第百七話 決意
立ち上がったクロフォードの姿に、再び大歓声が沸き起こった。
闘技場が興奮に包まれる中、カインは静かに木剣を構える。
次の瞬間、クロフォードが地を蹴った。
一気に間合いを詰め、右から鋭い横薙ぎを放つ。
カインは木剣を立てた。
――カンッ!
受け止める。
その直後、クロフォードの剣が返った。
今度は左から。
――ガッ!
「っ!」
カインは身体を捻りながら受け流す。
だが、クロフォードは止まらない。
さらに一歩踏み込み、下から木剣を跳ね上げた。
――カンッ!
カインは咄嗟に剣を下げて受ける。
木剣同士が激しくぶつかり、その衝撃で両腕が跳ね上がった。
(……速い!)
さっきよりも明らかに速い。
カインが一歩下がる。
クロフォードがすぐさま距離を詰め、上段から木剣を振り下ろした。
カインは半歩横へずれる。
木剣が肩を掠めた。
「っ……!」
すぐさまクロフォードが手首を返し、横薙ぎへ繋げる。
――ガッ!
カインは剣を合わせるが、その勢いを受け止めきれない。
さらに一歩、後ろへ押し込まれる。
その瞬間、クロフォードの身体が沈んだ。
(……っ!)
次の一撃が、カインの脇腹を捉えた。
――ドッ!!
「ぐっ……!」
鈍い衝撃が身体の奥まで突き抜ける。
カインの身体がくの字に折れ、そのまま片膝をついた。
「入ったーー!!」
マイクの声が響く。
「今度は!」
「クロフォード選手の見事な一撃です!!」
闘技場が一気に沸き上がった。
クロフォードは追撃せず、荒い息を吐きながら木剣を構え直す。
「はぁ……。」
その眉が僅かに歪んだ。
先ほどカインに打たれた左肩が、ずきりと痛む。
左腕にも、僅かな震えが走っていた。
(……浅いか。)
クロフォードは呼吸を整えながら、片膝をつくカインを見据える。
一方、カインは脇腹を押さえながら、ゆっくりと顔を上げた。
木剣を地面につき、震える足に力を込める。
そして、立ち上がった。
「立ったーー!!」
「カイン選手!」
「立ち上がりました!!」
「試合継続です!!」
再び大歓声が響く。
クロフォードが息を整える。
カインも木剣を構え直した。
互いに視線を交わし、再び地を蹴る。
――ガッ!!
木剣が激しくぶつかる。
カインが横へ回り込む。
クロフォードも身体の向きを変え、その動きを追った。
低く振るわれた木剣が、カインの足元を襲う。
「っ!」
咄嗟に足を引く。
だが、間に合わない。
――バシッ!
木剣が腿を打つ。
カインの体勢が崩れた。
そこへクロフォードが剣を返す。
――ガッ!
今度は腕を打たれる。
それでもカインは木剣を離さない。
足を踏み締め、その場に留まった。
クロフォードがさらに踏み込む。
肩を狙った一直線の突き。
――ドッ!
「ぐっ!」
カインの身体が後ろへ弾かれ、再び片膝をついた。
荒い息を吐く。
それでも木剣を握る手は離さない。
地面を蹴り、もう一度立ち上がる。
クロフォードが迫った。
カインも前へ出る。
――ガッ!
再び二本の木剣が激突した。
弾かれる。
打ち込まれる。
それでも、カインは何度も前へ出た。
だが、限界へ近づいているのはカインだけではない。
いつしかクロフォードも肩を大きく上下させ、荒い息を吐いていた。
「はぁ……。」
「はぁ……。」
左肩の痛みは、時間が経つほど強くなっている。
額から流れ落ちた汗が頬を伝い、木剣を握る右手にも滲んでいた。
それでもクロフォードは前へ出る。
カインも退かない。
何度も木剣が交わされる。
やがて、カインの身体が大きく揺れた。
膝から力が抜け、その場へ崩れ落ちる。
マイクも、いつしか実況を忘れていた。
あれほど歓声に包まれていた闘技場から、声が消えていく。
誰もがただ、倒れた少年を見つめていた。
カインの手が地面につく。
腕が震える。
「はぁ……。」
「はぁ……。」
身体を支えるだけで精一杯だった。
それでも、木剣だけは離していなかった。
◇
クロエは、ただ静かにその背中を見つめていた。
打たれても立ち上がる。
傷ついても前へ進む。
何度倒されても、諦めようとしない。
その姿から、どうしても目を離すことができなかった。
クロエの両手が、いつの間にか強く握り締められていた。
「カイン!!」
静まり返っていた闘技場に、クロエの声が響く。
「負けないでーーー!!」
エリーがはっと顔を上げた。
「カイン!!」
「立ってーーー!!」
「カイン! 諦めないで!!」
アリアも身を乗り出す。
「カインさん! 頑張って下さい!!」
セシリアも胸の前で両手を握り締めた。
「カイン! 頑張れーー!!」
シルフィが立ち上がり、両手を大きく振る。
ルーシーは黙ったまま、その声を聞いていた。
やがて、静かに立ち上がる。
真っ直ぐにカインを見つめた。
「カイン!」
「勝つのじゃ!!」
少し離れた席から、ソフィアの声も続く。
「カイン!!」
「頑張ってーー!!」
その声につられるように、一人、また一人と観客が立ち上がった。
「カイン!」
「立てーー!!」
「まだ終わってないぞ!!」
「頑張れーー!!」
声は次第に大きくなり、やがて闘技場中を包み込んでいった。
◇
カインは俯いたまま、皆の声を聞いていた。
荒い呼吸を繰り返す。
身体中が痛い。
腕にも、足にも、ほとんど力が入らない。
それでも、木剣を握った手だけは離さなかった。
これまでの戦いが脳裏をよぎる。
いつも背中には、守りたい人がいた。
誰かを守るために剣を振るってきた。
しかし、今ここには守るべき人はいない。
(……そうか。)
(ルーシー師匠は、気づいていたんだ。)
(俺の剣が、誰かを守るための剣だって。)
カインの指が木剣を握り直す。
(じゃあ。)
(俺は、何のために戦っている?)
痛い。
苦しい。
もう倒れてしまいたい。
それでも、身体は立ち上がろうとしている。
(……なんで。)
カインは静かに目を閉じた。
仲間たちの声が聞こえる。
闘技場を埋め尽くす大歓声が聞こえる。
その中で、ようやく一つの答えに辿り着いた。
(……そうか。)
(俺は。)
(負けたくない。)
地面についていた手に力が入る。
(勝ちたいんだ。)
カインは木剣を支えに、ゆっくりと身体を起こした。
震える膝を伸ばしていく。
そして。
立ち上がった。
大歓声が響き渡る中、カインは木剣を握り直す。
真っ直ぐにクロフォードを見つめた。
クロフォードも黙ってカインを見つめ返している。
肩で大きく息をしていた。
先ほど打たれた左肩は痛みを増し、左腕にも僅かな震えが走っている。
それでも、クロフォードは退かなかった。
右手で木剣を握り直し、ゆっくりと構える。
カインも木剣を構えた。
「俺は――」
震える足で、しっかりと地面を踏み締める。
「あなたに勝つ!!」
その瞳には、もう迷いはなかった。




