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七星を廻る物語  作者: 豆柴の旅々
第六章 学園

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第九十九話 駆け引き

 ――速い。


 カイザーは反射的に身体を捻った。


 蒼白い剣先が頬を掠める。


「っ!?」


 そのまま後方へ跳び、カインから距離を取る。


 頬を伝う一筋の血。


 カイザーは指先でそれを拭い、赤く染まった指先を見つめた。


(……馬鹿な。確かに躱したはずだ。)


 視線を上げる。


 カインはすでに剣を構え直していた。


 構えに隙はない。


 呼吸も乱れていない。


 何より、自分を前にして怯えた様子がまるでなかった。


(……こいつ、できるな。)


 カイザーの目が僅かに細くなる。


(なるほどな。あの化物が本気でやれと言うわけだ。)


 一方、カインも静かにカイザーを見据えていた。


(……強い。)


 完全に捉えたと思った。


 それでも、寸前で躱された。


 森を吹き抜ける風が、二人の間を通り過ぎる。


 互いに動かない。


 ただ、相手の出方を窺っている。


 先に動いたのは、カイザーだった。


 一気に間合いを詰める。


 右の剣が横薙ぎに迫った。


 カインは剣を立て、その一撃を受け止める。


 ――ガキン!!


「っ……!」


 重い。


 受け止めた剣ごと、カインの腕が外側へ押し開かれる。


 その空いた懐へ、左の剣が下から跳ね上がった。


 カインは咄嗟に上体を反らす。


 剣先が胸元すれすれを通り抜けた。


 避けた。


 そう思った瞬間。


 カイザーの右脚が踏み込んだ。


「っ!?」


 脇腹へ、鋭い蹴りが突き刺さる。


 ――ドッ!!


 カインの身体が横へ弾かれた。


 だが、倒れない。


 地面を踏み締め、すぐに剣を構え直す。


(剣だけじゃない……!)


 カイザーは止まらない。


 再び間合いを詰める。


 右の剣が上段から振り下ろされた。


 ――ガキン!!


 カインは正面から受け止める。


 直後、左の剣が脇腹へ走った。


 身体を引いて躱す。


 そこへ右の剣が返ってきた。


 ――キィン!!


 剣と剣がぶつかり、火花が散る。


 カインが押し返そうとした瞬間、カイザーはさらに一歩踏み込んだ。


「なっ――」


 剣ではない。


 身体ごと間合いへ潜り込み。


 肩をカインの胸へ叩き込んだ。


 ――ドンッ!!


「ぐっ……!」


 息が詰まる。


 身体が後ろへ流れたところへ、左の剣が追いかけてくる。


 ――ガキン!!


 辛うじて受ける。


 すぐに右。


 剣を返して弾く。


 さらに左。


 身体を捻って躱す。


 一撃を防いだ瞬間には、もう次の攻撃が迫っていた。


(速い……!)


 いや。


 それだけではない。


 右を受け止めれば、その瞬間に左が空いた場所へ滑り込んでくる。


 左を躱せば、逃げた先へ右が待っている。


 そして二本の剣へ意識を奪われれば、蹴りや体当たりまで織り交ぜてくる。


 二本の剣と体術が互いの隙を埋めるように連動し、反撃の一瞬すら与えてくれない。


(反撃の糸口が見つからない……!)


 カイザーの右剣が振り下ろされる。


 カインは受け止めた。


 ――ガキン!!


 その瞬間、左の剣が低く走る。


 咄嗟に後ろへ下がった。


 しかし、僅かに遅い。


 ――ガキッ!!


「……っ!」


 カインの身体が大きく弾き飛ばされた。


 両足が大地を滑り、土煙が舞う。


 数歩分の距離を押し戻され、それでもどうにか踏みとどまった。


 カイザーは左手に残る感触に眉をひそめる。


(……なんだ?)


(鉄を斬ったみてぇな感触だ。)


 視線をカインの脇腹へ向ける。


 制服は僅かに裂けている。


 だが、血は流れていない。


(あいつ、服の下に鎧でも着てるのか?)


「……ぐっ。」


 カインは右脇腹を押さえる。


 オーラを全身へ纏っていた。


 刃こそ通らなかったものの、衝撃まで完全に消せるわけではない。


 叩きつけられた痛みが、脇腹の奥まで響いていた。


 次の瞬間。


 カイザーが再び踏み込んだ。


 右の剣が鋭く振り下ろされる。


 カインは剣を斜めに合わせ、その軌道を外へ受け流した。


 追うように左。


 半歩下がって躱す。


 さらに返ってきた右を、剣の腹で弾いた。


(……見える。)


 カイザーがさらに踏み込む。


 横薙ぎ。


 下からの斬り上げ。


 そして、踏み込んでくる右脚。


 カインは横へ身体をずらし、蹴りを躱した。


(違う。)


(ただ、二本の剣を交互に振ってるんじゃない。)


 右の剣でこちらを動かし、左を通す。


 左を避ければ、その先へ右が来る。


 そして剣に意識を向ければ、体術が飛んでくる。


(剣だけを見るな。)


(肩。足。重心。)


(全部を見るんだ。)


 右の剣が迫る。


 受け流す。


 左。


 躱す。


 カイザーの肩が動いた。


 カインはすぐに半歩下がる。


 直後、肘が眼前を通り過ぎた。


(見えた……!)


 カイザーの目が僅かに細くなる。


(こいつ……。)


 先ほどまで防ぐだけだった少年が、明らかに自分の攻撃へ順応し始めている。


(面白ぇ。)


 カイザーの口元が僅かに吊り上がった。


 右の剣を振り下ろす。


 カインが受け流した。


 左の剣を横薙ぎに振るう。


 それも躱される。


 カインが踏み込んだ。


 初めて生まれた反撃の間。


 だが。


 カイザーは逃げない。


 逆に、さらに一歩踏み込んだ。


「っ!?」


 互いの間合いが一気に潰れる。


 カイザーは身体ごと踏み込み。


 肩をカインの胸へ叩き込んだ。


 ――ドンッ!!


 カインの体勢が崩れる。


 その瞬間、左の剣がカインの剣を外側へ弾いた。


 ――キィン!!


 右腕が大きく開く。


 剣を戻す時間はない。


 そこへ、右の剣が肩口へ振り下ろされた。


 カインは咄嗟に左腕を上げる。


 ――バキッ!!


「……っ!!」


 骨の軋む鈍い音。


 凄まじい衝撃が左腕を突き抜け、激痛が走った。


 カインの左腕が力なく垂れ下がる。


(……折れた。)


 脂汗が頬を伝った。


 オーラで刃は防いだ。


 だが、その内側まで突き抜けた衝撃までは殺し切れなかった。


 カイザーが僅かに眉をひそめる。


(……ちっ。やっぱり斬れねぇか。)


 だが。


(確実に通ってる。)


 左腕はもう動かない。


 それでも、カインは右手の剣だけは離さなかった。


 カイザーが踏み込む。


 右の剣。


 カインは受け止めない。


 半歩前へ出る。


「なっ――」


 剣を斜めに合わせ、カイザーの右剣を内側へ滑らせた。


 カイザーの重心が僅かに前へ流れる。


(今だ!)


 続く左の剣。


 軌道はもう見えている。


 カインは身体を沈めて躱し、そのまま踏み込んだ。


 初めて。


 二本の剣の連携が途切れた。


 カインは迷わない。


 右手の剣を鋭く振り上げる。


 ――ガキン!!


 カイザーの左手から、剣が弾き飛ばされた。


 一振りの剣が宙を舞う。


(いける!)


 間髪入れず、カインは左肩へ向けて袈裟斬りを振り下ろす。


 その瞬間。


 カイザーは確かに笑った。


(かかった。)


 カインが。


 こちらの連携を読み始めていることには。


 とっくに気付いていた。


 だからこそ。


 読ませた。


 左の剣を弾かせ。


 勝機だと思わせた。


 この瞬間のために。


 カインの剣が振り下ろされる。


 その直前。


 カイザーの右剣が下から跳ね上がった。


 狙うのは身体ではない。


 振り下ろされる剣の鍔元。


 ――ガァン!!


「っ!?」


 右手に凄まじい衝撃が走った。


 握力が一瞬だけ緩む。


 カインの剣が、その手を離れた。


 回転しながら宙を舞う。


(終わりだ!!)


 カイザーは一歩踏み込む。


 残された一振りを引き絞る。


 そして――。


 鉄をも穿つ渾身の突き。


 その切っ先が、無防備となったカインの胸へ一直線に迫った。

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