第百八話 決着
立ち上がったカインへ、再び割れんばかりの歓声が送られた。
「カインーー!!」
「いけーー!!」
「クロフォードも負けるなーー!!」
観客たちの声が重なり、闘技場全体が震えるような熱気に包まれていく。
その中心で、カインは荒い息を吐いていた。
「はぁ……。」
「はぁ……。」
握った木剣が小さく震えている。
向かいに立つクロフォードも、肩で大きく息をしていた。
額から流れた汗が顎を伝い、石畳へ落ちる。
二人は再び木剣を構えた。
そして、ゆっくりと間合いを詰める。
先に踏み込んだのはクロフォードだった。
だが、その一歩に先ほどまでの鋭さはない。
右から木剣が振るわれる。
カインは剣を立てた。
――カンッ!
「っ……!」
どうにか受け止める。
だが、衝撃に耐えきれず、一歩後ろへよろめいた。
クロフォードも追えない。
「はぁ……。」
「はぁ……。」
その様子を見つめる観客席から、声が飛ぶ。
「いけーー!!」
「まだ終わってないぞーー!!」
その声に背中を押されるように、今度はカインが地を蹴った。
重い足を無理やり前へ運び、木剣を振り下ろす。
――カンッ!
クロフォードが右手の木剣で受け止めた。
「ぐっ……!」
左肩に鋭い痛みが走り、クロフォードの身体が大きく沈む。
カインはさらに一歩踏み込み、木剣を返した。
脇腹へ。
――ドッ!
「っ……!」
クロフォードの身体が横へよろめく。
「入ったーー!!」
「カインーー!!」
大歓声が爆発した。
しかし、クロフォードは倒れない。
左肩を庇いながらも踏み止まり、右手で木剣を振り抜く。
――ドッ!
「ぐっ……!」
今度はカインの肩へ木剣が叩き込まれた。
「クロフォードーー!!」
「まだいけるぞーー!!」
さらに大きな歓声が上がる。
カインも倒れない。
二人はふらつきながら距離を取った。
もう、最初のような速さはない。
鋭さもない。
呼吸は乱れ、腕は震え、足も思うように動かない。
それでも、二人は木剣を構える。
互いに一歩も引かない。
「カインーー!!」
「クロフォードーー!!」
「いけえええええーー!!」
観客たちが立ち上がる。
声が重なる。
足を踏み鳴らす音が響く。
闘技場全体が揺れているかのような大歓声の中、二人は真っ直ぐに互いを見つめていた。
カインの足が僅かに沈む。
クロフォードも右手の木剣を握り直した。
その瞬間。
あれほど響いていた歓声が、少しずつ消えていく。
一人。
また一人。
誰もが声を止めていく。
やがて、闘技場は静寂に包まれた。
誰もが分かっていた。
次で決まる。
カインが地を蹴った。
同時に、クロフォードも踏み込む。
残った力をすべて振り絞るように、互いの木剣を振り抜いた。
――ドッ!!
二本の木剣が、それぞれの肩を捉えた。
カインの身体が揺れる。
クロフォードも大きくよろめいた。
それでも二人は倒れない。
数秒。
どちらも動かなかった。
静まり返った闘技場で、二人の荒い呼吸だけが聞こえる。
「はぁ……。」
「はぁ……。」
やがて、クロフォードの身体から力が抜けた。
膝が崩れる。
それでも、最後まで立っているカインを見上げた。
そして、静かに微笑む。
「カイン。」
「君の……勝ちだ。」
そのまま、ゆっくりと前へ倒れた。
カインは立っていた。
震える足で。
木剣を握ったまま。
ただ一人、立っていた。
マイクが呆然と二人を見つめる。
「勝った……。」
小さな声が、魔道具を通して闘技場へ響いた。
そして。
「ついに!!」
マイクが拳を突き上げる。
「ついに決着です!!」
「勝者ーー!!」
「カイン選手ーーーー!!」
――ワアアアアアアアアアアアッ!!
この日一番の大歓声が爆発した。
観客たちが一斉に立ち上がる。
拍手が鳴り響く。
カインの名を呼ぶ声が、幾重にも重なって闘技場を埋め尽くしていく。
「カインーー!!」
「すげえぞーー!!」
「優勝だーー!!」
カインは呆然と、その声を聞いていた。
(……勝った?)
(……勝つことができた。)
ゆっくりと観客席へ振り返る。
「カインーーー!!」
真っ先に聞こえてきたのは、エリーの声だった。
大きく手を振りながら、その瞳には涙が浮かんでいる。
アリアも安堵したように胸へ手を当て、セシリアは目元を拭いながら微笑んでいた。
「やったーー!!」
シルフィは両手を上げ、その場で飛び跳ねている。
クロエも目に涙を浮かべながら、嬉しそうに笑っていた。
そして、その隣では。
ルーシーが腕を組み、どこか誇らしげにカインを見つめていた。
カインと目が合う。
ルーシーは何も言わず、小さく頷いた。
カインも小さく笑った。
◇
しばらくして。
係の学生に支えられながら、クロフォードがカインのもとへ歩み寄ってきた。
「カイン。」
「素晴らしい勝負だった。」
「……はい。」
クロフォードはふと観客席へ視線を向けた。
その先には、涙ぐみながらカインを見つめるクロエの姿がある。
その表情には、安堵の笑みが浮かんでいた。
クロフォードはしばらくその姿を見つめると、小さく微笑んだ。
「……そうか。」
「自分のけじめもついたよ。」
「ありがとう。」
(……けじめ?)
カインには、その言葉の意味が分からなかった。
それでも、何も聞かなかった。
「こちらこそ。」
「ありがとうございました。」
「クロフォード様。」
クロフォードは穏やかに微笑む。
そして、係の学生に支えられながら静かに闘技場を後にした。
カインはその背中を黙って見送る。
やがて、大きく息を吐いた。
長かった決勝が、ようやく終わった。
闘技場を包んでいた歓声も、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
その時だった。
「さあ!!」
突然、マイクの声が響き渡った。
「皆様!!」
「まだ終わりではありません!!」
「……?」
カインが顔を上げる。
静まりかけていた観客席も、再びざわめき始めた。
マイクはそんな会場を見渡し、にやりと笑う。
「この大会には!!」
「優勝者だけに与えられる!!」
「もう一つの特権があります!!」
「……あ。」
アリアたちが同時にはっとする。
(……忘れてた。)
(クエストだった。)
マイクは声を拡散する魔道具を高々と掲げた。
「皆様!!」
「お待たせしました!!」
「本日のメインイベント!!」
「告白の時間でーーーす!!!」
――ワアアアアアアッ!!
先ほどとはまるで違う熱狂が闘技場を包み込んだ。
「きゃーーーー!!」
「誰なのーー!?」
「カインさーーん!!」
女性たちの黄色い歓声が飛び交い、あちこちから囃し立てる声や口笛まで聞こえてくる。
マイクは満面の笑みを浮かべ、カインへ魔道具を向けた。
「それでは!!」
「カイン選手!!」
「意中の女性は!!」
「誰ですかーーーー!?」
その瞬間。
闘技場は水を打ったように静まり返った。
数え切れないほどの視線が、一斉にカインへ集まる。
エリーも。
アリアも。
セシリアも。
シルフィも。
ルーシーも。
そして、クロエも。
じっとカインを見つめていた。
(……誰を選ぶの?)
クロエの胸が大きく鳴る。
そして、ふと思う。
(……もしかして。)
(私……?)
カインは少しだけ考えた。
「えっと……。」
闘技場中が、その一言に耳を澄ませる。
「クロエ・ベルシュタイン様。」
「きゃああああああああーーーーー!!」
「うおおおおおおおーーーー!!」
「ひゅーーーー!!」
大歓声が爆発した。
観客たちが一斉に立ち上がり、拍手と口笛が闘技場中へ響き渡る。
クロエは、はっと目を見開いた。
「え……。」
みるみるうちに、その頬が赤く染まっていく。
マイクも興奮したように声を張り上げた。
「なんとーー!!」
「カイン選手に選ばれた幸運な女性は!!」
「クロエ様です!!」
「まさに!!」
「勝利の女神ーー!!」
さらに歓声が大きくなる。
「それでは!!」
「クロエ様!!」
「壇上へどうぞ!!」
クロエは顔を真っ赤にしたまま、係の学生に促されて壇上へ向かった。
一歩進むたびに、観客席から歓声が飛んでくる。
「クロエ様ーー!!」
「頑張ってーー!!」
「お似合いだぞーー!!」
「ちょ、ちょっと……!」
耳まで赤くしながら、クロエはカインの前へ立った。
会場中の視線が二人へ集まる。
マイクは満面の笑みで、カインへ魔道具を向けた。
「それでは!!」
「カイン選手!!」
「告白をどうぞ!!!」
再び、静寂。
クロエは顔を真っ赤にしながら、カインを見つめる。
「……はい。」
カインはゆっくりと口を開いた。
「俺は……。」
誰もが固唾を呑んで、その続きを待つ。
クロエの胸が、これまでにないほど大きく鳴っていた。
「ついに……。」
クロエはそっと目を閉じる。
そして。
「クエストを達成できました!!」
「…………は?」
一瞬。
会場の時間が止まった。
クロエが目を開く。
マイクも固まっている。
観客席も静まり返っていた。
次の瞬間。
「カ、カインの!!」
クロエは耳まで真っ赤になって叫んだ。
「ばかーーーー!!」
――ワハハハハハハハハッ!!
今度は大歓声ではなく、大爆笑が闘技場を包み込んだ。
◇
校舎の屋根の上。
一人の男が、静かに立っていた。
「……。」
次の瞬間。
男の姿は、もうそこにはなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
学園編はいかがでしたでしょうか。
次章はいよいよ、第一部の最終章となる「決戦編」です。
カインたちを待ち受ける新たな試練。そして、これまでの旅で積み重ねてきたものが、どのような結末へとつながっていくのか。
ぜひ、最後まで見届けていただければ嬉しいです。
少しでも面白いと思っていただけましたら、評価やブックマークで応援していただけると励みになります。
引き続き『七星を廻る物語』をよろしくお願いいたします。




