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第8話 古い木橋

 

 古い木橋は薬草畑の横を抜けた先にある。

 ベルカ村から森へ向かう時、何度も渡る木製の橋だ。


 幅は広くないし、手すりのようなものはない。

 当時は気づかなかったが、橋板はところどころ色が違っていて何度も直されたような跡があった。


 この橋は普通に渡るだけなら落ちない。

 でも、張り出した端へ寄ったり、川をのぞき込んだりすると、足場の判定が急に怪しくなって簡単に落ちる。


 始めたばかりの頃、俺も一度だけ下へ落ちたことがあった。

 あのときは森の狼に追われて慌てていた。

 橋を渡って村へ戻ろうとして、端の板を踏み外した。浅い川に落ちただけなのに、どこから上がればいいのか分からなくなって、しばらく川沿いを歩き回ったのを覚えている。


 橋の上では初期装備のヒュームが二人で騒いでいた。


「ここ、本当に落ちるの? 攻略板に書いてあったけど」

「そうみたい、端のほうに寄りすぎると落ちるぽいよ」

「この辺ってことか?」

「いや、そっち行き過ぎないほうが……」


 言ったそばから、そのプレイヤーは橋の端へ足を置いていた。体を少し傾けた瞬間、すとんと姿が消える。

 下から大きな水音がした。


「うわぁっ! 落ちた!」

「だから言ったじゃん……」


 橋の下からも笑い声が返ってくる。

 俺も少し笑ってしまった。

 あの頃の俺もたぶん似たような声を出していただろう。

 ただ、俺の場合はもっと必死で笑う余裕なんてなかったかもしれない。


 二人の邪魔にならないように橋を渡る。

 足元の板には細い傷がたくさん残っていた。橋の縁にも補修跡があり、支柱の根元には泥が溜まっている。

 スカウト系のスキル《探知》を使ってみても、橋そのものに特別な光や目印は見つからなかった。


 そのとき、また声が聞こえた。


「そっちから上がれるの?」

「たぶん。いや、わからん、これ違う道かも。落ちた人用の正解ルートどこだよ」


 聞き覚えのある困り方だった。

 俺は橋を渡りきってから、脇の草むらへ回り込んだ。


 そこは川辺へ降りる細い坂がある。橋から落ちた時や下へ回り込みたい時に使う、少し分かりにくい獣道だ。

 草をかき分けながら下りると、川の水音がだんだん近くなってきた。


「こちらの奥に上れる道がありますよ」


 俺が声をかけると、途方に暮れていたヒュームの男性プレイヤーが顔を上げた。


「え、ほんとですか?」


「はい。少し分かりにくいですけど、あそこの草の切れ目のところから上へ戻れます」


「ありがとうございます!」


 そのヒュームはお礼を言ってから走っていった。

 無事に上り坂を見つけたようだ。

 少しして坂を上がっていく姿が見えた。


「戻れた!」

「だから端に行き過ぎないほうがって、私言ったのに」

「いや、今のは検証だから仕方ないだろ」

「⋯⋯絶対違うよね?」


 そんな声を聞きながら、俺はそのまま橋の下へ回ってみる。

 上から見た時に泥が溜まっているのが見えていた支柱の根元。そこには流れてきた枝や葉もたくさん引っかかっていた。

 近くまで寄ると、その泥の中に木片が半分埋まっていることに気がついた。


 ――流れ着いた、ただのゴミ。

 普通ならそう考えるだろう。

 俺もマーサの言葉を聞いていなければ、橋の下まで降りていなかった。


 ――人が通る道には荷も通りますから。


 その言葉が残っていたからこそ、俺は橋の下の泥の中へ手を伸ばした。


 拾い上げると、それはただの木片ではなかった。

 角には小さな穴があり、切れた紐がずるずると泥の中から出てくる。

 泥と水を吸って黒ずんだ表面には、かすれた文字が残っていた。


―――――

《泥に埋もれた荷札》


薬……束:四箱

包……:……箱

……袋:三……


ベ……カ村便:第……便

―――――


 全部は読めない。

 それでも荷の数や行き先らしき文字が残っていた。

 これは誰かが荷に括りつけていた札だろう。


 俺たちが狩りに行ったり、橋から落ちて騒いだりしている間にも、この橋を渡っていた誰かがいた。

 物資を運び、この村から次の場所へ向かっていた誰かがいた。


 その荷物はその後どうなったのだろうか。

 次の場所へ運べたのだろうか。


 泥に埋もれていた木札が、俺の知らなかったこの世界の記録を教えてくれた気がした。


 ――クエストが更新されました。


―――――

《後日談クエスト:報告書の空白》


次の未整理記録を確認してください。

対象:《折れた道しるべ》

―――――


「折れた……道しるべ……?」


 場所の名前ではない。

 ただ、それだけが次の対象として表示されていた。

 俺は汚れた荷札をインベントリにしまってから、橋の上に戻った。


 ベルカ村の方を見る。

 夕暮れが暗くなり始める中、橋の向こうでは初心者たちが笑っている。

 薬草畑の方にはマーサの姿が小さく見えた。


 メンテナンスでベルカ村は少し変わるだろう。

 この古い木橋も、上ってきた川沿いの坂も、今日と同じまま残るとは限らない。


 でも、変わる前に橋の下に残っていたものを見つけることができた。

 それだけで、今日はここへ来た意味があった。


 メンテナンス開始まではまだ少し時間がある。

 《折れた道しるべ》がどこにあるのかは分からないが、橋を渡った先には森へ続く細い道がある。


 俺は初心者のころよく迷っていた場所へ、行ってみることにした。

  

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