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七星を廻る物語  作者: 豆柴の旅々
第二章 動乱

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第十八話 迫り来る影

 ――少し前。


 トライデン公国。


 東の城壁。


 空には、まだわずかに夕暮れの名残が残っていた。


 城壁の上では、二人の兵士が街の外を眺めながら話をしている。


「今日は静かだな。」


「ああ。最近は夜警も退屈なくらいだ。」


「平和が一番さ。」


 一人の兵士が笑う。


「あと少しで交代だな。」


「ああ。今日はどこで飲む?」


「そうだな……最近できた店があるらしいぞ。」


「お前、また新しい店を探してるのか?」


「いいだろ。せっかくの休みなんだから。」


 二人は笑い合う。


 いつもの夜。


 いつもの警備。


 トライデン公国は長年、大きな争いとは無縁だった。


 誰もが、今日も何事もなく夜が更けていくと思っていた。


「……ん?」


 その時、一人の兵士がふと街の外へ視線を向けた。


「どうした?」


「いや……。」


 遠く、薄暗くなった平原。


 その向こうに、何かが見えた気がした。


「……目を凝らしてみろ。」


 もう一人の兵士も遠くを見る。


「……あれは?」


 最初は小さな影だった。


 だが、ゆっくりと確実にこちらへ近づいてくる。


「……人か?」


「いや……。」


 兵士の顔から笑みが消えた。


「数が多すぎる。」


 影は一つではない。


 二つでもない。


 無数の影が、平原を埋め尽くすようにこちらへ向かって進んでいる。


「……軍勢?」


 兵士が息を呑む。


 次の瞬間。


「警鐘を鳴らせ!!」


「敵襲だ!!」


 叫び声が城壁へ響き渡る。


 ――ゴォォォン。


 ――ゴォォォン。


 警鐘が鳴り響いた。


◇


「東だ!!」


「全員、東の城壁へ急げ!!」


「城門を閉じろ!!」


 兵士たちの怒号が飛び交う。


 城門が閉じられ、次々と兵士たちが城壁へ駆け上がっていく。


 弓兵たちが城壁の上へ並ぶ。


 その間にも、無数の影は近づいてくる。


「……何だ、あいつら。」


 一人の兵士が呟いた。


 足並みが、あまりにも揃いすぎている。


 誰一人として声を上げず、隊列も乱さない。


 ただ、まっすぐに城壁へ向かってくる。


「止まれ!!」


 城壁の上から兵士が叫ぶ。


「これ以上近づけば攻撃する!!」


 返事はない。


 無数の兵士たちは歩みを止めない。


「止まれ!!」


 それでも止まらない。


「……構えろ。」


 弓兵たちが一斉に弓を引く。


「放て!!」


 無数の矢が夕闇の空を覆った。


 ――ヒュヒュヒュヒュッ!!


 肩、胸、脚、頭部へ次々と矢が突き刺さり、何人もの敵兵が地面へ倒れていく。


「……よし!」


 兵士の一人が思わず声を上げる。


 だが。


「……え?」


 倒れた兵士の一人が動いた。


 ゆっくりと地面へ手をつき、何事もなかったかのように立ち上がる。


「……何だ?」


 別の場所でも。


 一人。


 また一人。


 立ち上がる。


 胸に矢を受けた者も、脚を射抜かれた者も、再び歩き始める。


「な、なんで……。」


「確かに当たったぞ……。」


 兵士たちの間に動揺が走る。


「もう一度だ!!」


「放て!!」


 再び、無数の矢が降り注いだ。


 敵兵たちが倒れる。


 それでも止まらない。


 倒れても、起き上がり、また城壁へ向かって歩き出す。


「……何なんだ。」


「こいつら……。」


 やがて、敵兵たちは城壁へ辿り着いた。


 ――ドォォォン!!


 凄まじい轟音。


 敵兵たちが一斉に城門へ激突した。


「うわっ!?」


 城壁全体が僅かに震える。


「門を守れ!!」


「絶対に中へ入れるな!!」


 怒号。


 悲鳴。


 轟音。


 戦いが始まった。


◇


 同じ頃。


 湖畔から街へ続く道を、二つの影が走っていた。


「はぁ……はぁ……!」


「カイン……!」


 エリーが息を切らしながら走る。


 カインも額に汗を浮かべていた。


 警鐘を聞いてから、二人は一度も足を止めていない。


 やがて、街へ近づくにつれて様子が変わっていく。


 家々から次々と人々が飛び出してくる。


 子どもの手を引く者。荷物を抱える者。泣き叫ぶ子どもを抱きかかえる者。


 誰もが東の城壁から離れるように、必死に逃げていた。


 その流れに逆らうように、武装した兵士たちが次々と東へ駆けていく。


「東の城壁へ急げ!!」


「増援だ!!」


 カインは走りながら周囲を見回す。


「何が起きてるんですか!?」


 近くを走っていた男が振り返る。


「敵襲だ!!」


「東の城壁が攻撃されてる!!」


「敵……。」


 カインとエリーが顔を見合わせる。


「行こう!」


「うん!」


 二人は再び地を蹴った。


◇


 すでに、空から夕暮れの色は消えていた。


 東の城壁。


 ――ガァァァン!!


「押し返せ!!」


「門を破らせるな!!」


 兵士たちの叫びが響く。


 何度矢を浴びせても、敵兵は止まらない。


 倒れたはずの敵が、再び立ち上がる。


「くそっ!!」


「何なんだ、こいつら!!」


 ――ガァァァン!!


 再び、城門が大きく揺れる。


「門が持たないぞ!!」


「増援はまだか!!」


 城壁の上では、最初に敵影を見つけた兵士が眼下を見下ろしていた。


 無数の敵兵。


 その数は、一向に減っているようには見えない。


「……化け物め。」


 その声が僅かに震えた。


◇


「はぁ……はぁ……。」


 カインは走りながら顔を上げた。


 遠くから轟音が聞こえる。


 兵士たちの叫び声。


 そして、何かが激突する重い音。


「戦ってる……。」


 エリーが呟く。


 カインは答えない。


 二人は避難する人々の流れを掻き分け、東へ走り続ける。


 城壁へ近づくほど、音が大きくなっていく。


 そして、ようやく巨大な城壁が見えてきた。


「……っ。」


 カインが足を止める。


「カイン?」


「待って。」


 荒い呼吸を整えながら、静かに目を閉じた。


 集中する。


 意識を広げる。


 《存在感知(レゾナンス)》。


 周囲には無数の存在を感じる。


 逃げる人々。


 城壁へ向かう兵士。


 傷ついた者。


 戦っている者。


 その一つ一つを、確かに捉えることができる。


 だが。


 その向こう。


 分厚い城壁を隔てた先。


「……え?」


 カインの表情が変わった。


 そこにも、確かに無数の何かがいる。


 だが、生きている人間とは明らかに違う。


 まるで、そこだけ冷たい闇に覆われているような異質な気配。


「……何だ、これ。」


「カイン?」


 その瞬間、カインの脳裏に幼い日の記憶がよみがえった。


 祖父とともに森へ入った、あの日。


 初めて感じた、あの冷たい気配。


「……あの時と同じだ。」


 カインは目を見開く。


 見えない。


 城壁の向こうにいるものの姿は。


 だが、確かにいる。


 無数の、異質な何かが。


 ――ドォォォォン!!


 凄まじい轟音。


 目の前の城壁が、大きく揺れた。

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