第九話 少年の背中
黒い魔剣の切っ先が、真っ直ぐカインへ向けられている。
「なぜ分かった?」
男が低い声で問いかけた。
カインは答えに詰まった。
どう説明すればいいのか、自分でも分からなかった。
「…………。」
男は口元を歪め、ゆっくりと距離を詰めた。
「お前のせいだ。」
「……。」
「完璧だった襲撃が失敗した。」
黒い魔剣を握る手に力がこもる。
「仲間は捕まり、計画もすべて潰れた。」
男――バルドの瞳に、怒りが宿った。
◇
少し離れた場所では、護衛の兵士がクロエのいるテントへ駆け寄っていた。
「クロエ様!」
「はい!」
「すぐに逃げられるよう、外へ!」
声を掛けられ、クロエは急いでテントを出た。
周囲では、まだ兵士たちと盗賊の戦いが続いていた。クロエを守るように数人の兵士が周囲を固め、その少し離れた場所ではエリーもロッドを構えて警戒していた。
クロエは、兵士たちの向こうにカインの姿を見つけた。
黒い魔剣を持つ大柄な男と向かい合っている。
「カイン……。」
小さく、その名を呼んだ。
その時だった。
バルドが魔剣を振り上げた。
「死ねーっ!!」
爆発するような魔力が黒い刀身から溢れ、周囲の空気が震えた。
次の瞬間、魔剣から放たれた巨大な火球が、一直線にカインへ襲いかかった。
「……っ!」
クロエが息を呑む。
熱風がカインの頬を焼いた。
「カイン!!」
エリーの叫び声が響く。
(まずい……!)
今まで受けたどんな攻撃よりも、明らかに威力が違う。
横へ跳べば、避けられるかもしれない。
だが、その先にはクロエとエリー、そして護衛の兵士たちがいる。
自分が避ければ、炎はそのまま彼女たちへ向かう。
(……それは駄目だ。)
カインは剣を握り直した。
巨大な炎が目前に迫る。
その瞬間、周囲の音が遠ざかった。
炎の揺らめきがひどくゆっくりと見える。まるで時間そのものが引き延ばされたかのようだった。
だが、それは一秒にも満たない刹那。
(どうする……?)
受け止めることはできない。
なら――。
(斬るしかない!)
剣を強く握り締める。
もう、余計なことは考えなかった。
ただ、迫り来る炎へ向かって剣を振り抜いた。
身体の奥から溢れたオーラが、吸い寄せられるように剣へと集まる。
淡い蒼白い光が刀身を包み、その軌跡が夜の闇を切り裂いた。
光を纏った刃が、迫り来る炎とぶつかる。
――轟音。
巨大な火球が、真っ二つに裂けた。
左右へ割れた炎が夜空を焦がし、凄まじい熱風が草原を吹き抜ける。
「な……。」
バルドが目を見開いた。
クロエも、周囲の兵士たちも、誰もが言葉を失っていた。
エリーも思わず息を呑んだ。
カインが無事だったことに安堵する一方で、その視線は淡い蒼白い光を纏った剣へと向けられていた。
(オーラ……。でも、あんな使い方、見たことない。)
やがて、刀身を包んでいた蒼白い光が消えていった。
「今だ! 取り押さえろ!」
兵士の声が響いた。
我に返った兵士たちが、一斉に駆け出す。
「くそっ!」
バルドもすぐに魔剣を構え直した。
最初に斬りかかった兵士の剣を、黒い刃が弾き返す。
「ぐっ!」
兵士が体勢を崩した。
その横から、別の兵士が斬り込む。
「邪魔だ!」
バルドが魔剣を薙ぎ払い、兵士たちは咄嗟に後ろへ跳んでその一撃をかわした。
さらに二人が左右から迫る。
「おおおっ!」
バルドは一人の剣を受け止め、その身体を力任せに押し返すと、続けてもう一人へ魔剣を振るった。
兵士が剣で受け止め、激しい金属音が夜の草原に響く。
その間にも、別の兵士たちがバルドを囲んでいった。
「ちっ……!」
バルドは周囲を見回し、魔剣を握り直した。
黒い刀身から、再び魔力が立ち昇る。
「させない!」
カインが地面を蹴った。
バルドが振り向く。
「なっ――」
カインは一気に間合いを詰め、振り上げられようとした魔剣へ剣を叩きつけた。
――ガキィンッ!
激しい金属音とともに、バルドの手から魔剣が弾き飛ばされた。
「今だ!」
その隙を、兵士たちは逃さなかった。
二人が左右からバルドの腕へ組みつく。
「離せっ!」
バルドが一人を振りほどく。
だが、すぐに別の兵士が背後から飛びかかり、さらに兵士たちが次々と加わった。
「ぐっ……!」
バルドの膝が地面についた。
それでも、バルドはなおも立ち上がろうとする。
「この……!」
しかし、もはや振りほどくことはできなかった。
数人の兵士が総がかりで、その身体を地面へ押さえ込む。
兵士たちはバルドの両腕を拘束した。
ようやく、戦いが終わった。
張り詰めていた空気が、少しずつ緩んでいく。
クロエは、その場から動けなかった。
先ほど目にした光景が、まだ頭から離れない。
自分たちへ迫っていた、巨大な炎。
その前に立っていた、一人の少年。
逃げることなく、真正面から剣を振り抜いた。
少し離れた場所で、黒髪の少年が静かに剣を下ろした。
クロエは、その姿をただ見つめていた。
――その背中から、目を離すことができなかった。




