第二十一話 神聖国の騎士
夜の街に、馬の蹄の音が響く。
ドドドドド……。
複数の騎馬が、一直線にこちらへ向かってくる。
アリアは剣を構えた。
炎の精霊が呼応するように、刃へ赤い光が宿る。
いつでも斬り込める姿勢。
その横で、カインは静かに目を閉じる。
《存在感知》
近づいてくる集団へ意識を向ける。
「……違います。」
カインが静かに口を開く。
「さっきの兵士たちとは違います。」
「普通の人たちです。」
アリアは視線だけをカインへ向ける。
「本当?」
「はい。」
その言葉を聞き、アリアは剣を下ろしはしなかったが、警戒を少しだけ緩めた。
やがて騎馬隊が目前で止まる。
先頭の男が静かに馬を降りた。
長身の騎士。その無駄のない所作だけで、歴戦の騎士だと分かる。
アリアは目を見開いた。
「……レオンハルト殿。」
続いて、一人の少女が馬から降りる。
肩まで伸びた銀色の髪。
透き通るような蒼紫の瞳。
白い法衣を身に纏った少女。
「セシリア様……。」
まさか、この場で二人と顔を合わせるとは思ってもいなかった。
レオンハルトも驚いたように目を見開く。
「アリアーナ殿?」
一瞬の静寂。
「一体、何が起きているのですか?」
アリアは静かに答える。
「それはこちらが聞きたいことです。」
「現在、公国は、貴国の鎧を纏った兵士たちの襲撃を受けています。」
「しかも、その兵士たちはアンデッドでした。」
「腕を失っても、急所を貫いても止まりません。」
レオンハルトの表情が凍りつく。
「そんな馬鹿な……。」
「神聖国でアンデッド兵など、あり得ない。」
だが、アリアは静かに振り返る。
「でしたら、ご自身の目で確かめてください。」
カインたちが倒した兵士の前まで案内する。
レオンハルトは兵士の前へゆっくりと膝をついた。
「……まさか。」
静かに呟き、倒れた兵士の兜へ手を掛ける。
金属音とともに兜が外れる。
「……!」
息を呑んだ。
そこにあったのは、人間とは思えない醜悪な顔だった。
皮膚は黒ずみ、腐敗が進み、瞳には生気がない。
その姿を見たセシリアも、小さく口元を押さえる。
「そんな……。」
レオンハルトは拳を握り締め、やがて静かに立ち上がる。
「……失礼しました。」
「この状況、理解しました。我々も戦力になります。」
「どうか戦わせてください。」
しかし、アリアは首を横に振る。
「その鎧のまま街へ入れば、市民は新たな敵襲と勘違いします。現在、公爵家の騎士たちが各所で対応しています。」
「それに、敵の位置を把握してくれている方もいます。」
アリアはカインへ視線を向ける。
レオンハルトも少年を見る。
「……敵の位置を把握していたのは、君か?」
「はい。」
カインは頷く。
「カインです。こちらはエリー。」
エリーも小さく頭を下げる。
「周囲の存在を感知できます。」
レオンハルトは感心したように小さく息を吐く。
「そうでしたか。」
そして静かに頷いた。
「では、我々は公国の指示に従います。」
「ありがとうございます。」
アリアも深く頷き返した。
その後は誰も口を開かなかった。
重苦しい沈黙だけが流れる。
カインは再び《存在感知》へ意識を集中する。
街中に散っていた異質な気配。
一つ。
また一つ。
確実に減っていく。
(もう……ほとんど感じない。)
最後の一つが消えた。
それからしばらくして、一人の騎士が馬を駆け寄せてきた。
「アリアーナ様!」
「各隊より報告です!」
「敵兵、全て殲滅しました!」
アリアは静かに息を吐く。
「……ご苦労様です。」
ようやく緊張が解けた。
レオンハルトへ向き直る。
「詳しい話は、明日お聞きします。」
「申し訳ありませんが、それまでは武装を解除したうえで、公爵家の客館にてお休みください。」
「もちろんです。」
レオンハルトは即座に剣を外した。
「我々も事情を説明しなければなりません。」
アリアは騎士へ命じる。
「レオンハルト殿御一行を客館へご案内してください。」
「失礼のないように。」
「はっ!」
騎士に導かれ、レオンハルトたちは歩き始める。
去っていく背中を見届けたあと、アリアはゆっくりとカインたちへ向き直った。
「カインさん。」
「エリーさん。」
「今日は、本当にありがとうございました。」
二人は少し照れたように頭を下げる。
「明日の昼過ぎ、公爵邸へ来ていただけますか。」
「今回の件について詳しくお話ししたいことがあります。」
「それと――」
アリアは小さく微笑んだ。
「改めて、お礼もさせてください。」
「……分かりました。」
カインは素直に頷いた。
アリアも穏やかに微笑み返し、その場を後にする。
敵襲によって上がった炎は、なお街のあちこちで揺らめいていた。
焦げた木材の匂いが夜風に乗る。
勝利とも敗北とも言えない静寂。
炎に照らされた街には、まだ多くの謎だけが残されていた。
エヴァンスの夜は、ゆっくりと更けていくのだった。




