第百十五話 日常
朝。
食堂には、穏やかな空気が流れていた。
いつもの賑やかさはない。
それでも、皆の表情には少しずつ笑顔が戻っている。
朝食を終えた頃、カインが静かに口を開いた。
「皆。」
「昨日は、ごめん。心配かけちゃって。」
ルーシーは優しく微笑む。
「気にすることはない。」
「一人で抱え込むことではないからの。」
その一言に、皆も静かに頷いた。
その時だった。
シルフィがにこにこしながら口を開く。
「でも!」
「ルーシー師匠いいなー!」
ルーシーは首を傾げる。
「何がじゃ?」
「だって、昨日カインと抱き合ってたから!」
「!!」
ルーシーの顔が、みるみる赤く染まる。
その瞬間。
エリー。
アリア。
セシリア。
三人の目が光った。
(来た!!)
ルーシーは慌てて咳払いをする。
「こ、コホン!」
「あれは、抱き合っておったのではない。」
「弟子を師匠として、優しく包み込んでおっただけじゃ!」
シルフィは不思議そうに首を傾げる。
「そうなの?」
「そうじゃ!」
ルーシーは胸を張る。
「弟子を抱き寄せるのは、師匠の特権じゃ!!」
その言葉を聞いた瞬間、アリアがはっとしたように顔を上げる。
「……じゃあ。」
「先輩にも、後輩を抱き寄せる特権あると思う。」
「!!」
エリーも何かに気付いたように声を上げる。
「そ、そうか!」
「じゃあ、義姉にも当然、その特権あるわ!!」
シルフィも元気よく手を挙げた。
「私も!」
「妹だから特権あるーー!!」
そこへ、セシリアも慌てて加わる。
「じゃ、じゃあ、私も……。」
しかし、途中で止まった。
「……あれ?」
(私の立ち位置って……。)
(何でしたっけ?)
少し考えたあと、恥ずかしそうにカインを見る。
「カインさん。」
「私にとって……じゃなくて。」
「カインさんにとって、私はどういう存在ですか?」
カインは少しだけ考えた。
「セシリアは、いつも治癒魔法で助けてくれるし。」
「誰にでも優しいし、いつも一生懸命だから。」
「見てると、守ってあげたくなる。」
「そんな存在かな。」
セシリアは耳まで真っ赤になる。
「……ありがとうございます。嬉しいです。」
その様子を見て、エリーとアリア、そしてルーシーは固まる。
(全部……。)
(美味しいところを……。)
(持っていきおった……。)
しかし、ここで引き下がる三人ではない。
エリーが勢いよく身を乗り出す。
「じゃあ! カイン!」
「私は?」
カインは笑う。
「エリーは、しっかりしたお姉ちゃんだけど。」
「無理して明るくしてる時もあるから。」
「そんな時は、俺がしっかりしないとって思う。」
エリーは頬を赤く染める。
「……ありがとう。嬉しい。」
続いて、アリアが尋ねる。
「じゃあ。カイン。」
「私は?」
「アリア先輩は、凛としててすごく強いけど。」
「時々、どこか儚く見えるんだ。」
「だから、近くで見守りたい。」
「そう思ってる。」
アリアも真っ赤になりながら俯いた。
「……ありがとう。」
シルフィは嬉しそうに笑う。
「じゃあ! カイン!」
「私は?」
「シルフィは、妹みたいかな。」
「ちょっと危なっかしくて、目が離せないし。」
「なんか、放っておけないんだよな。」
「えへへー!」
シルフィは満面の笑みだった。
ルーシーはどこか誇らしげに腕を組む。
「カインよ。遠慮することはない。」
「妾は、どうじゃ?」
皆の視線が一斉にカインへ集まる。
カインは少しだけ考え、にっこり笑った。
「ルーシー師匠は。」
「ルーシー師匠ですよね!!」
食堂が静まり返る。
「……は?」
ルーシーの頬が、みるみる赤く染まる。
「ばかものーーーー!!」
「師匠を何じゃと思っとるのじゃーー!!」
カインは目を丸くする。
「えっ!?」
「何かまずかったですか?」
その様子を見ていたリーナとリズは、顔を見合わせて小さく笑った。
(……やっぱり。)
(最後はルーシー師匠ですね。)
(そうですね。)
(じゃないと、落ち着きません。)
食堂には、いつもの笑い声が響き渡った。
◇
その日の夕方。
「アリアお嬢様。」
リーナが一通の手紙を手に、アリアへ声を掛けた。
「お手紙が届いております。」
「手紙?」
アリアは不思議そうに首を傾げる。
「はい。」
リーナは封筒へ目を落とした。
「差出人は、アルカディア神聖国――レオンハルト様です。」




