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七星を廻る物語  作者: 豆柴の旅々
第二章 動乱

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第十六話 異変

 ――コンコン。


 執務室の扉を叩く音が響いた。


「入れ。」


「失礼いたします、殿下。」


 側近の男が部屋へ入る。


「教会からの使者が参っております。」


「教会から?」


「はい。レオンハルト殿下に、至急謁見したいと申しております。いかがいたしますか?」


「……。」


 レオンハルトは僅かに眉を寄せる。


(教会?)


(一体、何の用だ?)


 先ほど届いたばかりの報告が脳裏をよぎる。


 公国側の検問所とは、連絡が取れない。


 正体不明の集団は、トライデン公国へ向かっている。


 その直後に。


 教会からの使者。


「……分かった。通せ。」


「はっ。」


 側近が一礼し、部屋を出ていく。


 しばらくして、一人の男が執務室へ入ってきた。


「レオンハルト殿下。」


 使者は深く頭を下げる。


「教皇猊下より、直々のご依頼にございます。」


「……教皇猊下から?」


「はい。」


 レオンハルトの目が僅かに細くなる。


「今回の事態について、教会側にも被害が出ております。そして、正体不明の集団はトライデン公国へ向かったとのこと。」


「……。」


「つきましては、公国との不要な衝突を避けるためにも、殿下ご自身に現地へ赴き、事態をご確認いただきたいとのことです。」


「私に?」


「はい。」


 使者は頭を下げたまま答える。


 レオンハルトは何も言わない。


 トライデン公国は友好国。


 そこへ、神聖国軍のものによく似た装備を身につけた集団が向かっている。


 公国側が神聖国による侵攻だと判断してもおかしくはない。


 王族である自分が現地へ赴き、事態を確認する。


 理由としては理解できる。


 だが――。


「それと……。」


 使者が一度、言葉を区切る。


「セシリア王女殿下にも、ご同行いただきたいと。」


 レオンハルトの目が細くなる。


「……セシリアを?」


「はい。」


「なぜだ?」


「それは、私にも……。」


 使者は再び頭を下げた。


「教皇猊下より、そのように申し付けられております。」


「……。」


 執務室に静寂が流れる。


 レオンハルトは何も言わず、使者を見つめていた。


 妙だった。


 教会側にも被害が出ている。


 公国との衝突を避けるため、自分に現地へ向かってほしい。


 そこまでは分かる。


 だが。


 なぜセシリアまで同行させる必要がある?


「一つ聞きたい。」


「はい。」


「なぜ教会は、セシリアが王城へ戻っていることを知っている?」


 使者は一礼する。


「豊穣祭のため、お戻りになられていると伺っております。」


「……そうか。」


 もっともらしい答えだった。


 少なくとも、そこに不自然な点はない。


 だが、胸に残った違和感は消えなかった。


 ――なぜ、セシリアを名指しした?


◇


 使者が去ったあと。


「お兄様……。」


 セシリアが不安そうに兄を見つめる。


「私は……どうすれば?」


「……。」


 レオンハルトは答えなかった。


 本音を言えば。


 連れて行きたくはない。


 何が待っているのか分からない場所へ、妹を連れて行く理由などない。


 ――だが。


 教会はセシリアを名指しした。


 それが、どうしても引っ掛かる。


 なぜセシリアなのか。


 何のために、教会は妹を公国へ向かわせようとしているのか。


 王城へ残す。


 それが本当に安全なのか。


 レオンハルトは一瞬だけ目を閉じる。


(今は、答えが出ない。)


 だが、友好国であるトライデン公国で何かが起きている。


 まずは自分の目で確かめなければならない。


 そして。


 セシリアを守るのなら。


 自分の目が届く場所にいた方がいい。


 静かに目を開く。


「セシリア。」


「はい。」


「お前も来い。」


 セシリアが目を見開く。


「私も……ですか?」


「ああ。」


 レオンハルトは妹を真っ直ぐ見つめた。


「ただし。」


「絶対に私から離れるな。」


「……はい。」


 セシリアは小さく頷いた。


◇


「すぐに出発する。必要なものだけを準備しろ。」


 レオンハルトは近衛騎士たちを見渡す。


「一刻を争う可能性がある。」


「はっ!」


 近衛騎士たちが一斉に動き始める。


 大規模な部隊を整える時間はない。


 目的は、あくまで現地の確認。


 時間との勝負だった。


 レオンハルト。


 セシリア。


 そして、選抜された数名の近衛騎士。


 必要最低限の準備を整えた一行が、先行して現地へ向かうことになった。


「殿下。」


 先ほどの側近が頭を下げる。


 馬へ乗る直前、レオンハルトは側近へ視線を向けた。


「父上に報告しろ。今回の件をすべてだ。」


「はっ。」


「それと。」


 レオンハルトの声が低くなる。


「今回の件について、教会の動きを探れ。」


 側近が僅かに目を見開く。


「……教会を、ですか?」


「ああ。何か引っ掛かる。」


「分かりました。」


「できる限り悟られるな。」


「はっ。」


 側近が深く頭を下げる。


 レオンハルトは馬へ跨がった。


 朝日に照らされた白亜の王城。


 その重厚な城門が、ゆっくりと開かれていく。


 レオンハルトは一度だけ王城を振り返り、静かに馬を進める。


 セシリアも、その後に続く。


 レオンハルトは前を見据えたまま、先ほどの使者の言葉を思い返していた。


『公国との不要な衝突を避けるためにも。』


『セシリア王女殿下にも、ご同行いただきたいと。』


 手綱を握る手に、僅かに力が入る。


(教会……。)


(何を考えている?)


 答えはまだない。


 ただ。


 胸に残った違和感だけが、消えることはなかった。


 ――向かう先は。


 トライデン公国。

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