第百二話 感謝
翌日。
学園は休日だった。
朝。
爽やかな初夏の風が、青々と茂る木々の葉を揺らしている。
アリアの別邸の中庭には、木剣が激しくぶつかり合う音が響いていた。
――ガッ!
――カンッ!
何度も剣を交え、しばらくして二人は木剣を下ろす。
額に滲んだ汗を拭いながら、静かに息を整えた。
アリアが口を開く。
「カイン。本当に大丈夫なの?」
カインは笑顔で頷く。
「うん! もうすっかり。」
「セシリアのお陰で、傷も全部治ったから。」
そして、少し考えるように木剣を見つめた。
「それに……。」
アリアは首を傾げる。
「それに?」
「少し、分かったことがあって。」
「分かったこと?」
「うん。」
カインはゆっくり頷く。
「俺、今まで、攻撃することばかり、考えてたんだなって。」
「どう攻撃するかじゃなくて。」
「相手がどう攻撃してくるかも、ちゃんと見ないと駄目なんだなって。」
その言葉に、アリアは静かに目を伏せた。
(……そっか。)
(私はルーシー師匠ほど、上手く教えられない。)
もし、もっと上手く教えられていたなら。
カインは、あんな大怪我をせずに済んだかもしれない。
そんな後悔が、アリアの表情へ静かな影を落とす。
しかし、カインは笑った。
「でも、この修行のお陰で、勝つことができた!」
「修行してなかったら、多分、負けてたと思う。」
そして、真っ直ぐアリアを見る。
「だから。」
「ありがとう。」
「アリア先輩!」
アリアは、はっと顔を上げた。
朝日が、金色の髪を優しく照らす。
しばらく、二人の間へ静かな時間が流れた。
やがて、アリアは柔らかく微笑む。
「……うん。」
「こちらこそ、ありがとう。」
「え? 何で?」
アリアは小さく首を振った。
「ううん。何でもない。」
◇
そこへ、リーナが静かに歩み寄る。
「アリアお嬢様。」
「ローゼンタール商会の方がお見えですが、いかがいたしますか?」
アリアは頷いた。
「分かったわ。着替えて行くから、応接室へ案内して。」
「かしこまりました。」
リーナは一礼し、屋敷の中へ戻っていった。
◇
着替えを済ませたカインとアリアは、エリー、セシリア、シルフィ、ルーシーと共に応接室へ向かった。
扉を開けると、ソフィアと一人の男性が立って待っていた。
栗色の髪と、大きな人懐っこい栗色の瞳。
若草色の品の良いドレスに身を包んだソフィアは、制服姿よりも少しだけ大人びて見えた。
リーナとリズが茶の用意をする中、男性は深く一礼する。
「初めまして。」
「ローゼンタール商会の、ギルバート・ローゼンタールと申します。」
「ご挨拶が遅れ、誠に申し訳ございません。」
深々と頭を下げる。
「昨日は、娘を助けていただき、本当にありがとうございました。」
ソフィアも頭を下げた。
「皆様。昨日は本当にありがとうございました。」
◇
応接室は、次第に和やかな空気へ包まれていく。
やがてギルバートは興奮した様子で、昨日の戦いを語り始めた。
「それでですね!」
「カイン君が、こう剣を構えて!」
ギルバートは両手で剣を構えるような仕草をする。
「最後は、拳でドカーンと!」
今度は勢いよく拳を突き出した。
あまりに熱の入った様子に、一同は思わず笑みを浮かべる。
穏やかな時間が流れていった。
◇
しばらくして、ギルバートは立ち上がる。
「では、本日はこれで失礼いたします。」
そして、満面の笑みを浮かべた。
「遠慮などなさらず!」
「何でも仰ってください!」
「ローゼンタール商会の総力を挙げて、必ずお力になります!」
深く一礼し、二人は応接室を後にした。
その時だった。
ソフィアがふと立ち止まり、カインへ振り返った。
その頬は、ほんのり赤く染まっている。
「カイン! 本当にありがとう!」
「また、学園でね!」
「うん!」
カインは笑顔で手を振った。
ソフィアも笑顔で手を振り返し、屋敷を後にする。
◇
(はぁ……。)
(また増えたわね……。)
エリーは心の中でため息をつく。
(もしかして。)
(ソフィアも……?)
アリアも複雑そうな表情を浮かべた。
(き、強敵です……。)
セシリアは小さく拳を握る。
ルーシーは鼻を鳴らした。
「ふん。」
シルフィが首を傾げる。
「ねぇ、ルーシー師匠?」
「何じゃ?」
「何で、ソフィアの顔、赤かったの?」
ルーシーは腕を組む。
「ふん。」
「どうせ。」
「カインのことが、好きにでもなったのであろう。」
ぷいっと横を向いた。
「なーんだ!」
シルフィは嬉しそうに笑う。
「それじゃ、みんなと同じだね!」
ルーシーはきょとんと首を傾げた。
「?」
「みんな?」
「何で妾も入るのじゃ?」
一瞬、応接室が静まり返る。
シルフィは満面の笑みで答えた。
「だって、ルーシー師匠も。」
「カインのこと、だーい好きでしょ?」
ルーシーの動きが止まる。
その頬が、みるみる赤く染まっていく。
「ば……。」
「ば、ば、ば、ば、馬鹿をいうなーー!!」
「カ、カインは!」
「た、た、ただの弟子じゃーー!!」
(……来ました。)
リーナは心の中で小さく呟く。
(……カイン様は、もはや天才ですね。)
リズも静かに思った。
その瞬間、応接室は大きな笑い声に包まれた。




