第二十五話 新たな旅立ち
部屋には、アリアーナのほか、昨夜出会った二人の姿があった。
「来てくれたか。」
穏やかな声をかけたのは、レオンハルトだった。
その隣には、銀色の髪をした少女が静かに立っている。
「改めて紹介させてくれ。」
レオンハルトは一礼した。
「俺はレオンハルト・アストリア。アルカディア神聖国で騎士を務めている。」
続いて少女が一歩前へ出る。
「セシリア・アストリアです。修道院で神聖魔法の修行をしています。」
柔らかな笑みとともに、小さく頭を下げた。
カインとエリーも続いて名乗る。
「俺はカイン・ヴァーデンです。冒険者をしています。」
「私はエリー・ヴァーデンです。」
その時だった。
「昨日は……本当にありがとうございます。」
静かな声が響く。
アリアーナだった。
「あなたがいなければ、もっと多くの人が傷ついていたと思います。」
カインは慌てて首を振る。
「俺一人の力じゃありません。騎士団の皆さんや、エリーも一緒でしたから。」
アリアーナは小さく微笑んだ。
「それでも、あなたが人を守ろうとしていたことは、ちゃんと伝わっています。」
その言葉に、レオンハルトも静かに頷いた。
「それだけじゃない。」
カインがレオンハルトを見る。
「お前は、俺があの兵士たちとは違うと気づいてくれた。」
レオンハルトはわずかに表情を曇らせる。
「もし、俺があのまま街の奥まで進んでいたら……公国の兵士たちから、襲撃部隊の指揮官だと思われていたかもしれない。」
カインが息を呑む。
「俺だけならまだしも、セシリアまで一緒だった。」
「俺たちが公国の兵士と剣を交えていたら、二つの国の争いにまで発展していた可能性もある。」
部屋に静寂が落ちる。
セシリアも、その意味を理解したのか表情を曇らせた。
アリアーナが静かにカインを見る。
「そうならなかったのは、カインさんのおかげです。」
カインは少し困ったように首を振った。
「俺は、そんなつもりで動いたわけじゃ……。」
「分かっています。」
アリアーナは穏やかに微笑んだ。
「だからこそ、です。」
◇
情報交換が一段落したところで、アリアーナが静かに口を開いた。
「カインさん、お願いがあります。」
「何でしょうか。」
「昨夜の襲撃で、まだ行方の分からない方が何人かいます。避難の途中ではぐれた方や、まだ戻っていない方もいるんです。」
「あなたの探知能力を、もう少しだけ貸していただけませんか。」
カインはすぐに頷いた。
「もちろんです。今日一日は、全力でお手伝いします。」
アリアーナは安堵したように微笑んだ。
「ありがとうございます。」
カインは少しだけ言葉を続ける。
「ただ、明日は公国を離れることになりそうです。」
レオンハルトが首を傾げた。
「公国を?」
「はい。北の遺跡でドラゴンが目撃されたらしくて、ギルドからその調査を頼まれています。」
部屋が静まり返る。
アリアーナの表情から、わずかに笑みが消えた。
「……ドラゴン。」
一度、窓の外へ視線を向ける。
昨夜の襲撃で傷ついた街。
しばらく考えた後、アリアーナが顔を上げた。
「でしたら、私も同行していいですか?」
カインは驚いた。
「え?」
「でも、公爵家のお嬢様が……。」
「だからこそです。」
アリアーナは静かに答える。
「今、騎士団は街の警戒や復旧で手いっぱいです。簡単に動かすことはできません。」
「でも、もし本当にドラゴンがいるなら、この公国にとって大きな脅威になります。」
湖のような青い瞳が、真っ直ぐカインを見る。
「領主の娘として、それを確かめずにいることはできません。」
カインはなおも戸惑う。
「ですが……。」
アリアーナは穏やかに微笑んだ。
「父上も母上も、私が決めたことには口を出しません。ですから、大丈夫です。」
けれど、その笑顔はなぜか少しだけ寂しそうに見えた。
二人のやり取りを黙って聞いていたレオンハルトは、わずかに目を細めた。
(……ドラゴンか。)
(もし本当に北の遺跡にいるのなら、その脅威がこの公国だけに留まるとは限らない。アルカディアへ向かう可能性もある。)
(昨夜の襲撃については、近衛兵たちに詳しい状況を伝え、本国へ報告させればいい。)
(ならば、俺も調査に同行すべきか……。)
しばし考えた後、レオンハルトが静かに口を開いた。
「なら、俺たちも同行しよう。」
カインが振り返る。
「レオンハルトさんたちも?」
「ああ。」
レオンハルトはカインを見る。
「それに、昨日はお前のおかげで公国と剣を交えずに済んだ。少しくらい、借りを返させてくれ。」
カインは少し驚いたようにレオンハルトを見る。
やがて、小さく笑った。
「分かりました。」
その言葉を聞いて、セシリアも顔を上げた。
「お兄様が行くなら、私も行きます。」
一度だけ言葉を切る。
「それに……昨日、救えなかった人たちのためにも、何が起きたのか、この目で確かめたいです。」
エリーは四人を見回し、小さく笑った。
「なんだか賑やかな旅になりそうだね。」
張り詰めていた空気が、少しだけ和らぐ。
その時、アリアーナが何かを思い出したように口を開いた。
「それと、一つお願いがあります。」
全員の視線が集まる。
「ギルドには、私が同行することは伏せておいてほしいんです。」
カインはすぐに頷いた。
「公爵令嬢が冒険者の依頼に同行していると知られたら、大騒ぎになりますね。」
「ええ。」
アリアーナは微笑む。
「今回は、公爵令嬢ではなく、一人の剣士として同行したいんです。」
「分かりました。」
カインは迷わず頷いた。
「それじゃあ、まずは行方不明の人たちを探しましょう。出発は明日ですね。」
全員が静かに頷いた。
◇
その日の午後。
カインとエリーは、アリアーナたちとともに行方不明者の捜索を手伝った。
《存在感知》を使い、崩れた建物や路地を一つずつ確認していく。
やがて、崩れた家屋の奥から微かな気配を感じ取った。
「……あそこに、誰かいます。」
カインの言葉を聞き、レオンハルトとアリアーナがすぐに動いた。
瓦礫を取り除くと、その下から負傷した男性が見つかった。
「大丈夫ですか!?」
セシリアが駆け寄り、神聖魔法で傷の手当てを始める。
その様子を確認したカインは、再び周囲へ意識を集中させた。
こうして一行は捜索を続け、夕暮れを迎える頃には、行方の分からなかった人々も次々と見つかっていた。
「それじゃあ、俺たちはギルドへ行ってきます。」
「ええ。」
カインはアリアーナたちへ向き直った。
「明日はよろしくお願いします。」
「こちらこそ。」
アリアーナは小さく微笑んだ。
アリアーナたちと別れ、カインとエリーは冒険者ギルドへ向かった。
◇
夕暮れ。
ギルドの忙しさは、朝とほとんど変わっていなかった。
受付で名前を告げると、ほどなくしてクランツが姿を現す。
「来たか。」
「はい。」
「約束どおり、依頼書を用意してある。」
クランツから差し出された依頼書を、カインは受け取った。
そこには、北の遺跡で目撃されたドラゴンの調査について記されている。
「改めて言っておく。目的はあくまで調査だ。」
クランツは真剣な表情でカインを見る。
「ドラゴンが本当にいたとしても、戦う必要はない。確認できた時点で戻ってきてくれ。」
「分かりました。」
カインは頷いた。
クランツは今度はエリーを見る。
「君も、無茶はしないようにな。」
「はい。」
エリーも笑顔で頷く。
依頼書を受け取ったカインは、もう一度その内容へ目を落とした。
北の遺跡で目撃されたというドラゴン。
そこに本当に何がいるのか、まだ何も分からない。
まずは、自分の目で確かめる。
カインは依頼書を静かに畳んだ。
出発は、明日。
新たな仲間たちとの旅が、始まろうとしていた。




