第75話 戻るのは誰か
「王都歴史院にはグラウムが約50年ごとに現れていた記録が残っていました。過去の迎撃では倒せず、北へ退かせるだけだったんです。今回の討伐戦で初めて倒されました」
公式イベントページにも過去の出現については書かれていた。
「《灰冠竜グラウム》には俺たちが戦うより前から続いてきた歴史があったようです」
「……そんなところまで世界の背景が作り込まれてたんだね。今回のイベントで初めて出てきたボスだと思ってた。……昔の迎撃記録まで残ってたなんて」
少しの間を置いて、ひよりが呟くように言った。
「今回倒したグラウムも……昔から何度も戻ってきていた一頭なのでしょうか」
「そこまでは記録にも残っていませんでした」
俺は映像の中を歩く三頭へ目を戻した。
「グラウムに俺たちと戦う前から続く歴史があったのなら、この三頭も……」
映像の中では幼獣が親のあとを歩いていた。
俺たちが見つけたときには三頭はすでに一緒にいた。
雄と雌がいつ出会ったのか。
幼獣がいつ生まれ、どうやってここまで育ったのか。
その途中を俺たちは何一つ見ていない。
もし、イベントが始まる前からこの世界のどこかで生きていたのだとしたら――。
「なんだか夢がある話じゃないか」
ロヴェルが映像の中の三頭を見つめる。
「私たちが見ているのはMOBと出会ってから離れるまでの短い時間だけだからね。次に見つけたとき、幼獣が少し大きくなっていたら面白いだろう?」
「それは見てみたいです」
俺は三頭が並んで歩く映像を見ながら、星月草原の古い打ち上げ台を思い出した。
あのときも俺たちが見つけた時点で巣はすでに作られていた。
その中には三つの黒い卵が並び、それを《ルナール・ナイトレイヴン》が守っていた。
今回、俺たちから幼獣を守っていた二頭のように。
「俺が持っている卵にも……見つける前までの時間があったのかもしれません」
「……例の卵だね?」
ロヴェルの視線がこちらへ向いた。
「私としたことが……見せてもらう約束をしていたのにすっかり幼獣に気を取られていたよ」
俺はインベントリから黒い卵を一つ取り出した。
「これです」
皆が一斉に覗き込む。
「おお、これが……卵のアイテムか。食材系アイテム以外では見たことがないよ。かなり大きいね」
ロヴェルは角度を変えながら黒い卵を眺めている。
「この卵が産み落とされるまでにも、この世界では時間が流れていたのかもしれません」
Nanareeが卵を見つめている。
「拾ってからはまだ変化はないの?」
「はい、今のところは」
「もし孵化するようなら……それも面白い記録になりそうだ」
ロヴェルの声が少し弾んだ。
「マスター、卵まで追い始めた」
Nanareeはロヴェルを見た。
「まだ見せてもらった段階だよ」
「その顔で言っても説得力ないぞ」
熊坊の言葉にひよりが小さく笑った。
「ザンさん、孵ったら私たちにも見せてくださいね」
「もちろんです」
「ナイトレイヴンの子どもじゃなくて、別のものが出てくる可能性もあるのかな」
「急に怖いことを言わないでください」
「でも、分からない方が楽しみでしょ?」
それは確かにそうだった。
俺が卵をインベントリへ戻すと、Nanareeは映像の中で雄と雌の間を歩く幼獣をしばらく見つめた。
「生まれてここまで大きくなったのなら……倒された後はどうなるんだろう」
幼獣を挟んで歩く三頭へ指を向ける。
「この三頭が倒されたら……戻るのは誰なんだろうね?」
誰もすぐには答えなかった。
CROのMOBは討伐されても一定の時間が経てば再び現れる。
俺たちはそれを当たり前にリポップと呼んでいる。
「同じ名前の三頭がまた出てくるんじゃないか?」
熊坊は映像を見たまま答えた。
「じゃあ、それはこの三頭が戻ってきたの?」
Nanareeは映像の中の幼獣を見つめる。
「それとも、同じ姿をした別の三頭が新しく出現したのかな。あるいは一頭しか出てこないのか……」
「……分からないね」
ロヴェルはしばらく三頭を見つめていた。
「名前と姿が同じでも、本当に同じ個体なのかを確かめたことはない」
映像の中では遅れた幼獣を待つように雌が足を止めていた。
「次に会ったとき、この幼獣が大きくなっていたら、手掛かりになるかもしれませんね」
ひよりが幼獣を指す。
「ああ。そうなっていれば、今日見た三頭の続きだと思えそうだね」
「じゃあ、また見つけないとね」
Nanareeが映像を閉じた。
「もちろんだよ。クランの皆にもこの三頭を見かけたら映像を残してもらおう」
ロヴェルは笑うとこちらを向いた。
「何か分かったらザン君にも知らせるよ」
「お願いします」
「そうだ。まだフレンド登録をしていなかったね」
ロヴェルからフレンド申請が届いた。
表示された名前を確認して〈承認〉を選ぶ。
―――――
ロヴェルとフレンドになりました。
―――――
ロヴェルは登録された俺の名前を確認した。
「これで大丈夫だ。ザン君がまた何か見つけたら、今度は私にも教えてくれると嬉しいよ」
ロヴェルたちと短く挨拶を交わし、その場で別れた。
俺は歩き出してからも三頭が並んで歩く映像が頭に残っていた。
次に大荒原で《紅狼ヴァルグ》と出会ったとき、そこには何頭いるのだろうか。
名前だけでは分からなくても、その歩き方には今日見た三頭の続きが残っている気がした。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
6章はここで終わり……のように見えるのですが、まだ続きます!
後半戦、もう少しよろしくお願いします。
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