第三十話 死竜との攻防
ブレスが止んだ。
焼け爛れた岩肌から、熱気が立ち昇る。
遺跡の中は、まるで火山の火口のような灼熱に包まれていた。
「聖なる光よ、我らを包みし加護となれ。」
「迫りし災いを退け、我らを守り給え。」
「《光の加護》!!」
セシリアが掲げたロッドから光が広がり、五人の身体を淡く包み込む。
押し寄せていた熱気が、光の膜に触れた瞬間に弱まった。
焼けつくようだった肌から熱が引き、息苦しいほどの灼熱が和らいでいく。
だが。
ドラゴンゾンビは止まらない。
青白く燃える瞳が、五人を見渡す。
次の瞬間。
「今よ!」
アリアが白銀の剣を構え、静かに息を吸った。
「《精霊の加護》。」
瞬間。
淡い光がアリアの全身を包み込み、金色の髪が柔らかな光を帯びる。
アリアはその光を纏ったまま、剣を正面へ構えた。
「吹き荒れろ、拒絶の刃。」
「我が領域に近づく者を、灰塵に化せ。」
「――《幻風華》!!」
瞬間。
アリアを中心に風が巻き起こり、金色の髪が大きくなびく。
幾重もの風が白銀の剣だけでなく、腕、脚、そして全身を包み込んでいった。
アリアは剣を握り締め――地を蹴る。
――ドンッ!!
石床が弾け、風を纏った身体が一気に加速した。
金色の髪をなびかせながら一直線に駆け抜け、ドラゴンゾンビの懐へ飛び込む。
「はぁっ!!」
白銀の剣を鱗へ突き立てる。
――ギィィィン!!
火花が散った。
だが。
アリアは剣を引かない。
「風よ。」
「その身を切り刻め。」
「吹き荒れろ。」
「――《風咲》!!」
瞬間。
剣を突き立てた一点から風が爆ぜた。
――ゴォォォォォォ!!
無数の風刃がドラゴンゾンビの鱗へ襲い掛かる。
――ギギギギギッ!!
風刃が硬い鱗の表面を削り、暴風が巨体を包み込む。朽ちた肉が次々と吹き飛んだ。
やがて、風が消える。
「……っ!」
アリアが目を見開いた。
その向こう。
ドラゴンゾンビの鱗には、僅かな傷が刻まれているだけだった。
「そんな……。」
至近距離から放った《風咲》。
それでも、鱗を僅かに傷つけただけ。
その時。
青白い瞳がアリアを捉えた。
巨大な顎が開き、鋭い牙が迫る。
「アリア!!」
エリーが叫び、ロッドをドラゴンゾンビへ向ける。
「すべての響きを我が手に。」
「世界の息吹を塗り潰せ。」
「《響閃》!!」
轟音。
圧縮された音の奔流が一直線に突き刺さる。
――ズガァァァァン!!
凄まじい衝撃がドラゴンゾンビの首を打ち据え、巨体がわずかに揺れる。
その一瞬。
アリアは剣を引き抜き、横へ飛び退いた。
直後。
巨大な牙が、アリアのいた場所へ食らいつく。
――ガァン!!
岩盤が砕け散り、石片が激しく宙を舞った。
アリアは地面へ着地する。
「助かった……。」
しかし、レオンの表情は険しいままだった。
「あれでも、ほとんど効いてないのか……。」
その言葉を聞きながらも、カインは動かなかった。
いや。
動けないのではない。
静かに目を閉じて剣を構え、その意識のすべてを一点へ集中させていた。
深く息を吸う。
体内を巡るオーラが、ゆっくりと右腕へ流れ込む。
淡く青白い光が腕を伝い、柄を包み込んでいく。
さらに、その光は刃へと流れ始めた。
一本の川が海へ注ぐように、揺らめいていたオーラが少しずつ集束し、そのすべてが剣身へ吸い込まれていく。
焦れば散る。
乱せば霧散する。
だから急げない。
だから立ち止まるしかない。
その間も、ドラゴンゾンビは容赦なく襲いかかる。
巨大な爪が、動かないカインへ振り下ろされた。
「させるか!!」
レオンがカインの前へ飛び込む。
「《不壊の盾》!!」
――ガァァァン!!
不可視の盾が巨大な爪を受け止め、凄まじい衝撃にレオンの足が石床を滑った。
その隙を、アリアが駆け抜ける。
白銀の剣が死竜の鱗へ火花を散らす。
《響閃》が、その足元へ叩き込まれた。
巨体が僅かに揺らぐ。
三人が繋いだ、わずかな時間。
その数秒が、カインには何よりも貴重だった。
やがて、刃全体が蒼白い輝きに包まれる。
カインは目を開いた。
その瞳には、迷いはなかった。
「……行く。」
地面を蹴る。
――ダンッ!!
静止していた身体が一気に前へ出る。
迷いなく一直線に、ドラゴンゾンビの懐へ飛び込んだ。
その瞬間。
ドラゴンゾンビの巨大な腕が、カインへ振り下ろされた。
カインは半歩だけ身体を捻る。
――ブォン!!
巨大な爪が頬を掠め、一筋の鮮血が舞う。
それでも、止まらない。
さらに一歩踏み込み、ドラゴンゾンビの懐で剣を振り抜いた。
「はああぁぁっ!!」
渾身の一閃。
蒼白いオーラを纏った刃が、硬い鱗へ食い込む。
そして――。
斬り裂いた。
――ズバァッ!!
黒い血飛沫が宙へ舞った。
ドラゴンゾンビの巨体が、初めて大きく揺らぐ。
その首筋には、確かな傷が刻まれていた。
「あの鱗を……斬ったのか……!?」
レオンが驚愕に目を見開く。
しかし。
ドラゴンゾンビの青白い瞳が、カインを捉える。
まるで、新たな獲物を定めるように。
巨大な尾が、不気味な唸りを上げて持ち上がる――。




