第百四話 剣術大会
翌朝。
夏の朝日が、アリアの別邸を明るく照らしていた。
玄関の前には、いつもの馬車が静かに停まっている。
扉が開き、クロエが笑顔で降りてきた。
「皆さん。おはようございます!」
「おはよう!」
真っ先に答えたのはシルフィだった。
いつもと変わらない明るい声に、カインも小さく笑みを浮かべる。
「おはよう。クロエ。」
◇
馬車はセントリア学園へ向け、ゆっくりと街中を走る。
「いよいよ今日だね!」
シルフィが楽しそうに声を上げる。
「カインなら大丈夫よ。」
エリーも笑顔を向けた。
「うん。ありがとう。」
カインはそう答えながら、膝の上に置いた手を静かに握る。
窓の外を眺めながら、これまでの修行を思い返していた。
やがて、馬車がセントリア学園へ到着する。
扉が開き、クロエを先頭に一人ずつ馬車を降りていく。
最後にカインが降りると、クロエが静かに振り返った。
「……カイン。」
カインは足を止める。
クロエは穏やかに微笑んだ。
「最後は自分の心に、正直に向き合ってね。」
それだけ告げると、クロエは再び前を向く。
「皆さん。行きましょう!」
カインは、その言葉を静かに胸の中で繰り返した。
(自分の心に……。)
◇
ついに、学園最大のイベントの一つ。
剣術大会の幕が上がる。
午前中。
予選が始まった。
正方形に区切られた試合場の中央で、カインは木剣を握る。
「カインー! 頑張れー!」
観客席から、シルフィの大きな声が飛んでくる。
「カイン! 落ち着いてね!」
エリーも声を上げた。
「カイン! 頑張ってー!」
ソフィアも大きく手を振っている。
その隣では、アリア、セシリア、ルーシー、クロエもカインの初戦を見守っていた。
カインは皆の声に小さく笑って頷くと、再び前を向いた。
向かいに立つのは、カインよりも年上の男子生徒だった。
男子生徒が木剣を構え、カインを見る。
「一年の新入生か。」
口元に笑みを浮かべると、両手で木剣を握り直した。
「悪いけど、手加減はしないぞ!」
「はい!」
二人が木剣を構える。
審判が片手を上げた。
「――はじめ!」
その声と同時に、男子生徒が勢いよく地面を蹴った。
真っ直ぐカインへ迫り、木剣を大きく振り上げる。
以前なら、カインも剣を構え、正面から受け止めていた。
だが。
今は違う。
カインは動かなかった。
迫る木剣だけを見るのではなく、その肩へ視線を向ける。
踏み込んだ足。
僅かに前へ傾く重心。
(……見える。)
木剣が勢いよく振り下ろされた。
その瞬間、カインは半歩だけ身体をずらす。
――ブンッ!
木剣がカインの目前を通り過ぎた。
「なっ!?」
カインはすでに踏み込んでいた。
振り下ろした直後の懐へ入り、木剣を下から鋭く振り上げる。
――カンッ!
男子生徒の手から木剣が弾き飛ばされた。
「くっ!?」
カインはそのまま一歩踏み込み、木剣を止める。
その切っ先は、男子生徒の胸元へ向けられていた。
男子生徒は目を見開き、やがて両手を上げる。
「……参った。」
「そこまで!」
審判が大きく手を上げた。
「勝者、カイン選手!」
観客席から歓声と拍手が沸き起こった。
「やったー!」
シルフィが両手を上げて喜ぶ。
その隣で、アリアは静かにカインを見つめていた。
「……変わったわね。」
「え?」
エリーが振り向く。
「前のカインなら、今の攻撃を正面から受けていた。」
アリアは試合場から戻っていくカインを目で追う。
「でも、今は違う。」
相手の攻撃を見て。
動きを読み。
必要な瞬間だけ、自分の剣を振るう。
昨日、中庭で剣を交えた時と同じだった。
アリアの口元に、僅かな笑みが浮かぶ。
「ちゃんと、相手を見て戦えてる。」
その勝利を皮切りに、カインは予選を順調に勝ち上がっていった。
◇
一方。
別の試合場。
――カンッ!
弾き飛ばされた木剣が地面を転がる。
クロフォードの木剣が、対戦相手の胸元で止まっていた。
「……参った。」
「そこまで!」
審判が片手を上げる。
「勝者、クロフォード選手!」
観客席から大きな歓声が上がる。
その中央で、クロフォードは表情を変えることなく木剣を下ろした。
そして、静かに観客席へ視線を向ける。
その先には、クロエが座っていた。
クロエは騒ぐこともなく、ただ静かにその姿を見つめていた。
◇
そして午後。
本選が始まった。
一回戦。
二回戦。
カインは危なげなく勝利を重ねていく。
試合を重ねるたび、観客席からカインの名を呼ぶ声も増えていった。
そして、ついに準決勝。
闘技場は立ち見が出るほど、大勢の学生たちで埋め尽くされていた。
歓声と拍手が飛び交い、会場は凄まじい熱気に包まれている。
正方形に区切られた試合場へ、カインが姿を現した。
「カインさーん!」
「頑張ってー!」
「カインくーん!」
「素敵ー!」
黄色い歓声が一斉に飛び交う。
入学したばかりの新入生。
しかし、予選、本選と快進撃を続けるその姿は、学園中の注目を集めていた。
女子生徒たちから見れば、普段はどこか守ってあげたくなるような雰囲気。
それでいて、剣を握れば真っ直ぐで力強い。
そんな姿が、いつしか多くの女子生徒の心を掴んでいた。
観客席では、シルフィが目を丸くする。
「カイン。すごい人気だね?」
ルーシーは腕を組み、鼻を鳴らした。
「ふん。」
「カインのこと、何も知らぬくせに。」
「色目を使いおって、けしからんわ。」
(……嫉妬してる。)
エリーは心の中で苦笑する。
(ルーシー師匠……。)
アリアは思わず口元を緩めた。
(か、可愛いです……。)
セシリアも頬を緩める。
壇上では、声を拡散する魔道具を手にした男性が大きく両手を広げた。
「皆様!」
「本日は剣術大会へお越しいただき!」
「誠にありがとうございます!」
「解説兼審判を務めます!」
「私!」
「マイク・コリンズです!」
会場から大きな拍手が沸き起こる。
マイクは満足そうに頷いた。
「それでは!」
「皆様、お待ちかね!」
「準決勝です!!」
「まずは! 昨年度準優勝!」
「ダルトン選手!!」
試合場へ、大柄な青年が姿を現す。
鍛え上げられた身体。
その手には、大きな木剣が握られている。
観客席から大きな拍手が送られた。
「そして! 今大会期待の新星!」
「快進撃を続けるカイン選手です!!」
「カインさーん!」
「頑張ってー!」
再び、闘技場が歓声に包まれる。
マイクは大きく右手を振り上げた。
「ルールはこれまでと同じ!」
「相手を場外へ落とす!」
「負けを認める!」
「または戦闘継続不能となった時点で決着となります!」
会場が静まり返る。
「それでは!」
「準決勝!」
「――はじめ!!」




