第十六話 異変
――コンコン。
執務室の扉を叩く音が響いた。
「入れ。」
「失礼いたします、殿下。」
側近の男が部屋へ入る。
「教会からの使者が参っております。」
「教会から?」
「はい。レオンハルト殿下に、至急謁見したいと申しております。いかがいたしますか?」
「……。」
レオンハルトは僅かに眉を寄せる。
(教会?)
(一体、何の用だ?)
先ほど届いたばかりの報告が脳裏をよぎる。
公国側の検問所とは、連絡が取れない。
正体不明の集団は、トライデン公国へ向かっている。
その直後に。
教会からの使者。
「……分かった。通せ。」
「はっ。」
側近が一礼し、部屋を出ていく。
しばらくして、一人の男が執務室へ入ってきた。
「レオンハルト殿下。」
使者は深く頭を下げる。
「教皇猊下より、直々のご依頼にございます。」
「……教皇猊下から?」
「はい。」
レオンハルトの目が僅かに細くなる。
「今回の事態について、教会側にも被害が出ております。そして、正体不明の集団はトライデン公国へ向かったとのこと。」
「……。」
「つきましては、公国との不要な衝突を避けるためにも、殿下ご自身に現地へ赴き、事態をご確認いただきたいとのことです。」
「私に?」
「はい。」
使者は頭を下げたまま答える。
レオンハルトは何も言わない。
トライデン公国は友好国。
そこへ、神聖国軍のものによく似た装備を身につけた集団が向かっている。
公国側が神聖国による侵攻だと判断してもおかしくはない。
王族である自分が現地へ赴き、事態を確認する。
理由としては理解できる。
だが――。
「それと……。」
使者が一度、言葉を区切る。
「セシリア王女殿下にも、ご同行いただきたいと。」
レオンハルトの目が細くなる。
「……セシリアを?」
「はい。」
「なぜだ?」
「それは、私にも……。」
使者は再び頭を下げた。
「教皇猊下より、そのように申し付けられております。」
「……。」
執務室に静寂が流れる。
レオンハルトは何も言わず、使者を見つめていた。
妙だった。
教会側にも被害が出ている。
公国との衝突を避けるため、自分に現地へ向かってほしい。
そこまでは分かる。
だが。
なぜセシリアまで同行させる必要がある?
「一つ聞きたい。」
「はい。」
「なぜ教会は、セシリアが王城へ戻っていることを知っている?」
使者は一礼する。
「豊穣祭のため、お戻りになられていると伺っております。」
「……そうか。」
もっともらしい答えだった。
少なくとも、そこに不自然な点はない。
だが、胸に残った違和感は消えなかった。
――なぜ、セシリアを名指しした?
◇
使者が去ったあと。
「お兄様……。」
セシリアが不安そうに兄を見つめる。
「私は……どうすれば?」
「……。」
レオンハルトは答えなかった。
本音を言えば。
連れて行きたくはない。
何が待っているのか分からない場所へ、妹を連れて行く理由などない。
――だが。
教会はセシリアを名指しした。
それが、どうしても引っ掛かる。
なぜセシリアなのか。
何のために、教会は妹を公国へ向かわせようとしているのか。
王城へ残す。
それが本当に安全なのか。
レオンハルトは一瞬だけ目を閉じる。
(今は、答えが出ない。)
だが、友好国であるトライデン公国で何かが起きている。
まずは自分の目で確かめなければならない。
そして。
セシリアを守るのなら。
自分の目が届く場所にいた方がいい。
静かに目を開く。
「セシリア。」
「はい。」
「お前も来い。」
セシリアが目を見開く。
「私も……ですか?」
「ああ。」
レオンハルトは妹を真っ直ぐ見つめた。
「ただし。」
「絶対に私から離れるな。」
「……はい。」
セシリアは小さく頷いた。
◇
「すぐに出発する。必要なものだけを準備しろ。」
レオンハルトは近衛騎士たちを見渡す。
「一刻を争う可能性がある。」
「はっ!」
近衛騎士たちが一斉に動き始める。
大規模な部隊を整える時間はない。
目的は、あくまで現地の確認。
時間との勝負だった。
レオンハルト。
セシリア。
そして、選抜された数名の近衛騎士。
必要最低限の準備を整えた一行が、先行して現地へ向かうことになった。
「殿下。」
先ほどの側近が頭を下げる。
馬へ乗る直前、レオンハルトは側近へ視線を向けた。
「父上に報告しろ。今回の件をすべてだ。」
「はっ。」
「それと。」
レオンハルトの声が低くなる。
「今回の件について、教会の動きを探れ。」
側近が僅かに目を見開く。
「……教会を、ですか?」
「ああ。何か引っ掛かる。」
「分かりました。」
「できる限り悟られるな。」
「はっ。」
側近が深く頭を下げる。
レオンハルトは馬へ跨がった。
朝日に照らされた白亜の王城。
その重厚な城門が、ゆっくりと開かれていく。
レオンハルトは一度だけ王城を振り返り、静かに馬を進める。
セシリアも、その後に続く。
レオンハルトは前を見据えたまま、先ほどの使者の言葉を思い返していた。
『公国との不要な衝突を避けるためにも。』
『セシリア王女殿下にも、ご同行いただきたいと。』
手綱を握る手に、僅かに力が入る。
(教会……。)
(何を考えている?)
答えはまだない。
ただ。
胸に残った違和感だけが、消えることはなかった。
――向かう先は。
トライデン公国。




