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七星を廻る物語  作者: 豆柴の旅々
第六章 学園

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第百十三話 父

 カインは深く息を吸った。


 ヴァルガから視線を逸らさないまま、剣を両手で握る。


 全身を巡っていたオーラが、ゆっくりと剣へ集まり始めた。


 腕から。


 脚から。


 胸から。


 蒼白い光が剣へと集まっていく。


 これまでのように、ただ力任せに集めるのではない。


 身体の中を巡る流れを感じながら、少しずつ剣へと集束させていく。


 やがて刀身を覆う蒼白い光が、炎のように揺らめいた。


「…………」


 ヴァルガは何も言わない。


 ただ、その姿を見つめていた。


 そして、ゆっくりと大剣を構える。


 カインも剣を正面へ構えた。


 視線が交わる。


 次の瞬間。


 二人は同時に地を蹴った。


「おぉぉぉーーーー!!」


「うおぉぉぉーーーー!!」


 ヴァルガが大剣を振り上げる。


 上段からの一撃。


 カインは剣を両手で握り、真正面から受け止めた。


 ――ガキィィィン!!


「ぐっ……!」


 凄まじい衝撃が両腕を駆け抜ける。


 足元の地面が砕けた。


 重い。


 まともに力比べをすれば、押し切られる。


 カインは踏ん張るのではなく、剣を僅かに傾けた。


 大剣の軌道を横へ逸らす。


「っ!」


 ヴァルガの大剣が地面を叩いた。


 ――ドゴォン!!


 土が弾ける。


 その瞬間、カインは踏み込んだ。


 右下から剣を斬り上げる。


 だが、ヴァルガも速い。


 地面へ叩きつけた大剣を強引に引き戻し、カインの剣を受け止めた。


 ――キィン!!


 火花が散る。


 カインは止まらない。


 弾かれた剣をそのまま返す。


 右からの横薙ぎ。


 ヴァルガの肩が僅かに動いた。


(来る!)


 剣を見るより先に、カインは身を沈めた。


 頭上を大剣が通過する。


 ――ブォン!!


 風圧が髪を激しく揺らした。


 カインは低い姿勢のまま、一気に懐へ入る。


「はぁっ!!」


 刺突。


 だが、ヴァルガは半身になって躱した。


 剣先が脇腹を掠める。


「っ!」


 直後。


 ヴァルガの左脚が動いた。


 カインは地面を蹴る。


 ――ドゴッ!!


 蹴りが空を切った。


 先ほどまともに受けた一撃。


 もう同じ攻撃は受けない。


 着地と同時に、カインは再び前へ出た。


 ヴァルガも大剣を構え直す。


 剣と大剣が激突した。


 ――ガキィィィン!!


 離れる。


 踏み込む。


 再び剣が交わる。


 ――キィン!!


 ヴァルガが振り下ろす。


 カインは半歩横へ。


 大剣が地面を砕く。


 その隙へ剣を振るう。


 だが、届かない。


 ヴァルガが大剣を引き戻し、剣を弾く。


 ――ガキン!!


「くっ!」


 体勢が崩れる。


 そこへヴァルガが踏み込んだ。


 横薙ぎ。


 カインは剣を立てる。


 ――ガァァン!!


「ぐっ!!」


 身体ごと横へ弾き飛ばされた。


 靴底が地面を削る。


 それでも倒れない。


 カインは剣を握り直した。


「はぁ……。」


「はぁ……。」


 ヴァルガも肩で息をしている。


 二人の間に、僅かな距離が生まれた。


 荒い呼吸だけが響く。


 誰も声を上げない。


 周囲を取り囲む学生たちも、目の前で繰り広げられる戦いに言葉を失っていた。


 エリーも。


 アリアも。


 セシリアも。


 シルフィも。


 ルーシーも。


 ただ、二人を見つめている。


 カインは荒い呼吸を整える。


 ヴァルガは強い。


 力だけではない。


 速さ。


 技。


 経験。


 そのすべてで、自分を上回っている。


 それでも。


(まだ……。)


 剣を握る手に力を込める。


(まだ、終わってない。)


 ヴァルガが大剣を構えた。


 先ほどまでとは違う。


 片手で柄を握ったまま、大剣をゆっくりと頭上へ振り上げていく。


「…………」


 その姿を見た瞬間。


 カインにも分かった。


 次で決まる。


 カインは静かに息を吐いた。


 剣を包む蒼白いオーラが、激しく揺らめいている。


 全身を守っていたオーラは、もうない。


 受ければ。


 耐えられない。


 カインは剣を強く握り締めた。


(だったら……。)


 防がない。


 ヴァルガの一撃を正面から受け止めれば、今度こそ押し切られる。


(前へ……!)


 カインは真っ直ぐヴァルガを見据えた。


「うおぉぉぉぉぉーーーーーーーー!!!」


 ヴァルガが踏み込んだ。


 大剣が振り下ろされる。


 凄まじい風圧。


 地面を抉りながら、衝撃が一直線に迫る。


 カインも地を蹴った。


「うおおぉぉぉぉぉーーーーーーーー!!!」


「カインーー!!」


 エリーが叫ぶ。


 それでも、カインは止まらない。


 迫る衝撃。


 避ければ届かない。


 受ければ押し切られる。


 なら。


 正面から抜ける。


 両手で剣を握り締める。


 剣先を真っ直ぐ前へ。


 そして。


 突き出した。


 ――ドゴォォォォォン!!


 蒼白い光と衝撃が激突した。


「ぐっ……!」


 凄まじい圧力が全身を打ち据える。


 頬が裂ける。


 腕が軋む。


 足が止まりそうになる。


 それでも。


「まだだぁぁぁぁぁーーーー!!」


 踏み込む。


 剣を覆う蒼白い光が、衝撃の中へ食い込んだ。


 押し潰そうとする力を、剣先が少しずつ切り裂いていく。


 そして。


 ――バンッ!!


 衝撃が弾けた。


「っ!!」


 ヴァルガの目が見開かれる。


 カインは止まらない。


 目の前には、ヴァルガ。


 振り下ろされた大剣が、再び持ち上がる。


 カインはただ前へ出た。


 ここまで来た。


 あと少し。


 剣を握る両手へ力を込める。


「うおおおおぉぉぉぉぉーーーーーー!!」


 最後の一歩を踏み込む。


 ヴァルガも大剣を振るった。


 カインは剣を突き出す。


 そして。


 ――ドォォン!!


 二つの影が交錯した。


 爆音。


 巻き上がる土煙。


「カインーー!!」


 エリーが叫ぶ。


 だが、ルーシーは動かなかった。


「…………」


 土煙の向こうを、ただ静かに見つめている。


 風が吹いた。


 少しずつ土煙が流れていく。


 やがて。


 二人の姿が現れた。


「…………」


 ヴァルガは立っていた。


 そのすぐ前に、カインがいる。


 大剣は。


 カインの肩へ届く寸前で止まっていた。


 そして。


 ヴァルガの胸を。


 カインの剣が深く貫いていた。


「はぁ……。」


「はぁ……。」


 カインの荒い息だけが聞こえる。


 剣を握る手へ、鈍い感触が伝わってくる。


 肉を貫いた感触。


 剣を伝って流れる、温かな血。


「…………」


 カインの顔から血の気が引いていく。


(俺は……。)


 震える。


(人を……。)


 剣を握っている手が震え始めた。


 その時だった。


「……これでいい。」


「……え?」


 カインが顔を上げる。


 ヴァルガは静かに笑っていた。


 握っていた大剣から、ゆっくりと手を離す。


 ――ガラン。


 大剣が地面へ落ちた。


「俺の命は……もう長くはなかった。」


「…………」


 ヴァルガは左手を伸ばした。


 大きな手が、カインの肩へ置かれる。


「だから、気にするな。」


 カインは何も言えない。


「お前は……何も間違っていない。」


「…………」


 ヴァルガの手が肩から離れる。


 そして、首から下げていたペンダントへ触れた。


 ゆっくりと外す。


「カイン。」


「……はい。」


「これは、俺の頼みだ。」


 ペンダントを握ったまま、ヴァルガは一度言葉を止めた。


「…………」


 やがて。


 ほんの僅かに笑う。


「……いや。」


「気が向いたらでいい。」


 カインの目が僅かに揺れる。


「教会に囚われている娘を……。」


 ヴァルガはペンダントを差し出した。


「サーシャを……頼む。」


「…………」


 カインは震える手を伸ばした。


 ペンダントを受け取る。


 掌の中に、冷たい金属の感触が残った。


「……はい。」


 それだけだった。


 それ以上、何も言えなかった。


 ヴァルガは静かに頷いた。


「……すまない。」


 そして。


 ゆっくりと膝から崩れ落ちた。


 そのまま、大きな身体が地面へ倒れる。


「…………」


 ヴァルガは空を見上げた。


 青い空。


 流れていく白い雲。


 不思議なほど、穏やかだった。


(俺は……。)


 もう身体に力が入らない。


 音も。


 少しずつ遠くなっていく。


(最後まで……。)


 それでも。


 悔いはなかった。


(一人の戦士として……。)


(戦えた。)


 ヴァルガの口元が僅かに緩む。


 そして。


 瞼を閉じようとした、その時だった。


『お父さん!』


「…………」


 幼い声。


 ヴァルガの瞳が僅かに開く。


 目の前には誰もいない。


 それでも。


 見えた気がした。


 まだ幼かったサーシャ。


 小さな身体。


 無邪気な笑顔。


 そして。


 自分の指を握る、小さな手。


『お父さん!』


(……サーシャ。)


 もう一度。


 あの小さな手を握りたかった。


 もう一度。


 あの笑顔を見たかった。


(……もう少しだけ……。)


 一緒にいたかった。


 ヴァルガの目尻から、一筋の涙が流れた。


(サーシャ……。)


(幸せに……。)


 ほんの僅かに。


 ヴァルガは笑った。


 そして。


 静かに目を閉じた。


「…………」


 カインは何も言えなかった。


 倒れたヴァルガを、ただ見つめている。


 エリーも。


 アリアも。


 セシリアも。


 シルフィも。


 誰一人、言葉を発することができなかった。


 ルーシーもまた。


 静かに目を伏せる。


 風が吹いた。


 ヴァルガの髪を。


 カインの髪を。


 優しく揺らしていく。


 その手の中で。


 託されたペンダントだけが、静かに光を反射していた。

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