、自然と笑みがこぼれる。
やがて、一際大きな建物が姿を現した。
冒険者ギルド。
三本の尖塔をいただく白亜の建物は、自由都市リヴァルの象徴とも言える存在だった。
朝日を浴びた白壁は眩しく輝き、その威容は一つの城を思わせる。
カインは、しばらくその建物を見上げた。
ここから始まる。
自分で選んだ、冒険者としての道が。
「行こう。」
静かにそう告げ、重厚な扉へ手を掛けた。
ゆっくりと扉を押し開く。
ギルドの広いホールには、まだ朝早いこともあり、人影はまばらだった。
依頼掲示板を眺める冒険者が数人。
受付では職員たちが開館の準備を進め、時折、書類をめくる音が聞こえてくる。
ホールには、朝の静かな空気が流れていた。
その時だった。
一人の受付嬢が柔らかな笑みを浮かべ、歩み寄ってくる。
「おはようございます。受付を担当しております、エマ・グリーンと申します。」
エマは丁寧に一礼した。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
二人は受付へ向かった。
「あの、冒険者登録をお願いします。」
「かしこまりました。それでは、こちらの登録用紙へご記入をお願いいたします。」
差し出された用紙には、名前、年齢、出身地など、基本的な事項を記入するだけだった。
二人はすぐに書き終え、受付へ戻る。
その時だった。
「おいおい。」
少し離れたテーブルから声が飛んでくる。
「ここはお子様の来るところじゃねぇぞ。」
「ちげぇねぇ。」
そこには、三人の中年冒険者が座っていた。
使い古された革鎧。
腰には、手入れの行き届いていない武器。
三人ともニヤニヤと笑いながら、カインとエリーを見ている。
「怪我しねぇうちに、村へ帰った方がいいぞ。」
「ガハハハハ!!」
大きな笑い声が、ギルドのホールへ響く。
「……何よ、あの人たち。」
エリーが眉を寄せた。
「カインのこと、何も知らないくせに。」
「まあまあ、エリー。」
カインは苦笑しながら、その肩を軽く叩く。
「別に気にしてないから。」
「カインは気にしなさすぎなの!」
エリーは頬を膨らませた。
すると、エマが小さくため息をつく。
そして、三人には聞こえないよう、そっと声を潜めた。
「気にしないでください。あの方たち、新人を見るといつもああやって絡んでくるんです。」
「はは……そうなんですね。」
カインが苦笑する。
エマは気を取り直すように微笑んだ。
「それでは、冒険者ランクについてご説明いたします。」
「冒険者ランクは、SからFまでの七段階です。」
「F・Eランクが初級、D・Cランクが中級、Bランク以上が上級冒険者となります。」
「通常はFランクからの登録となりますが、実力試験に合格された場合は、Dランクから登録することも可能です。」
説明を終えたエマは、二人を見つめた。
「それでは、お二人は実力試験を受験されますか?」
カインとエリーは顔を見合わせる。
言葉は必要なかった。
エリーが小さく笑う。
「受けるでしょ?」
カインは力強く頷く。
「もちろん。」
その瞬間。
「おい! 聞いたかよ!」
先ほどの男が大きな声を上げた。
「あいつら、実力試験を受けるってよ!」
「はぁ?」
別の男が、カインを上から下まで眺める。
「あんな細腕の坊主と、そっちのお嬢ちゃんがか?」
「ハハハハ! そいつは見物だ!」
三人は楽しそうに立ち上がる。
「せっかくだ。お手並み拝見といこうじゃねぇか。」
「おう! 暇つぶしにはなりそうだ!」
「……ふーん。」
エリーが、三人をちらりと見た。
「カイン。」
「ん?」
「絶対、見返してやろうね!」
カインは思わず笑った。
「エリーまで張り切らなくても。」
「だって、悔しいじゃない!」
「まあ、試験は頑張るよ。」
「うん!」
エリーは満足そうに頷いた。
エマは再び小さくため息をついた。
「……本当に、気にしないでくださいね。」
「はい。」
カインは困ったように笑った。
エマは気を取り直すように、二人へ向き直る。
「かしこまりました。少々お待ちください。」
そう言い残し、エマはカウンターの奥へ足早に駆けていった。
少し離れた場所では、三人の冒険者がまだニヤニヤと笑っている。
「さて。」
「どこまでやれるか。」
「見せてもらおうじゃねぇか。」
「……まったく。」
エリーは、そんな三人を横目で睨んだ。
しかし。
隣に立つカインは、もう彼らのことなど気にしていなかった。
初めての実力試験。
自分の力が、どこまで通用するのか。
そのことを考えるだけで、胸が高鳴っていた。




