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七星を廻る物語  作者: 豆柴の旅々
第三章 死竜

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第二十九話 死竜の咆哮

 ――北の遺跡。


 崩れ落ちた地下空間。


 舞い上がった土煙が、ゆっくりと晴れていく。


 その向こう。


 巨大な影が、静かに立っていた。


 カインは、その姿から目を離すことができなかった。


 身体が動かない。


 いや――動かせない。


 喉が焼けるように乾き、額を汗が伝う。耳の奥では、自分の鼓動だけが大きく響いていた。


(……何だ。)


(この圧迫感は。)


 今まで戦ってきた盗賊も、魔剣使いも、神聖国のアンデッド兵も、目の前の存在とは比べものにならない。


 ただ、そこにいるだけで。


 本能が叫んでいた。


(逃げろ。)


(勝てない。)


 土煙が晴れる。


 姿を現したそれは、かつて空の王と呼ばれた竜だった。


 しかし、その威容は、生きていた頃の神々しさとは似ても似つかない。


 頭部の半分は腐り落ち、剥き出しになった白い骨が鈍く光を反射している。


 裂けた顎には、黒ずんだ牙が幾重にも並び、ゆっくりと口が開くたび、瘴気を帯びた吐息が漏れ出した。


 首筋では朽ちた肉が垂れ下がり、その奥では赤黒い光が脈打っている。


 まるで、止まったはずの鼓動だけが、この巨体を無理やり動かしているかのようだった。


 巨大な翼は所々が破れ、骨が露出している。


 それでも、その巨体から放たれる威圧感は少しも失われていない。


 そして何より――。


 青白く燃える双眸。


 その瞳には理性も慈悲もない。


 あるのは、生ある者すべてを憎悪するかのような、底知れぬ殺意だけだった。


 《存在感知(レゾナンス)》が捉えている。


 目の前の巨体から感じるものは、生者のそれではない。冷たく、禍々しく、今まで遭遇したどのアンデッドとも比較にならないほど巨大な存在。


「……これは。」


 カインの声が震える。


「ドラゴンの……アンデッド?」


 その言葉が、静まり返った地下空間へ重く響いた。


 エリーたちも息を呑む。


 その時。


 レオンが低く呟いた。


「……ドラゴンゾンビ。」


 誰も言葉を返せない。


 レオンは目の前の巨体を睨み続けながら話す。


「神聖国の禁書庫に残る古い記録で読んだことがある。」


「死した竜がアンデッドとなった存在。本来、この世に存在してはならない災厄だ。」


 レオンは一瞬だけ息を止める。


「もし本当にそうなら……騎士団が総力を挙げて討伐に当たるような相手だ。」


 その言葉に、空気が凍りつく。


 騎士団が総力を挙げて挑むような相手。


 対して、今ここにいるのは五人だけだった。


 絶望的な戦力差だった。


 その瞬間だった。


 ドラゴンゾンビの首筋。


 腐り落ちた肉の奥で、赤黒い光が不気味に脈動する。


 その光がゆっくりと喉元へ集まり始め、周囲の空気が震えた。


 熱い。


 まだ放たれてもいないのに、肌を焼くような熱気が伝わってくる。


 カインの背筋を冷たい汗が伝った。


「レオン! ブレスだ!」


 レオンは即座に前へ踏み出す。


 エリーとセシリアを庇うように、前方へ手を突き出した。


「《不壊の盾(アイギス)》!!」


 同時に全員が動いた。


 カインとアリアは、ブレスの射線から大きく左右へ飛ぶ。


 エリーとセシリアはレオンの後方へ下がる。


 次の瞬間。


 ドラゴンゾンビが醜悪な顎を大きく開いた。


 喉奥で赤黒い光が渦を巻く。


 そして――。


 ゴォォォォォォォォォッ!!


 灼熱の業火が一直線に奔った。


 視界が、赤黒い炎だけで埋め尽くされる。


 レオンたちへ迫った業火が、何もない空間で激突した。


 ――ドォォォォォォン!!


 何も見えない。


 何も聞こえない。


 ただ、凄まじい熱と衝撃だけが全身を叩き続ける。


 その瞬間、赤黒い炎の中に盾の輪郭が浮かび上がる。


 《不壊の盾(アイギス)》。


 普段は目に見えないその盾が、凄まじい炎を受け止めたことで姿を露わにしていた。


 轟音とともに炎が左右へ弾け飛ぶ。


 それでも、炎は一歩たりともレオンの後ろへ届かない。


 しかし、左右へ逸れた炎は、容赦なく遺跡を焼き尽くしていく。


 岩壁は赤く焼け爛れ、瞬く間に溶け落ちる。


 天井の岩肌は爆ぜ、真紅に熱せられた岩塊が雨のように降り注いだ。


 後方へ続く通路さえ炎に飲み込まれ、逃げ道だったはずの道は、一瞬で灼熱の地獄へと変わる。


 《不壊の盾(アイギス)》の内側。


 エリーとセシリアは、その光景を息を呑んで見つめていた。


「これが……ドラゴンのブレス……。」


 セシリアの声が震える。


 レオンは歯を食いしばり、額から汗を流しながら耐えていた。


「ぐっ……!」


 凄まじい圧力。


 それでも、突き出した腕を下げない。


「……通すものか!!」


 やがて業火が収まり、地下空間に静寂が戻る。


 焼けた岩肌から、白い煙が立ち昇っていた。


 その向こう。


 死竜は、なお悠然と立っている。


 青白い双眸が、カインたちを捉えた。


 そして――。


『グォォォォォォォォォォッ!!』


 大気そのものを震わせる咆哮が、崩れかけた遺跡を揺らす。


 カインは剣を握り直した。

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