第十七話 警鐘
華やかなパーティーが終わり、カインとエリーはクロエを送り届けるため、ベルシュタイン侯爵邸の前まで来ていた。
湖畔に建つ城館は月明かりに照らされ、その向こうには静かな湖が広がっている。
「今日はありがとう!」
馬車から降りたクロエは、いつもの明るい笑顔で二人を見る。
「二人のおかげで、とても楽しかったよ。」
「こちらこそ、貴重な経験をさせてもらいました。」
カインが頭を下げる。
貴族のパーティーなど、村で育ったカインには別世界の出来事だった。
クロエは二人を見ながら、少し名残惜しそうに尋ねた。
「ねえ、二人はこれからどうするの? すぐリヴァルに戻るの?」
「いえ、せっかく公国まで来ましたので……。」
カインは少し考える。
「数日は街を見て回ろうと思っています。それと、エヴァンスのギルド支部で依頼がないか探してみるつもりです。」
「良かった!」
クロエが嬉しそうに声を弾ませる。
「え?」
カインが首を傾げる。
「ここにいてくれたら……嬉しいな。」
「……?」
カインは不思議そうな顔をする。
エリーも小さくクロエを見る。
しかし、クロエはいつもの明るい笑顔だった。
「じゃあ、またね!」
「はい。またお会いできることを楽しみにしています。」
その隣で、エリーも微笑む。
クロエは手を振りながら、侯爵邸へ戻っていった。
◇
それから三日間。
二人は公国の街を歩き回った。
市場を巡り、武具店を覗き、湖畔を散歩する。自由都市リヴァルとは違う街並みや品々に、二人は何度も足を止めた。
そんな中、カインは一つの出店に目を留めた。
店先には、紫色の葡萄をいくつも刺した串が並んでいた。果実を包む薄い飴が、陽の光を受けてきらきらと輝いている。
「あれ、何だろう?」
カインが不思議そうに首を傾げる。
「見てみる?」
「うん。行ってみよう。」
二人は出店へ近づいた。
「すみません。これは何ですか?」
「ん? 知らないのかい? これは葡萄飴だよ!」
「葡萄飴?」
「そうさ。エヴァンスは葡萄が名産だからね。葡萄を飴で包んだお菓子だよ!」
「何それ、美味しそう!」
エリーが目を輝かせる。
その様子を見て、カインも笑顔になった。
「それじゃあ、二つ下さい!」
「はいよ!」
店主は串を二本取り、二人に手渡した。
エリーは早速、一粒口に運ぶ。
パリッと薄い飴が砕け、中から葡萄の甘酸っぱい果汁が広がった。
「美味しい!!」
エリーが嬉しそうに声を上げる。
カインも一粒食べてみた。
「ほんとだ! 美味しい!」
「だろう? うちの自慢だよ!」
店主は満足そうに笑った。
そんな何気ないやり取りも、二人にとっては旅の楽しみの一つだった。
◇
――そして、三日目の午後。
カインとエリーは、賑わう街を歩いていた。
湖を中心に広がる美しい街並み。
夕日に照らされた石造りの建物が、柔らかな橙色に染まっている。
市場には、公国南部の山から運ばれた鉱石や珍しい品々が並び、多くの人々で賑わっていた。
「すごいな。」
カインは周囲を見渡す。
「同じ大きな街でも、リヴァルとは全然違う。」
「カイン、田舎者みたいな顔してるよ。」
エリーが笑う。
「え? そうかな?」
「そうだよ。」
エリーは楽しそうに笑った。そして少しだけ優しい表情になる。
「でも、カインが楽しそうで良かった。村にいた時は、こんな景色を見ることもなかったもんね。」
「うん。」
カインは頷く。
旅に出て、まだわずかな時間。それでも、知らなかった世界が少しずつ広がっている。
◇
一通り街を見て回った二人は、以前利用した宿へ入った。
受付でカインが尋ねる。
「すみません。部屋は空いていますか?」
「はい。以前お泊まりになったお部屋でしたら、空いております。」
その言葉に、カインは少し考える。
「えっと……。ベッドが二つある部屋は空いていますか?」
「駄目。」
即答だった。
「え?」
振り返ると、エリーが腕を組んでいる。
「カイン。これから先、何があるか分からないんだよ?」
「装備を買うかもしれないし、薬も必要になるかもしれない。お金は大切だから、ベッドは一つで十分。」
カインは苦笑する。
「でも、もう少し余裕は……。」
「駄目。」
エリーは譲らない。
「必要なものには使う。でも、無駄遣いはしない。」
「分かった?」
「……はい。」
カインが肩を落とすと、エリーは少しだけ得意そうに胸を張った。
「お姉ちゃん命令だからね。」
「はいはい。」
思わず苦笑するカイン。
受付の女性も、そんな二人のやり取りを見て小さく笑みをこぼしていた。
結局、二人は以前と同じように、ベッドが一つの部屋を借りることになった。
◇
日が沈み始めた頃、二人は湖畔へ向かった。
湖面には夕陽が一本の光の道を描いている。
穏やかな風が水面を揺らし、二人の髪を優しくなでた。
水鳥が静かに羽ばたき、遠くから子どもたちの笑い声が聞こえてくる。
「綺麗だな……。」
カインが呟く。
「うん。」
エリーも隣で頷いた。
「旅に出て良かったね。」
「うん。」
穏やかな時間。
旅に出なければ、きっと見ることのなかった景色。
出会うことのなかった人々。
カインは静かに夕陽を見つめていた。
その時だった。
――ゴォォォン。
低く重い鐘の音が響く。
「……?」
カインが顔を上げる。
街全体に響き渡る、大きな鐘の音。
もう一度。
――ゴォォォン。
先ほどまで響いていた人々の笑い声が、次第に途切れていく。
湖畔を歩いていた人々が足を止め、不安そうに顔を見合わせた。
遠くでは、兵士たちが慌ただしく駆け出していく。
「総員、配置につけ!」
城壁の方角から兵士の怒号が響いた。
エリーの表情が変わる。
「カイン……。」
「ああ。」
二人は顔を見合わせる。
何かが起きた。
二人は城壁の方角へ視線を向ける。




