第十九話 死なぬ兵士
――少し前。
エヴァンス公爵家。
アリアーナの別邸。
――ゴォォォン。
――ゴォォォン。
遠くから警鐘が響いてきた。
アリアーナは足を止める。
「……警鐘?」
聞き間違えるはずがない。街に危険が迫ったことを知らせる鐘。
その意味を理解した瞬間、アリアーナの表情が変わった。
何が起きたのかは、まだ分からない。だが、ただ事ではない。
アリアーナはすぐに戦う準備を始めた。
◇
しばらくして。
アリアーナは、すでに戦う準備を終えていた。
身に纏うのは、動きやすい軽装の鎧。腰には一本の剣。
もう、華やかなパーティー会場にいた令嬢ではない。
この土地を守る、一人の剣士だった。
――コンコン。
部屋の扉が叩かれる。
「入って。」
扉が開き、一人の侍女が姿を見せた。
「アリアーナ様。騎士の方が、至急お伝えしたいことがあるそうです。」
「分かった。」
アリアーナはすぐに部屋を出る。
緊急事態だ。
そのまま別邸の玄関へ向かうと、一人の騎士が待っていた。
アリアーナの姿を見るなり、騎士は一礼する。
「アリアーナ様。東の城壁で、正体不明の軍勢と交戦中です。」
「数は?」
「正確な数は分かりません。ですが、かなりの数です。」
アリアーナの表情が険しくなる。
「お父様は?」
「公爵閣下は、すでに騎士団へ指示を出されております。」
「分かりました。」
アリアーナは腰の剣へ手を添える。
「私も向かいます。騎士たちを集めてください。馬の準備も。」
「はっ!」
騎士はすぐに駆け出した。
◇
――ドォォォォン!!
轟音が響く。
カインは城壁の方角を見た。
「……!」
遠くから人々の悲鳴が聞こえてくる。
「カイン!」
「ああ!」
エリーと視線を交わし、二人は同時に駆け出した。
城壁へ近づくにつれ、逃げてくる人々の数が増えていく。
「逃げろ!」
「城門が破られた!」
「敵が入ってきたぞ!!」
「城門が……。」
カインは走る速度を上げた。
その時。
通りの先。
暗闇の中から、いくつもの人影が現れた。
鎧。
剣。
盾。
一見すれば、ただの兵士だった。
だが、カインには分かる。
先ほど感じた、あの冷たい気配。
目の前の兵士たちから、同じものを感じる。
「……こいつらだ。」
「え?」
「さっき感じた気配。こいつらから感じる。」
カインは剣を抜いた。
敵兵たちは何も答えない。
ただ、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
その先には、逃げ遅れた人々がいた。
「きゃあ!」
「来るな!」
敵兵の一体が剣を振り上げる。
「エリー!」
「うん!」
エリーが右手を掲げた。
「残響よ。」
「弾けろ。」
「《響弾》!」
――ドンッ!
空気が震え、見えない衝撃が敵兵たちを捉えた。
数体の身体が大きく弾き飛ばされ、石畳へ叩きつけられる。
「今のうちに!」
エリーが住民たちへ叫ぶ。
「急いで!」
「は、はい!」
人々が一斉に走り出す。
その間に、カインは剣を両手で握った。
意識を集中する。
身体の奥にあるオーラへ意識を向け、その流れをゆっくりと剣へ導いていく。
「……っ。」
すぐには集まらない。
それでも集中を続けるうち、やがて蒼白い光が刀身を包み始めた。
その時だった。
「……嘘。」
エリーが息を呑む。
石畳へ倒れていた兵士たちが、一体、また一体と起き上がっていた。
そのうちの一体。
衝撃で外れた兜が、石畳の上を転がっていく。
露わになった顔を見て、カインは目を見開いた。
「……なっ。」
青黒く変色した皮膚。
落ち窪んだ眼窩。
そこに、生きた人間の面影はなかった。
「きゃああああっ!!」
一人の女性が悲鳴を上げ、その場に腰を抜かした。
アンデッド兵がゆっくりと顔を向ける。
そして、剣を握ったまま女性へ歩き始めた。
「逃げて!」
「む、無理……!」
女性は震えたまま動けない。
敵兵が剣を振り上げる。
「させるか!」
カインが地を蹴り、一気に間合いを詰める。
蒼白い光を帯びた剣が閃いた。
――ザンッ!
剣を握った腕が宙を舞う。
だが。
止まらない。
「……!」
腕を失ったアンデッド兵は、何事もなかったかのようにカインへ襲いかかってくる。
「何なんだ、こいつ……!」
痛みも恐怖も、まるで感じていない。
カインは踏み込み、剣を振り抜いた。
――ザンッ!
アンデッド兵の首が宙を舞う。
頭部を失った身体が数歩よろめき、そのまま石畳へ崩れ落ちた。
――ドサッ。
今度は動かない。
カインは剣を構えたまま、倒れた兵士を見つめる。
その周囲では、先ほど吹き飛ばされた兵士たちが次々と立ち上がっていた。
◇
別邸の前。
武装した騎士たちが次々と集まり、その前には何頭もの馬が並んでいた。
アリアーナは馬へ跨り、集まった騎士たちを見渡す。
「住民の避難を最優先に。」
「私たちは東の城壁へ向かいます。」
「はっ!」
「行きます!」
アリアーナが手綱を握る。
馬が勢いよく石畳を蹴り、騎士たちもその後に続いた。
◇
アリアーナたちは、東の城壁へ向かって馬を走らせていた。
しばらく進んだ頃、前方から避難する人々が次々と走ってくる。
「逃げろ!」
「城門が破られた!」
「敵が入ってきたぞ!!」
「……!」
アリアーナが前方を見据える。
「まさか……。」
すぐに手綱を引いた。
「速度を落として! 住民を巻き込まないように!」
「はい!」
騎士たちも馬の速度を落とし、逃げてくる人々を避けながら進んでいく。
その時。
通りの先、暗闇の中からいくつもの敵兵が現れた。
アリアーナが馬を止める。
「止まりなさい! 武器を捨て、投降してください!」
返事はない。
敵兵は、ただ歩き続ける。
「……警告はしました。」
アリアーナは馬から降り、剣を抜いた。
「《精霊の加護》!」
淡い金色の光が、アリアーナの全身を包み込む。
「炎よ、宿れ。」
「《炎華》。」
炎の精霊が呼びかけに応える。
紅蓮の炎が刀身を包み込んだ。
敵兵が剣を振り上げる。
アリアーナが地を蹴る。
一閃。
――ザンッ!
炎を纏った刃が、黒い鎧ごと敵兵の腕を断ち切った。
だが。
止まらない。
「……!」
敵兵は悲鳴すら上げず、残った腕をアリアーナへ伸ばしてくる。
アリアーナは身を翻し、その手をかわした。
「痛みを……感じていない?」
再び敵兵が迫る。
アリアーナは一気に懐へ踏み込んだ。
――ズブッ。
炎を纏った切っ先が胸甲を穿ち、そのまま深々と突き刺さる。
確実な一撃。
それでも、倒れない。
敵兵の残った腕がゆっくりと持ち上がる。
「……まだ動くの?」
アリアーナは剣を抜かなかった。
柄を握ったまま、静かに詠唱を続ける。
「紅蓮よ。」
剣を覆う炎が揺らめく。
「その身に咲け。」
紅蓮の炎が敵兵の身体へ流れ込んでいく。
「爆ぜろ。」
「《炎咲》!」
――ドォン!!
敵兵の内側から紅蓮の炎が爆ぜた。
炎に包まれた身体が、その場へ崩れ落ちる。
――ドサッ。
今度は、動かない。
アリアーナは静かに剣を引き抜き、燃える兵士を見つめる。
腕を失っても、胸を貫かれても止まらなかった。
痛みも恐怖も、感じている様子がない。
「まさか……。」
アリアーナの表情が険しくなる。
「アンデッド……?」




