第百十四話 涙
夜。
いつもなら明るい笑い声に包まれている食堂は、静寂に包まれていた。
誰も、何も話さない。
今日の出来事が、皆の胸へ重く沈んでいた。
静かな食堂へ響くのは、食器が触れ合う小さな音だけ。
――カチャ。
――カチャ。
その音さえ、どこか寂しく聞こえる。
やがて、エリーが意を決したように立ち上がった。
「か、カイン。」
「あの……。」
その言葉を最後まで待たず、カインも静かに立ち上がる。
「俺……。」
「ちょっと、夜風に当たってくる。」
そう言うと、カインは静かに食堂を後にした。
◇
中庭。
夏の夜風が、木々を優しく揺らしていた。
雲一つない夜空。
月だけが、静かに中庭を照らしている。
カインは夜空を見上げた。
脳裏に、あの光景が蘇る。
(本当に……。)
(俺は、間違っていないのだろうか。)
全力で挑まなければ、負けていた。
それは分かっている。
それでも。
(でも……。)
(あの人は、娘さんを守るために……。)
カインは胸元からペンダントを取り出した。
静かに蓋を開く。
そこには、幼いサーシャが無邪気な笑顔を浮かべていた。
月明かりが、その笑顔を優しく照らしている。
(本当に……。)
(これで良かったのか。)
(まだ……分からない。)
ふと、気配を感じた。
振り返る。
少し離れた場所で、皆が静かに立っていた。
エリー。
アリア。
セシリア。
シルフィ。
そして。
ルーシー。
誰も言葉を掛けない。
ただ、カインを見つめていた。
心配そうな、優しい眼差しだった。
カインはゆっくりと歩き出し、ルーシーの前で足を止めた。
唇が震える。
一度飲み込んだ言葉を、もう一度絞り出すように口を開く。
「……ルーシー師匠。」
ルーシーは何も言わない。
「……すみません。」
「……教えて下さい。」
夜風だけが、二人の間を吹き抜ける。
「……俺は。」
「俺は……。」
その瞬間だった。
ふわりと身体が温もりに包まれる。
ルーシーは何も言わず、カインを優しく抱き締めていた。
子を抱くように。
そっと。
優しく。
そして、静かに口を開く。
「……間違ってはおらぬ。」
「お主は、皆を守った。」
「そして。」
「最後まで一人の戦士として気高く生きようとした、あの男の誇りも守ったのじゃ。」
静かな夜。
ルーシーはカインを抱き締めたまま、言葉を続ける。
「だから……。」
「何も、間違ってはおらぬ。」
「……はい。」
消え入りそうな返事だった。
その直後。
堪えていた想いが、一気に溢れ出す。
「……っ。」
小さな嗚咽が、静かな夜へ溶けていった。
その姿を、皆が静かに見つめていた。
エリー。
アリア。
セシリア。
シルフィ。
誰の頬にも、一筋の涙が伝っていた。
そして。
ルーシーもまた、何も言わない。
ただ、カインを抱き締めたまま。
月明かりに照らされた頬を、一粒の夜の雫が静かに伝っていた。




