第95話 ハムラット
ダークエルフ初期村――《ヴェスター村》へ来るのは初めてだった。
勝手に暗い場所を想像していたが、実際に来てみると印象がけっこう違った。
「思ってたより明るいんだな……」
《ヴェスター村》には木々や植物も多い。
通りの上には濃い色の布が何枚も渡され、風が吹くたびゆっくりと揺れていた。その下には店先の品物や椅子が並び、布の切れ目から差し込む光が地面を細く横切っている。
通りには様々な種族のプレイヤーや人たちが行き交っている。
エルフの初期村――《シルヴェイル村》も緑は多い。あちらは森の中に村が溶け込んでいるような景色が印象的で、同じように植物の多い村でも建物や通りの作りまで違う。
「やっぱり雰囲気違うな」
俺はこういう村の感じも好きだ。
まだ見ていない通りも気になる。でも、今日はもう一つ行っておきたい場所がある。
リニューアルされたら少し変わるかもしれないので、気になった場所を何枚かスクリーンショットに残してから北門へ向かった。
「……さて」
目的は王都歴史院で見つけた、今の地図から消えている道だ。
俺は《ヴェスター村》を出て、街道を進む。
村の近くには畑や牧草地が広がっている。
しばらく歩くと、草原や背の低い木々が増えていった。
今の街道は広く、荷馬車同士でも余裕を持ってすれ違えそうなくらい整えられている。
現在の地図とスクリーンショットを撮っておいた古い地図を見比べながら進むうちに、街道が大きく曲がるところへ出た。
「確かこの辺だよな……?」
スクリーンショットをもう一度確認する。
昔はこの辺りから西へ別の道が伸びていたはずだ。
今は分かれ道らしいものすらない。街道の外には草と低い木が広がり、その向こうには緩い丘が続いていた。
「こっちのはずなんだけど……」
古い地図で道が伸びていた方へ街道を外れ、草の中を進んでみる。
ところどころ地面は見えるが道らしいものは見つからない。振り返ると今歩いてきた街道だけがはっきりと見えた。
「さすがにこの地図だけじゃ無理か」
もう少し先に周囲より高くなった丘が見える。
あそこまで上がれば何か見つかるかもしれないと思い、斜面へ足を向けたところで――脇の草むらが大きく揺れた。
「ん……?」
何かが飛び出してくる。
ずんぐりと丸い体にまん丸の目。体の後ろには短い尻尾がちょこんと付いている。見た目はハムスターに近く、大きさは中型犬くらいあった。
一番の特徴は左右の頬が大きく膨らんでいることだろうか。
――《ハムラット》。
この鼠型MOBには見覚えがあった。
ベルカ村から次の街へ向かったときにも何度か見かけたことがあった。
木の実や種だけでなく、頬袋に入るくらいの小物なら色々と巣へ持ち帰るMOBだったはずだ。
飛び出してきた一匹は俺の前を横切り、そのまま草の中へ消えていった。
少し離れた岩陰にも別の個体がいる。
そちらも頬をぱんぱんに膨らませていた。
俺は念のため《探知》を使ってみる。
「……かなりの数がいるな」
周囲にはいくつも反応があった。
近くに巣でもあるのかと思った直後、岩陰にいた一匹がこちらを向いた。少し遅れて草むらからも二匹が出てきてそのままこっちへ向かってくる。
「うわ……そっちから来るのか」
先頭の一匹を横へ避けて《クイックスラッシュ》で倒す。二匹目には《スローイングダガー》を当てた。横から来た最後の一匹も《シフトステップ》ですれ違ってから短剣を入れる。
三匹ともすぐに光の粒子へ変わる。
「まだまだいるな」
もう一度《探知》を使うと丘の周りにはまだたくさんの反応が残っていた。
ここへ狩りに来たわけでもない。
少し離れた場所から様子を見ることにした。
しばらく見ていると、頬を膨らませた《ハムラット》が岩の下へ潜っていった。
「あそこが巣か?」
気をつけて見ると周囲には他にも穴があいている。低い木の根元や岩の隙間にも黒い穴があり、何匹もの《ハムラット》が出入りしていた。
そのうち一匹が穴から姿を見せる。
今度は頬に何も入っていない。
口いっぱいに土をくわえ、少し離れたところまで運んで落とすとまた同じ穴へ戻っていった。
「巣を掘ってるの……?」
別の穴でも似たことをしていた。
掘り出された土には枯れ草や細い根も混じり、それらを何度も外へ運び出している。穴の周りには新しい土が少しずつ積み上がっていた。
そのまま何となく眺めていると、また一匹が穴から出てきた。
「……ん?」
今度くわえていたのは土ではなかった。
口元から灰色の布が垂れている。
《ハムラット》はそれを引きずりながら土の積もった場所まで運び、ぽとりと落として巣穴へ戻っていった。
「布?」
続いて別の穴から出てきた個体も似たような灰色のものをくわえている。
近くの《ハムラット》が離れるのを待ち、最初に落とされたものへ近づいた。
泥を払いながら広げてみる。
「いや……袋か」
細い根が絡みついた古い布袋だった。
もう一つも拾って並べる。汚れ方や破れ方は違ったが、大きさや形はよく似ていた。
「同じやつかな……」
そう思っていたところへまた別の《ハムラット》が巣穴から出てきた。
口にはまた灰色の袋をくわえている。
その個体も掘り出した土の近くへ袋を落とし、そのまま穴へ戻っていった。
今度の袋も手元にある二つとよく似ていた。
俺は袋から顔を上げる。
岩や木の根元にはまだいくつもの巣穴があいていた。
「……この下、どうなってるんだ?」




