第三十一話 死なぬ竜
巨大な尾が、不気味な唸りを上げながら薙ぎ払われる。
巨体からは想像もできない速度だった。
「速い……!」
避け切れない。
そう悟った、その瞬間。
「《不壊の盾》!!」
レオンの叫びが響く。
カインの目前へ、不可視の盾が展開された。
次の瞬間。
――ガキィィィィン!!
凄まじい轟音。
ドラゴンゾンビの巨大な尾が《不壊の盾》へ激突した。
地下空間が大きく揺れる。
それでも、《不壊の盾》はその一撃を食い止めていた。
しかし――。
ビキッ。
不可視の盾に、一本の亀裂が走る。
ビキッ。
ビキビキビキッ――。
亀裂が一気に広がっていく。
ドラゴンゾンビが力任せに尾を振り抜いた。
――バリィィィン!!
《不壊の盾》が砕け散る。
勢いを残した巨大な尾が、カインの身体を弾き飛ばした。
「ぐっ……!」
衝撃を受けた瞬間、カインの身体を包む淡い光が激しく揺らめいた。
それでも勢いまでは殺し切れず、カインは岩肌を転がりながら受け身を取る。
全身に鈍い痛みが走った。
「カイン!」
レオンが叫ぶ。
「離れすぎるな! 《アイギス》は距離が開くほど弱くなる!」
「分かった!」
カインは剣を支えに立ち上がる。
頬から血が流れている。
それでも、その瞳から闘志は消えていなかった。
「セシリア! 二人を頼む!」
「はい!」
セシリアがロッドを掲げる。
「聖なる光よ。」
「我らを包みし慈悲となれ。」
「傷つきし者へ祝福を。」
「《聖癒光》」
柔らかな光がカインとアリアを包み込む。
蓄積した疲労がわずかに和らぎ、浅い傷がゆっくりと塞がっていく。
「ありがとう、セシリア!」
アリアはそう告げると、再び地面を蹴った。
カインもその後を追う。
剣戟が響く。
アリアの剣が鱗を削る。
カインも先ほど刻んだ傷を狙い、剣を振るう。
レオンが正面から攻撃を引き受け、その隙をエリーの魔法が広げていく。
セシリアも後方から仲間たちを支え続けた。
だが、時間だけが過ぎていく。
ドラゴンゾンビは倒れない。
鱗を砕かれても。
肉を斬り裂かれても。
痛みなど存在しないかのように襲い続ける。
「くっ……!」
アリアが距離を取り、肩で荒く息をする。
「このままじゃ……!」
――ドォン!!
ドラゴンゾンビの前脚が地面を踏み砕き、砕けた石片が飛び散る。
巨体が再びカインたちへ迫る。
「くっ……!」
エリーが唇を噛む。
考えている時間はない。
効くかどうかも分からない。
それでも――。
「……一か八か!」
エリーが一歩前へ出る。
「二人とも!! 離れて!!」
アリアが反射的に飛び退く。
カインも地面を蹴った。
エリーが両手を前へ突き出す。
「空間よ、歪め。」
「理の軌道を捻じ曲げ、大地の枷となれ。」
「《重力鎖》!!」
瞬間。
空間が大きく歪んだ。
――ズンッ!!
ドラゴンゾンビの巨体が沈む。
石床が蜘蛛の巣状にひび割れた。
「ギィィィィィ!!」
死竜が巨体を起こそうともがき、四肢が軋む。
だが、見えない重圧がその身体を地面へ縛りつけていた。
「……十秒!!」
エリーの額から汗が流れ落ちる。
歯を食いしばる。
「十秒しかもたない!!」
カインは沈み込むドラゴンゾンビを見る。
その時、視界の端に何かが映った。
頭上。
先ほどのブレスで焼け爛れた岩盤には、巨大な亀裂が走っている。
「……!」
カインの目が見開かれた。
視線を落とす。
その真下では、ドラゴンゾンビが《重力鎖》に押さえつけられている。
「アリア!!」
「岩だ!!」
カインが天井を指差す。
「あの亀裂を狙え!!」
「岩……?」
アリアが天井を見上げる。
巨大な亀裂。
その真下には、動きを封じられたドラゴンゾンビ。
ほんの一瞬、アリアの湖のような青い瞳が見開かれる。
そして、すぐに剣を天へ掲げた。
額に汗が滲む。
「紅蓮の精霊よ、我が願いに応えよ。」
「その翼で、天より裁きを降ろせ!」
「《焔王の裁き(ブレイズ・フェニックス)》!!」
炎がアリアの剣へ集う。
燃え盛る炎が大きく翼を広げる。
巨大な鳳凰。
炎の翼が地下空間を赤く染めた。
そして、力強く羽ばたき、天井へ駆け上がる。
――轟ッ!!
炎の鳳凰が亀裂の入った岩盤へ激突した。
爆炎が弾ける。
岩盤を走る亀裂が一気に広がった。
ミシッ。
ミシミシミシッ――。
天井が軋む。
次の瞬間。
巨大な岩盤が崩れ落ちた。
岩塊がドラゴンゾンビ目掛けて落下する。
そして、《重力鎖》の領域へ飛び込んだ。
瞬間――。
落下速度が一気に跳ね上がる。
誰も、声を発する暇すらなかった。
――轟ッ!!
巨大な岩塊がドラゴンゾンビへ叩きつけられた。
――ドォォォォォォン!!
凄まじい衝撃。
爆発するような風圧が地下空間を駆け抜けた。
「うわっ!!」
カインの身体が宙へ浮き、そのまま大きく後方へ吹き飛ばされた。
――ドサッ!!
岩肌へ叩きつけられ、地面を転がる。
「ぐっ……!」
砕けた岩片が頭上を飛んでいく。
真っ白な土煙が視界を覆い尽くし、地下空間全体が激しく揺れる。
やがて、轟音が遠ざかっていく。
残ったのは、舞い上がる土煙。
そして。
静寂。
誰も動かない。
誰も声を発しない。
カインはゆっくりと身体を起こし、静かに目を閉じる。
《存在感知》。
意識を瓦礫の奥へ伸ばしていく。
…………。
何も。
感じない。
いや――。
あまりにも微かすぎる。
「……終わった?」
エリーが荒い息のまま呟く。
セシリアも胸へ手を当てる。
「やりました……?」
誰も答えない。
土煙がゆっくりと晴れていく。
その時。
――ドクン。
「……っ!」
微かだった反応が脈打った。
そして、一気に膨れ上がる。
(……いる。)
さらに。
強く。
大きく。
(まだ……いる!!)
カインの顔色が変わる。
一方で、エリーとセシリアは安堵したように顔を見合わせた。
「……終わったみたい。」
「はい……!」
「カイン!」
二人がカインのもとへ駆け出す。
「来ちゃダメだ!!」
カインの叫びが遺跡に響いた。
その瞬間。
ゴゴゴゴゴ……。
巨大な瓦礫の山が。
ゆっくりと持ち上がる。
誰もが息を呑んだ。
土煙の奥。
青白い二つの瞳だけが。
闇の中で静かに燃えていた。




