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七星を廻る物語  作者: 豆柴の旅々
第二章 動乱

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第十九話 死なぬ兵士

 ――少し前。


 エヴァンス公爵家。


 アリアーナの別邸。


 ――ゴォォォン。


 ――ゴォォォン。


 遠くから警鐘が響いてきた。


 アリアーナは足を止める。


「……警鐘?」


 聞き間違えるはずがない。街に危険が迫ったことを知らせる鐘。


 その意味を理解した瞬間、アリアーナの表情が変わった。


 何が起きたのかは、まだ分からない。だが、ただ事ではない。


 アリアーナはすぐに戦う準備を始めた。


◇


 しばらくして。


 アリアーナは、すでに戦う準備を終えていた。


 身に纏うのは、動きやすい軽装の鎧。腰には一本の剣。


 もう、華やかなパーティー会場にいた令嬢ではない。


 この土地を守る、一人の剣士だった。


 ――コンコン。


 部屋の扉が叩かれる。


「入って。」


 扉が開き、一人の侍女が姿を見せた。


「アリアーナ様。騎士の方が、至急お伝えしたいことがあるそうです。」


「分かった。」


 アリアーナはすぐに部屋を出る。


 緊急事態だ。


 そのまま別邸の玄関へ向かうと、一人の騎士が待っていた。


 アリアーナの姿を見るなり、騎士は一礼する。


「アリアーナ様。東の城壁で、正体不明の軍勢と交戦中です。」


「数は?」


「正確な数は分かりません。ですが、かなりの数です。」


 アリアーナの表情が険しくなる。


「お父様は?」


「公爵閣下は、すでに騎士団へ指示を出されております。」


「分かりました。」


 アリアーナは腰の剣へ手を添える。


「私も向かいます。騎士たちを集めてください。馬の準備も。」


「はっ!」


 騎士はすぐに駆け出した。


◇


 ――ドォォォォン!!


 轟音が響く。


 カインは城壁の方角を見た。


「……!」


 遠くから人々の悲鳴が聞こえてくる。


「カイン!」


「ああ!」


 エリーと視線を交わし、二人は同時に駆け出した。


 城壁へ近づくにつれ、逃げてくる人々の数が増えていく。


「逃げろ!」


「城門が破られた!」


「敵が入ってきたぞ!!」


「城門が……。」


 カインは走る速度を上げた。


 その時。


 通りの先。


 暗闇の中から、いくつもの人影が現れた。


 鎧。


 剣。


 盾。


 一見すれば、ただの兵士だった。


 だが、カインには分かる。


 先ほど感じた、あの冷たい気配。


 目の前の兵士たちから、同じものを感じる。


「……こいつらだ。」


「え?」


「さっき感じた気配。こいつらから感じる。」


 カインは剣を抜いた。


 敵兵たちは何も答えない。


 ただ、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。


 その先には、逃げ遅れた人々がいた。


「きゃあ!」


「来るな!」


 敵兵の一体が剣を振り上げる。


「エリー!」


「うん!」


 エリーが右手を掲げた。


「残響よ。」


「弾けろ。」


「《響弾(ソニック・ノヴァ)》!」


 ――ドンッ!


 空気が震え、見えない衝撃が敵兵たちを捉えた。


 数体の身体が大きく弾き飛ばされ、石畳へ叩きつけられる。


「今のうちに!」


 エリーが住民たちへ叫ぶ。


「急いで!」


「は、はい!」


 人々が一斉に走り出す。


 その間に、カインは剣を両手で握った。


 意識を集中する。


 身体の奥にあるオーラへ意識を向け、その流れをゆっくりと剣へ導いていく。


「……っ。」


 すぐには集まらない。


 それでも集中を続けるうち、やがて蒼白い光が刀身を包み始めた。


 その時だった。


「……嘘。」


 エリーが息を呑む。


 石畳へ倒れていた兵士たちが、一体、また一体と起き上がっていた。


 そのうちの一体。


 衝撃で外れた兜が、石畳の上を転がっていく。


 露わになった顔を見て、カインは目を見開いた。


「……なっ。」


 青黒く変色した皮膚。


 落ち窪んだ眼窩。


 そこに、生きた人間の面影はなかった。


「きゃああああっ!!」


 一人の女性が悲鳴を上げ、その場に腰を抜かした。


 アンデッド兵がゆっくりと顔を向ける。


 そして、剣を握ったまま女性へ歩き始めた。


「逃げて!」


「む、無理……!」


 女性は震えたまま動けない。


 敵兵が剣を振り上げる。


「させるか!」


 カインが地を蹴り、一気に間合いを詰める。


 蒼白い光を帯びた剣が閃いた。


 ――ザンッ!


 剣を握った腕が宙を舞う。


 だが。


 止まらない。


「……!」


 腕を失ったアンデッド兵は、何事もなかったかのようにカインへ襲いかかってくる。


「何なんだ、こいつ……!」


 痛みも恐怖も、まるで感じていない。


 カインは踏み込み、剣を振り抜いた。


 ――ザンッ!


 アンデッド兵の首が宙を舞う。


 頭部を失った身体が数歩よろめき、そのまま石畳へ崩れ落ちた。


 ――ドサッ。


 今度は動かない。


 カインは剣を構えたまま、倒れた兵士を見つめる。


 その周囲では、先ほど吹き飛ばされた兵士たちが次々と立ち上がっていた。


◇


 別邸の前。


 武装した騎士たちが次々と集まり、その前には何頭もの馬が並んでいた。


 アリアーナは馬へ跨り、集まった騎士たちを見渡す。


「住民の避難を最優先に。」


「私たちは東の城壁へ向かいます。」


「はっ!」


「行きます!」


 アリアーナが手綱を握る。


 馬が勢いよく石畳を蹴り、騎士たちもその後に続いた。


◇


 アリアーナたちは、東の城壁へ向かって馬を走らせていた。


 しばらく進んだ頃、前方から避難する人々が次々と走ってくる。


「逃げろ!」


「城門が破られた!」


「敵が入ってきたぞ!!」


「……!」


 アリアーナが前方を見据える。


「まさか……。」


 すぐに手綱を引いた。


「速度を落として! 住民を巻き込まないように!」


「はい!」


 騎士たちも馬の速度を落とし、逃げてくる人々を避けながら進んでいく。


 その時。


 通りの先、暗闇の中からいくつもの敵兵が現れた。


 アリアーナが馬を止める。


「止まりなさい! 武器を捨て、投降してください!」


 返事はない。


 敵兵は、ただ歩き続ける。


「……警告はしました。」


 アリアーナは馬から降り、剣を抜いた。


「《精霊の加護(グレイス・エレメンタル)》!」


 淡い金色の光が、アリアーナの全身を包み込む。


「炎よ、宿れ。」


「《炎華(ルヴィア)》。」


 炎の精霊が呼びかけに応える。


 紅蓮の炎が刀身を包み込んだ。


 敵兵が剣を振り上げる。


 アリアーナが地を蹴る。


 一閃。


 ――ザンッ!


 炎を纏った刃が、黒い鎧ごと敵兵の腕を断ち切った。


 だが。


 止まらない。


「……!」


 敵兵は悲鳴すら上げず、残った腕をアリアーナへ伸ばしてくる。


 アリアーナは身を翻し、その手をかわした。


「痛みを……感じていない?」


 再び敵兵が迫る。


 アリアーナは一気に懐へ踏み込んだ。


 ――ズブッ。


 炎を纏った切っ先が胸甲を穿ち、そのまま深々と突き刺さる。


 確実な一撃。


 それでも、倒れない。


 敵兵の残った腕がゆっくりと持ち上がる。


「……まだ動くの?」


 アリアーナは剣を抜かなかった。


 柄を握ったまま、静かに詠唱を続ける。


「紅蓮よ。」


 剣を覆う炎が揺らめく。


「その身に咲け。」


 紅蓮の炎が敵兵の身体へ流れ込んでいく。


「爆ぜろ。」


「《炎咲(フラム・ルージュ)》!」


 ――ドォン!!


 敵兵の内側から紅蓮の炎が爆ぜた。


 炎に包まれた身体が、その場へ崩れ落ちる。


 ――ドサッ。


 今度は、動かない。


 アリアーナは静かに剣を引き抜き、燃える兵士を見つめる。


 腕を失っても、胸を貫かれても止まらなかった。


 痛みも恐怖も、感じている様子がない。


「まさか……。」


 アリアーナの表情が険しくなる。


「アンデッド……?」

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