第二十六話 旅立ちの仲間たち
翌日の昼。
雲ひとつない青空の下、公爵邸の正門前には一台の馬車が停まっていた。
豪奢な装飾はない。
木目が目立つ、ごく簡素な造りの馬車。
一見すれば、どこにでもある商人用の馬車にしか見えなかった。
その姿を見て、カインは少し驚く。
「思っていたより普通の馬車なんですね。」
するとアリアーナが小さく笑った。
「公爵家の馬車だって分かったら目立つでしょう?」
「今回は冒険者として動くんだから、できるだけ普通に見える方がいいの。」
なるほど、とカインは納得する。
これから向かうのは、かつてドワーフたちが採掘を行っていた鉱山跡。
そして、ドラゴンが目撃された場所でもある。
「それと、紹介しておくね。」
アリアーナが馬車の前へ視線を向ける。
二人の若い女性が軽く頭を下げた。
年の頃は、二十代半ばほど。
同じ色の茶色い髪に、同じ茶色の瞳。顔立ちまで瓜二つで、こうして並んでいると、どちらがどちらなのか見分けがつかない。
リーナとリズ。
アリアーナに仕える、双子の侍女だ。
二人とも腰には剣を帯びている。
「今回は御者と、旅の世話役をお願いしているの。」
「よろしくお願いします。」
二人は揃って頭を下げる。
その所作は息までぴたりと揃っていた。
全員が馬車へ乗り込み、静かに車輪が回り始めた。
エヴァンスの街並みがゆっくりと遠ざかっていく。
◇
しばらく沈黙が続いたあと、カインが口を開いた。
「あの、アリアーナ様。ここから北の遺跡までは、どのくらいかかるんでしょうか?」
「アリア。」
「え?」
「もう仲間だから、アリアって呼んでいいよ。」
「えっと……じゃあ、アリア様。」
「様はいらないよ。敬語も。」
アリアはカインを見つめる。
「いい?」
カインは少し戸惑いながらも頷いた。
「分かったよ、アリア。」
アリアは満足そうに微笑んだ。
「そうだった。北の遺跡までだったね。馬車で二日くらいって聞いてるよ。」
その空気を見ていたレオンハルトが豪快に笑った。
「ははっ! じゃあ俺のこともレオンでいいぜ! 敬語もいらない。」
そして、カインへ笑いかける。
「よろしくな!」
「う、うん。」
少しずつ緊張が解け始めていく。
「ところで、これからは背中を預ける仲間だ。調査とはいえ、戦闘になる可能性もある。」
レオンは皆を見渡した。
「お互い、何ができるのか知っておいた方がいいだろ。得意なことを教え合わないか?」
全員が頷いた。
「じゃあ、俺からだな。」
レオンは背負っていた大剣を軽く叩く。
「武器はこの大剣。俺は攻めるより、守る方が得意だ。」
「そして、俺の能力は《不壊の盾》。物理攻撃も魔法攻撃も防ぐことができる。」
「一応、離れた場所にも展開できるが、俺から離れるほど防御力は落ちる。」
そう言うと、隣のセシリアへ優しく視線を向けた。
セシリアは少し緊張した様子で背筋を伸ばす。
「私は神聖魔法が使えます。治癒、補助、それから少しだけ光魔法です。」
「怪我をした時は、お任せください。」
優しい笑顔に、その場の空気も少し和らいだ。
続いてアリアが口を開く。
「私の能力は《精霊の加護》。」
「この能力で、剣や鎧に精霊の力を纏わせることができるの。ただし、自分以外には使えないわ。」
次はエリーだった。
「私は風魔法と音魔法、それから重力魔法を少し。」
レオンが少し驚く。
「音魔法? 初めて聞いたな。重力魔法もかなり珍しい。」
エリーは照れくさそうに笑った。
「お爺ちゃんに教わったんです。ただ、場所によっては使えないこともあるかな。」
そして全員の視線がカインへ向く。
「俺は……《存在感知》と、オーラが使えます。」
一瞬、馬車の中が静まり返った。
「オーラ?」
アリアが思わず聞き返す。
「公国では聞いたことがないわ。」
レオンも腕を組む。
「神聖国にもいなかったと思う。」
そして、カインへ視線を向けた。
「カイン。剣やオーラも、お爺様に教わったのか?」
カインは首を横に振る。
「剣は基礎だけ教えてもらいました。じいちゃんは魔法の方が得意みたいで。」
少し考えてから続ける。
「オーラは……小さい頃から、なんとなく使えて。」
レオンは少し考え込む。
「そういえば、七星会議にはオーラの使い手がいると聞いたことがある。」
カインが首を傾げた。
「七星会議?」
アリアも静かに答える。
「私も詳しくは知らないけど、世界中から選ばれた特別な人たちが集まる会議だって聞いたことがある。」
「会議か……。」
カインは何かを思い出すように遠くを見る。
「どうかしたの?」
アリアが尋ねる。
「いや……じいちゃんが昔、『今日は大事な会議がある。絶対に部屋へ入るな』って言ってたことがあったような……。」
カインはエリーを見る。
「なあ、エリー?」
「うーん……部屋に入るなって言われたことは覚えてるけど、それが会議だったかは分からないかな。」
レオンは少し考えるように腕を組んだ。
「話は戻るが、そうすると、アリアとカインが前衛。エリーとセシリアが後衛だな。」
四人を順に見ながら、自分を指差す。
「俺が真ん中って感じか。」
「俺の《不壊の盾》は、離れるほど防御力が落ちる。ここなら前衛も後衛もある程度は守れる。」
レオンの言葉に、それぞれが戦う姿を思い浮かべる。
アリアとカインが前に立ち、その後ろからエリーとセシリアが援護する。
そして、その間をレオンが繋ぐ。
「うん。良さそうね。」
アリアが頷くと、カインたちも異論はなかった。
「まあ、万一、戦闘になった場合だがな。」
レオンがそう付け加えると、張り詰めかけた空気が少しだけ和らいだ。
アリアは少し興味深そうにカインとエリーを見る。
「そういえば、二人とも同じ名字だけど、姉弟なの?」
カインは少しだけ照れくさそうに笑った。
「いや。血は繋がってないんだ。」
「エリーは、じいちゃんの本当の孫。」
「俺は……孤児だったらしい。」
馬車の中に、一瞬だけ静かな空気が流れる。
「ごめん。変なこと聞いて。」
アリアが少し申し訳なさそうに俯く。
カインは穏やかに首を振った。
「気にしないで。確かに血は繋がってない。」
そして、隣にいるエリーへ視線を向ける。
「でも、俺にとっては本当の家族だから。」
その言葉に、エリーは少しだけ目を伏せる。
「家……族か。」
小さく呟いたその声は、誰にも届かなかった。
馬車は街道を北へ進んでいく。
それぞれの過去を胸に秘めながら。
それぞれが違う理由で、この旅に集まった。
まだ誰も知らない。
この旅が、世界の運命を大きく動かす第一歩になることを。




