第74話 見ていない時間
熊坊とNanareeが揃ってひよりを見る。
「普通に?」
「はい。三頭が親子なのは皆さんも分かっていますよね?」
「まあ、それは見てたらな」
熊坊が映像の中の三頭を見る。
雄と雌は幼獣を守り、幼獣は雌の動きを見て学んでいた。
三頭が親子として動いていること自体は俺たちも疑っていなかった。
「だから、今回のイベントで親子三頭のパーティ型MOBが追加されたって話でしょ」
Nanareeが言う。
「でも、この幼獣……イベントが始まってから生まれた大きさではないですよね?」
「……え?」
ひよりが映像の中の幼獣を指した。
「イベントが始まってからまだそれほど経っていませんよね。この二頭の子どもなら、生まれてからここまで育った時間があったのではないでしょうか」
「いや、ひより。これはゲームだからな?」
熊坊が続ける。
「イベントが始まったときに、最初からこの大きさの幼獣を含む三頭が追加された。ただ、それだけの話だろ?」
「では、この子がここまで育った時間は……本当になかったのでしょうか?」
ひよりはどうして二人が不思議そうにしているのか分からないように首を傾げていた。
「あ……」
そこでようやく、ひよりが何を言っているのか分かった。三頭が親子であることは最初から分かっていた事実だ。
でも、俺たちはそれをイベントによって追加された三頭一組のパーティMOBとしてしか見ていなかった。
成獣二頭と幼獣一頭が今回のイベント開始と同時に配置された。
ゲームならそれだけで成立する。
俺たちは『親子という編成』として見ていた。
ひよりは『ここまで育った子ども』として見ていた。
「ザンさんまで納得しないで」
「いや……そこまでの時間は考えてませんでした」
「二人ともゲームと現実を同じにするなよ。そうし始めると、マスターみたいになるぞ」
それまで黙っていたロヴェルが映像を見つめたまま小さく何かを呟いた。
「ん……マスター?」
「ひよさん、さすがだよ! その可能性は十分にある」
「……え、合っているんですか?」
ひよりの耳がぴんと立つ。
「二頭がつがいになり、交尾をした。そして幼獣が生まれ、あの大きさになるまで育った――ということだね!」
一瞬、誰も何も言わなかった。
ひよりは何度か瞬きをした。
ぴんと立っていた耳が固まり、少し遅れて顔が赤くなった。
「マスター。そこまで直接言わなくていい」
「……ひよりが今、自分の言った意味に気づいたぞ」
「私は必要な時間の流れを確認しただけなんだが……」
「確認しなくていいところまで口にしたから」
ロヴェルは悪びれることなく、映像の中の三頭へ目を戻した。
「CROがMOB同士のつがいや親子関係まで世界の中で作っているのなら、いずれプレイヤー側にも家族に関わるシステムを増やすかもしれないね」
ロヴェルが何かを思いついたように顔を上げた。
「今はまだ結婚システムがないが、そのうち追加されても不思議ではないよ」
また一瞬、誰も何も言わなかった。
「待て。なんで幼獣の話から俺たちの話になった?」
熊坊が尋ねる。
「同じ関係性の話だよ。二頭がつがいになり、親子になる仕組みがあるのなら、プレイヤーにも夫婦や家族という関係が追加される可能性はあるだろう?」
「……プレイヤーとMOBを一緒にしないで」
Nanareeが即座に返した。
「もちろん同じではない。ただ、ビーストフォークの君たちなら、今後CROが進化していけば、ビーストフォークのNPCや……場合によっては獣型MOBと結婚できるようになる可能性も――」
「マスターやめて」
「それはあかんだろ」
「えっ……」
ひよりの耳がもう一度固まった。
「ああ、心配しなくてもいい。私もサブキャラはビーストフォークだからね」
「どういうフォローなんですか?」
「誰もそこを心配してないから」
「……話を戻すぞ。これ以上はひよりがかわいそうだ」
熊坊に止められ、ロヴェルは少しだけ残念そうに頷いた。
「でも、NPCに時間が流れていることなら、俺たちも知ってますよね」
俺が言うと、Nanareeがこちらを見た。
「俺たちが出会う前から、NPCにはそれぞれの生活や過去があります」
星花祭へ繋がっていた昔の出来事も、歌を追った先で知った老婆の長い人生も、俺たちがクエストを始めた瞬間に生まれたものではない。
この世界にとっては、何年も何十年も続いてきた時間の途中へ俺たちプレイヤーが入ってきただけだ。
「NPCが俺たちの見ていないところでも暮らしている。ずっと同じことを繰り返してるわけじゃないのは……確かだな」
熊坊の表情から笑いが少し消えた。
「NPCがそれぞれの過去を持っていることは私たちも何度も見てきたからね」
ロヴェルが頷く。
「でも、この狼たちはMOBだよ」
Nanareeが映像の中の三頭を指した。
「NPCと違って倒されたら消えて、時間が経てばまた現れる。そこまで同じものとして考えるのは違うんじゃ?」
「そうなんですよね」
俺もそこで一度言葉に詰まった。
NPCに過去があることはもう当たり前のように受け入れていた。
でも、MOBにも同じようにプレイヤーが見ていない時間が積み重なっているとは、ほとんど考えたことがなかった。
そのとき、俺は王都歴史院で調べた記録を思い出した。
「……でも、MOBにも歴史があったことなら……もう見ています」
「え、何の話?」
皆がこちらを向く。
「《灰冠竜グラウム》です」




