第十話 クエスト達成
夜の草原。
先ほどまで響いていた剣戟の音は、すでに消えていた。
夜襲を仕掛けてきた盗賊たちは、侯爵家の私兵によって次々と拘束されている。
その中には――両手を縄で縛られた盗賊団の頭領、魔剣使いバルドの姿もあった。
バルドは地面に膝をついたまま、呆然と前を見つめている。
「……あり得ねぇ。」
ぽつりと漏れた声。
脳裏に焼き付いて離れないのは、巨大な火球が真っ二つに裂けた光景だった。
「魔法を……斬るなんて……。」
バルドは、信じられないものを見るようにカインを見つめる。
「そんなの……聞いたことがねぇ……。」
兵士たちは、抵抗する気力を失ったバルドを取り囲んでいた。
「頭領の拘束、確認しました!」
周囲から安堵の声が上がる。
カインはようやく肩の力を抜いた。
夜の風が、静けさを取り戻した草原を吹き抜けていった。
◇
その後、負傷者の手当てや盗賊たちの拘束を終え、一行は野営地で夜を明かした。
そして翌朝。
柔らかな春の陽光が、草原を静かに照らし始める。
朝露をまとった草が淡い光を受けて輝き、まだ少し冷たさの残る風が、草原を吹き抜けていた。
一行は再びトライデン公国のエヴァンス領へ向けて出発した。
生き残った盗賊たちは、縄で縛られたまま護送されている。
カインとエリーは、行きと同じようにクロエの馬車へ案内された。
「二人とも、こっちこっち!」
クロエは相変わらず嬉しそうに手を振る。
「またお邪魔します。」
カインは苦笑しながら馬車へ乗り込む。
エリーも続き、二人はクロエの向かいへ腰を下ろした。
その瞬間だった。
「ねぇ、カイン!」
クロエが勢いよく身を乗り出した。
「昨日のあれ! すっごく格好良かった!」
「え?」
「あの大きな火の玉! スパッて斬ったでしょ!」
両手を使いながら、興奮した様子で再現する。
「あれ! どうやったの!?」
「えっと……。」
カインは困ったように頭を掻いた。
「俺も、よく分からなくて……。」
「えぇー!?」
クロエはさらに身を乗り出す。
「自分でやったのに!?」
「はい……。」
「すごい! ねぇねぇ、もう一回できる?」
「それは――」
「オーラです!」
エリーの声が割って入った。
「オーラ?」
クロエが振り向く。
「カインの剣に、オーラが集まっていたんです。」
エリーは少し考えるように続けた。
「私も、あんな使い方は初めて見ましたけど……。」
「へぇー!」
クロエの蒼い瞳が、さらに輝く。
「カインって、やっぱりすごいんだ!」
そして、得意げに胸を張った。
「さすが、私が見込んだ冒険者ね!」
「はは……ありがとうございます。」
「ねぇねぇ! カインのこと、もっと教えて!」
「え?」
「好きな食べ物は? 好きな色は? それから、好きな人とかいるの!?」
「えっ!?」
突然の質問に、カインは目を白黒させた。
そんなカインに構わず、クロエはさらに身を乗り出す。
「ねぇ、どうなの!?」
「クロエお嬢様。」
エリーが、にこりと笑った。
「はい?」
「近いです。」
「あ。」
クロエはそこでようやく気付いた。
いつの間にか、カインの顔を覗き込むほど身を乗り出していた。
「ごめんごめん!」
クロエは笑いながら身体を引いた。
――が。
「それで! 好きな人は!?」
「クロエお嬢様。」
「……あ。」
クロエは慌てて身体を引いた。
カインはそんな二人を見ながら、苦笑するしかなかった。
しばらくして、クロエは窓の外へ目を向けた。
「もうすぐかぁ。」
「何がですか?」
「新しい生活!」
クロエは嬉しそうに笑う。
「私、今年からセントリア学園へ通うの。」
「学園?」
初めて聞く名前だった。
エリーが少し目を丸くする。
「もしかして、大陸中から生徒が集まるっていう……。」
「そう!」
クロエは嬉しそうに頷く。
「平民でも実力があれば入学できる学校なんだよ。」
「すごい学校なんですね。」
カインが素直に感心すると、クロエは少し照れたように笑った。
「試験は大変だったけどね。」
その笑顔は、どこにでもいる十六歳の少女そのものだった。
◇
昼過ぎ。
一行は、トライデン公国エヴァンス領の中心都市、エヴァンスへ到着した。
高くそびえる白い城壁。
門をくぐると、石畳の大通りが真っすぐ奥へと続いている。
街には多くの商人や旅人が行き交い、リヴァルとはまた違った活気に満ちていた。
さらに進むと、大きな建物が見えてくる。
「冒険者ギルドです。」
私兵隊長が振り返った。
「まずは盗賊どもを引き渡します。」
馬車はギルド支部の前で止まった。
拘束された盗賊たちが、次々と降ろされていく。
「盗賊団を捕縛しました!」
「こちらは賞金首、魔剣使いバルドだ!」
その名を聞いたギルド職員たちがどよめいた。
「バルドだと?」
「本当に生け捕りにしたのか……!」
その騒ぎを聞きつけ、受付の奥から一人の中年男性が姿を現した。
「支部長、こちらです!」
職員に呼ばれた男――クランツは、拘束されたバルドへ視線を向けた。
「あのバルドを、よく捕らえられたな。」
すると、私兵隊長がカインへ視線を向けた。
「実は、あの少年……カイン殿のおかげなのです。」
「……あの少年が?」
クランツは驚いた様子でカインを見た。
「はい。バルドを無力化したのは、彼です。」
「なんと……。」
クランツは改めてカインを見つめた。
まだ幼さの残る少年が、あの魔剣使いを無力化したというのか。
「……驚いたな。」
クランツは私兵隊長へ視線を戻した。
「詳しい話は後で聞かせてくれ。」
「承知しました。」
そして、職員たちへ向き直る。
「まずは盗賊たちを牢へ移してくれ。」
「はい!」
盗賊たちは次々と連行され、バルドも厳重に連れて行かれた。
◇
ギルド支部を後にした一行は、街の西側へ向かった。
石畳の大通りを抜けると、やがて視界が大きく開けた。
そこには、陽光を受けて輝く広大な湖が広がっていた。
「綺麗……。」
エリーが思わず声を漏らす。
湖面には白亜の城壁が映り込み、風が吹くたび、その姿も静かに揺れていた。
湖畔に沿って進む馬車の先に、一際大きな建物が姿を現した。
高い城壁。
幾つもの塔。
湖を背に堂々と建つその姿は、まるで一つの城だった。
「あれがエヴァンス公爵家の居城です。」
私兵は誇らしげに胸を張る。
「トライデン公国を支える三公爵家の一つですよ。」
「すごい……。」
カインは思わず息を呑む。
まさに王城と見紛うほどの威容だった。
馬車はエヴァンス公爵家の居城へ向かう道から少し外れ、湖畔に並ぶ貴族街へ入っていく。
格式ある屋敷が立ち並ぶ中でも、一際立派な門構えの屋敷の前で止まった。
「ベルシュタイン侯爵家へ到着しました。」
重厚な鉄門がゆっくりと開く。
手入れの行き届いた庭園の奥には、三階建ての壮麗な侯爵邸が建っていた。
先ほどの居城ほどではないが、それでも堂々たる佇まいだった。
クロエは軽やかに馬車を降りると、くるりと振り返った。
「カイン、エリー。」
クロエは二人を見て、笑顔を浮かべる。
「護衛してくれて、本当にありがとう。」
二人は頭を下げる。
「こちらこそ、ありがとうございました。」
クロエは満足そうに微笑み、小さく手を振る。
「それじゃあ――」
一瞬だけ間を置いて。
「またね!」
そう言って、屋敷の中へ駆けていった。
カインはその背中を見送りながら、小さく笑う。
「元気な人だったね。」
「本当ね。」
エリーも微笑み返した。
「カイン殿、エリー殿。」
声をかけてきたのは、私兵隊長だった。
「こちらを。」
差し出されたのは、一枚の書類。
「今回の護衛依頼の達成を証明するものです。ギルドへ提出してください。」
「ありがとうございます。」
カインは証明書を受け取り、大切にしまった。
◇
クロエを無事に送り届けたカインとエリーは、護衛依頼の達成を報告するため、再び冒険者ギルド支部を訪れた。
受付へ向かい、カインはベルシュタイン侯爵家で受け取った証明書を差し出す。
「護衛依頼の達成報告です。」
「はい。確認いたします。」
女性職員は証明書を受け取り、内容へ目を通した。
「ベルシュタイン侯爵家の護衛依頼ですね。」
そして、記載された名前を確認する。
「カインさんと、エリーさんですね。」
「はい。」
女性職員はもう一度証明書へ目を落とし、確認を終えると顔を上げた。
「確認いたしました。これで依頼達成となります。」
「ありがとうございます。」
初めての護衛依頼。
途中で盗賊の襲撃を受けることになったものの、クロエを無事に送り届けることができた。
これで――クエスト達成だ。
「それと。」
女性職員が、もう一枚の依頼書を取り出した。
「お二人に、新しい指名依頼が届いています。」
「指名依頼?」
まだ駆け出しの二人には、縁のないものだと思っていた。
「依頼主は――」
一拍置いて、告げる。
「ベルシュタイン侯爵家です。」
カインとエリーは、思わず顔を見合わせた。




