第百九話 学園祭
翌日。
学園は休日だった。
アリアの別邸では、カインたちが応接室に集まり、昨日の剣術大会の話で盛り上がっていた。
そんな中、クロエは少し頬を膨らませながらカインを見つめる。
「それはそうと。」
「カイン。」
「昨日は本当に恥ずかしい思いをしたんだから。」
「責任取ってよ!」
カインは目を丸くする。
「……責任?」
クロエは真っ赤になりながら頷いた。
「そう!」
「昨日のお詫びに。」
「秋の学園祭、私とデートして!」
カインは首を傾げる。
「デート?」
その言葉を聞いたルーシーも、静かに首を傾げた。
(……『でーと』とは何じゃ?)
その時だった。
シルフィが不思議そうに尋ねる。
「ねぇ。」
「『でーと』って何?」
ルーシーは心の中で、シルフィへ盛大な喝采を送った。
(良うやった!!)
クロエは耳まで真っ赤になる。
「デートっていうのは……。」
「その……。」
「二人きりで屋台を回ったり、手を繋いで歩いたり。」
「そういう……。」
「逢瀬のこと……。」
そこまで言うと、恥ずかしさのあまり両手で顔を隠した。
その言葉を聞いた女性陣の頬が、一斉に赤く染まる。
(カインと二人きり……。)
(手を繋ぐ……。)
最初に声を上げたのはエリーだった。
「ず、ずるい!」
「わ、私だって!」
「そんなことしたことない!」
「わ、私も『でーと』するわ!」
アリアも少し頬を赤らめる。
「……私も、少し興味があるわ。」
「だから……私もやってみたい。」
セシリアも慌てて手を挙げた。
「み、みなさんがするのでしたら、私も……!」
「私も『でーと』に挑戦します!」
シルフィも元気よく手を挙げる。
「楽しそう!」
「私もするー!」
その様子を見ていたルーシーが、軽く咳払いをした。
「コホン。」
「お主ら、何を慌てておる。」
一同の視線がルーシーへ集まる。
「まずはカインに、女子の扱いの極意を授けねばならぬ。」
ルーシーは得意げに胸を張った。
「よって、妾が先陣を切り、カインに『でーと』がいかなるものか教えてやろうぞ!!」
応接室が、水を打ったように静まり返った。
◇
しばらくして。
クロエが小さく咳払いをした。
「コ、コホン。」
「……ところで。」
「カイン。」
「学園はどうするの?」
カインは少し考えた。
クロエからの依頼は、もう達成した。
もともと学園へ来た理由は、それだった。
ならば、また冒険者として旅へ出るべきなのだろう。
しかし、学園は今まで知らなかった世界をたくさん見せてくれた。
新しい仲間。
新しい学び。
そして、自分でも知らなかった気持ち。
「実は。」
「まだ迷ってて……。」
ルーシーは優しく微笑んだ。
「カインよ。」
「急いで決めることはない。」
「この今という時間は、今しかない。」
「だから、よく悩んでから決めるがよい。」
「はい!」
「ルーシー師匠!」
ルーシーは満足そうに頷いた。
「それに、妾も学園祭とやらが楽しみゆえ。」
シルフィがにこりと笑う。
「なーんだ!」
「ルーシー師匠。」
「カインとの『でーと』が楽しみなんだね!」
ルーシーはぴたりと固まった。
みるみるうちに、その顔が赤くなっていく。
「ええい!」
「ええい!」
「な、な、何ということを言わせるのじゃ!」
そして、なぜかその矛先がカインへ向いた。
「カイン!」
「このばか弟子がーー!!」
カインは目を丸くする。
「えっ!?」
「俺ですか!?」
応接室は大きな笑いに包まれた。
◇
翌朝。
玄関の前には、いつものようにクロエの馬車が停まっていた。
馬車はセントリア学園へ向け、ゆっくりと街中を進んでいく。
車内では、秋の学園祭の話で盛り上がっていた。
「屋台、楽しみですね!」
「私は甘いもの!」
「私は串焼き!」
賑やかな笑い声が車内へ響く。
そんな中、クロエがふと思い出したように口を開いた。
「そういえば。」
「もうすぐ夏休みだけど、カインはどうするの?」
カインは少し考える。
「うーん。」
「少しは冒険者として、クエストにも挑戦したいかな。」
クロエは少しだけ身を乗り出した。
「ずっとクエスト?」
「いや。」
「ずっとじゃないよ。」
「何かいい依頼があれば。」
その言葉を聞いて、クロエの表情がぱっと明るくなった。
「だったら!」
「みんなで我が家の別荘に――」
――ゴォーン。
馬車の中が静まり返った。
――ゴォーン。
「……?」
アリアが眉をひそめる。
窓の外では、何人もの学生が必死な表情で学園から駆け出していた。
敵襲を告げる鐘の音が、街中へ鳴り響いた。




