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七星を廻る物語  作者: 豆柴の旅々
第三章 死竜

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第三十四話 目覚め

 ――夢を見ていた。


 柔らかな木漏れ日が差し込む森の中。


 幼い頃のエリーが、少し先を楽しそうに走っている。


「カイン、早く! こっちこっち!」


 その背中を追いかけていた。


 まだ何も知らなかった頃。


 世界が広く、毎日が冒険だった頃。


 やがて、茂みの奥からゴブリンたちが姿を現した。


 エリーは地面に座り込み、泣いている。


「カイン……」


 震える声。


 必死に木の枝を構えた。


 怖かった。


 逃げたかった。


 それでも。


 エリーだけは守らなければならない。


 そう思った瞬間――。


 気付けば、目の前にゴブリンが倒れていた。


 木の枝は折れ、自分は肩で息をしている。


(……あれ?)


(どうやって倒したんだっけ。)


 思い出そうとしても、記憶は霞のようにぼやけている。


 その時。


 遠くから声が聞こえた。


「…………カイン」


 誰かが呼んでいる。


 少しずつ。


 少しずつ近づいてくる。


「…………カイン!」


 今度は、はっきり聞こえた。


「うっ……」


 ゆっくりと瞼を開く。


 ぼやけていた視界が、少しずつ焦点を結んでいく。


「ん……?」


 目の前には、三つの顔が並んでいた。


 アリア。


 エリー。


 セシリア。


 三人とも心配そうに、自分の顔を覗き込んでいる。


「うわっ!?」


 驚いて勢いよく身体を起こす。


 三人が一斉に目を丸くした。


「だ、大丈夫?」


 エリーが慌てて尋ねる。


「う、うん……大丈夫」


 まだ頭がぼんやりする。


 そこで、はっと思い出した。


「ドラゴンゾンビは!?」


 アリアが静かに指差す。


「あそこよ」


 視線を向ける。


 巨大な竜の亡骸が、瓦礫の向こうに横たわっていた。


「……倒したの?」


「何言ってるの」


 アリアが少し呆れたように笑う。


「カインが倒したじゃない」


「えっ……俺が?」


 本当に覚えていなかった。


 覚えているのは、みんなを守らなければという想いだけだった。


「おーい!」


 聞き慣れた声が響く。


 レオンが瓦礫の向こうから歩いてきた。


「ようやく起きたか」


 肩をすくめながら笑う。


「あっちも駄目だった」


「崩れた岩で塞がれていて、地上へ戻れそうにない」


 どうやら目を覚ますまでの間、出口を探していたらしい。


 その時だった。


 頭上から女性の声が響く。


「アリア様ー!」


「ご無事ですか!」


 アリアが顔を上げる。


「ええ!」


「みんな無事よ!」


 安堵したような声が返ってきた。


「本当に良かったです!」


「少々お待ちください!」


 しばらくして。


 上から一本の太いロープが降ろされる。


「こちらから登れますか?」


 レオンがロープを握り、強く引いた。


「問題ないな」


「まずは俺が行こう」


 そう言うと、力強くロープを登っていく。


 ほどなくして、上から声が響いた。


「大丈夫だ!」


「じゃあ次は私ね」


 アリアが続く。


 エリーもその後を登っていった。


 最後に残ったのは、カインとセシリアだった。


「セシリア、お先にどうぞ」


「……はい」


 返事をしてロープへ手を伸ばしかけたところで、セシリアの動きが止まった。


 自分の服装を見下ろす。


 足元まで伸びる長い法衣。


(あっ……)


 そういえば、アリアもエリーも動くことを考えた服装をしている。


 けれど、自分は違う。


 この格好でロープを登る。


 しかも――。


 下にはカインがいる。


(む、無理です……!)


 みるみるうちに顔が赤く染まっていく。


「セシリア?」


 カインが不思議そうに首を傾げる。


「えっと……その……」


「わ、わたし……この服なので……」


 セシリアが恥ずかしそうに法衣を押さえる。


 カインは一瞬だけその姿へ目を向けた。


(確かに、その服じゃ登れないか。)


「セシリア」


「俺の首に掴まって」


「えっ?」


 次の瞬間。


 ふわりと身体が浮いた。


「えぇぇーーっ!?」


 まるでお姫様を抱き上げるように。


 カインは軽々とセシリアを抱え上げる。


「両手を使うから」


「しっかり掴まってて」


「は……はいっ!」


 真っ赤になりながら、慌ててカインの首へ腕を回す。


 カインはセシリアの身体を背負うように支え直し、両手でロープを掴んだ。


 そのまま力強く登り始める。


 身体が揺れるたび、二人の距離が近づく。


 セシリアは俯いたまま、ぎゅっとカインに掴まっていた。


 けれど。


 そっと顔を上げ、カインの肩越しにその横顔を覗き込む。


 真剣な表情で、ただ上だけを見つめていた。


 その横顔を見た瞬間。


 脳裏に、先ほどの光景がよみがえった。


 傷だらけになりながら。


 何度倒されても立ち上がって。


 それでも仲間を守ろうと、ドラゴンゾンビへ立ち向かっていた少年。


 あの背中が。


 なぜか、ずっと胸の奥に残っている。


(どうして……)


 胸が高鳴る。


 今まで感じたことのない鼓動。


 近くにいるだけなのに。


 顔を見ているだけなのに。


(どうして、こんなにドキドキするの……)


「ひっ……」


 思わず変な声が漏れた。


 カインが心配そうに顔を向ける。


「大丈夫?」


「高いところ苦手?」


「下を見ないで、しっかり掴まってて」


「…………はい」


 消え入りそうな声で返事をする。


 セシリアは再び顔を伏せた。


 けれど。


 胸の鼓動は、なかなか収まってくれなかった。


 やがて。


「よっと」


 二人は無事、地上へたどり着いた。


 その光景を。


 少し離れた場所から、じっと見つめる二人の少女がいた。


 エリーは頬を膨らませ、小さく呟く。


「……この天然」


 一方のアリアは、腕を組みながら感心したように頷く。


「なるほど……」


「ああいう方法もあるのね」


 少し離れた場所では、リーナとリズが周囲を警戒している。


 その横にいたレオンが、こちらへ歩いてきた。


「ん?」


 三人の様子を見比べる。


 頬を膨らませているエリー。


 妙に納得したような表情のアリア。


 そして――。


 耳まで真っ赤になったセシリア。


「セシリア、顔が真っ赤だぞ?」


「大丈夫か?」


「ひゃ、ひゃいっ!?」


 セシリアはびくりと肩を震わせた。


「だ、大丈夫です!」


「ちょっと、その……暑くて……」


「そうか?」


 レオンは不思議そうに首を傾げる。


「まあ、無事ならいいんだけど」


「どうしたんだろう?」


 カインも不思議そうに首を傾げる。


 そんなカインを見て、エリーは小さくため息をついた。


「……ほんと、天然」


「え?」


 結局。


 カインには。


 最後まで理由が分からなかった。

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